ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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119話:ゆるキャラと拳闘士

 放たれた一撃は寸分のズレもなく肉体を捉え、熟れた果実のように破裂……することはなかった。

 生身とは思えない硬い手応えに驚愕する。

 

「邪魔をするのか?変な亜人」

「連れが何かしたか?足にぶつかって怪我をしたのなら謝罪するが」

 

 ゆるキャラの飛び蹴りを受けてもオグトは無表情を変えない。

 並の相手なら骨を砕く一撃のはずだが、屈んでいた場所から少し動いただけで平然としている。

 

 位置的にオグトの左上腕しか狙えなかったので、筋肉に阻まれてしまったようだ。

 アナへの攻撃を妨害するという目的は達成したまでは良かったが、このオグトとやらは相当強そうなのでまともにやり合いたくないのだが……。

 

「謝罪などいらんが、邪人には死んでもらう」

「その邪人が何かしたか?」

「俺の前に現れた」

 

「それだけで殺すのか?その子は何もしていない。列にも大人しく並んでいただろう」

「邪人は創造神に造られた生命全ての敵だ」

 

「見ての通りこの子は王国王家と公爵家の奴隷だ。それに帝国男爵家とも関わりがある。危害を加えれば国際問題になるぞ」

「俺には関係ない。邪魔するならお前も邪人の仲間として殺す」

 

 駄目だなこれは。

 もしかして〈隷属の円環〉の刻印に気がついてないかと聞いてみたが、わかっててこれか。

 

 馬車の旅路の間にも似たようなトラブルは何度かあり、貴族の関係者とわかれば帝国兵士でも引き下がったのだがオグトには通用しなかった。

 貴族や国を恐れない大馬鹿者なのか、国に匹敵する権力の持ち主か……普通に考えれば前者だが嫌な予感がする。

 

「何事だ!……これはこれは〈国拳〉様、いかがなさいましたか」

「民に紛れて入都しようとする邪人を始末するだけだ。お前たちは下がってろ」

「はっ」

 

 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた帝国兵士も一言で下がらせてしまった。

 嫌な予感が的中した。

 

「もう一度聞くが何もしていなくても、たとえ善良な邪人でも殺すのか?」

「お前は自分にたかる小蝿が善良だったら見逃すのか?構わず叩き潰すだろう?」

 

 終始無表情だったオグトが口角が上げてアナを見据える。

 残虐な笑みを浮かべつつ殺気を放たれて、アナは恐怖でびくりと身をすくませた。

 

「おい、後ろのあんたもこいつと同じ意見なのか」

「やり方が乱暴だけど私も同じ意見よ。邪人はたとえ子どもでも滅ぼさなければならないわ」

「わかったもういい」

 

 聖職者である女の口からも邪人の子供殺しを肯定する言葉が出ると、もう説得する気もおきない。

 

「トウジ様、申し訳ありません……」

「大丈夫だ、二人に手出しはさせないから。こいつは俺が相手をする。もしあの女や兵士が動いた時は頼む」

 

 相手を刺激しないようにゆっくり接近していたルリムは、ゆるキャラの言葉に頷くと恐怖で硬直したままのアナを抱きかかえて後退した。

 

「フィンとシンクも手出し無用だからな」

 

 アナを問答無用で殺そうとした上に小蝿扱いしたことは皆も許せないようだ。

 三姉妹の末っ子の危機とあって、犬のようにグルルと唸っている二人を牽制する。

 

 他人が感情的になっているのを見ると、逆に自分は冷静になるみたいな話を聞いたことがあるが……うんならないな。

 身内を殺されかけて冷静でいられるわけがない。

 同じ列に並んでいたアレスたちが何か言いたそうにしているが後回しだ。

 

「後ろの女子どもも邪人の仲間なら、まとめて相手をしてやるぞ」

「後悔するからやめておけ」

 

 シンクは勿論フィンも本気で暴れればゆるキャラより遥かに脅威だ。

 いよいよとなったらシンクには悪いが、帝都での姉探しは諦めて竜になって逃げてもらおう。

 

 今は降りかかる火の粉は払わねば……いや、ぶっ飛ばす!

 合図らしい合図も無しに戦闘は始まる。

 

 ゆるキャラがオグトの間合いに踏み込んだ瞬間、ごうと空気の切り裂く音と共に右の拳が飛んでくる。

 アナへ放った時と同じで踏み込みなしの、上半身だけを使った一撃だ。

 

 それを右肩を引いて躱しつつ、目の前を掠めるように通過する太い腕に手の爪を突き立てる。

 手応えは硬い鱗を引っ掻いたような鈍いもので、表面の薄皮を裂いて血をにじませたがそれだけだ。

 

 ゆるキャラの付けた傷に怯むことなくオグトが左足を踏み込む。

 同時に放たれた左拳は初撃より速度が増していて、踏み込んでいる分ゆるキャラに到達するのも早い。

 

 視界の外側から内側へ巻いてくるような、曲線的な軌道のフックを躱し切れないと判断して、オグトの腕を引っ掻いた左腕でガードする。

 まるで破城槌を撃ち込まれたかのような衝撃で、左腕の骨が軋み砕けた音を聞いたような気がした。

 

 威力を殺し切れずゆるキャラの体が後方に弾き飛ばされると、視界の左右が高速で流れる。

 そして入都する列に並んでいたであろう誰かの幌馬車に激突。

 

 どうやら乗合馬車だったようで、衝撃で馬車の木枠がへし折れ天井の幌が斜めに傾くと、乗客が慌てて外へ逃げ出し、御者は驚いた馬が暴れるのを必死に宥めようとしている。

 

 幌馬車の下で蹲るゆるキャラの姿が巨大な影に覆われた。

 追撃のため近寄ってきたオグトだ。

 

 一足飛びでここまで飛んでくると、組んだ両手をゆるキャラへと真っ直ぐ振り下ろす。

 横に転がって躱すとオグトの拳が地面に叩き付けられ、轟音と共に地面が揺れた。

 

 オグトは両手を組んだままこちらへ振り向くと再度拳を持ち上げる。

 それが振り下ろされる前に、ゆるキャラは地面を蹴った。

 

 舞い散る土煙を突き破りながら繰り出したのは、黒曜石のように輝く足の爪による蹴りだ。

 かつてオグトより二周りは大きい巨石を真っ二つにした実績のある鋭い爪である。

 いくら分厚く頑丈な筋肉に守られているオグトであっても、直撃すれば今度は薄皮だけでは済まされないはずだ。

 

 相手の攻撃の直前を狙った我ながら完璧なタイミングの一撃だと思ったのだが、オグトはこれに反応してみせた。

 急遽組んでいた手を外して上体を仰け反らせる。

 

 おかげでゆるキャラのサマーソルトキックは当たるも浅かった。

 胸元に装備した皮鎧を切断し、胸板に赤い三本線を作ったが致命傷には程遠い。

 

 オグトが飛び上がったゆるキャラの足を掴もうと手を伸ばす。

 羽ばたいて上空に逃れようとしたのだが、フックをガードした左腕が言うことを聞かない。

 

 空中で鳥足を掴まれたゆるキャラは、そのまま幌馬車の天井に叩き付けられた。

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