ゆるキャラの振り下ろした
鎖骨を砕く感触と共に刃が胴体に食い込む。
このまま落下の衝撃も利用して、もう少し深く傷付けてから引き抜こうとしたのだが……。
「ぬ、抜けない」
またもや膨張した筋肉が両手剣を挟み込み、押すことも引くこともできなくなっていた。
だがさすがにオグトも余裕はないようで、歯を食いしばり鬼の形相で筋肉を膨張させている。
両手剣を手放すか否か悩んだ一瞬の隙に、オグトはゆるキャラの太い首に手を伸ばす。
や、やばい。
まるで万力で締め上げられたかのように首がみしみしと音を立てた。
頸動脈が絞められて気を失うよりも先に、首の骨が折られてしまう!
肩に食い込んだままの両手剣に掴まりながら、オジロワシの鳥足の爪でオグトの胸板を思い切り蹴り上げる。
分厚い胸板に浅く付いていた三本傷に交差させる形で、今度は深々と爪痕を刻む。
堪らず両手の拘束が揺るんだところで、六つに割れているオグトの腹筋を蹴って離脱した。
酸欠でぼやける視界の向こうから、肩に両手剣を付けたままオグトが迫って来る。
胸の傷は筋肉で塞ぎきれず血が流れ出ているが、その程度で闘志は失われていない。
迎撃するべく四次元頬袋から新たな短刀を取り出す。
「両者そこまで!戦闘をやめなさい!」
張り上げた声と共に、ゆるキャラとオグトの間に誰かが飛び出す。
オグトは大型トラックのような速度と迫力で突進してきていたが、両手を広げて遮る闖入者の目の前でぴたりと止まった。
急制動による風圧で闖入者の緑系統の色でまとめられたドレスと、結い上げられた赤い髪がふわりと舞う。
そう、その人物とはシャウツ家男爵令嬢のクルールだった。
「そこをどけ」
「いいえ。彼らの身柄はシャウツ男爵家が預かります」
前に会った時は亜人が苦手に加えて、王国王家及び公爵家の後ろ盾もありかなり卑屈になっていたクルールだったが、今は全身傷だらけで見るも恐ろしい筋肉達磨のオグト相手に一歩も引いていない。
首を痛めそうなくらいの角度でオグトを見上げて睨みつけている。
ああでもこちらの身元が分かる前の、二コマ落ちする前はこんな高飛車な感じだったか。
「男爵家ごときが〈国拳〉の邪魔をするのか」
「私は第一皇子の派閥に属しており、彼らの身柄の確保は第一皇子及びドリス辺境伯の意向によるものです。最大派閥と正面から事を構えるというならどうぞ、私を弾き飛ばして戦闘を続けてください〈国拳〉様」
数秒の間、睨み合いが続く。
騒がしかった周囲も静まり返り、固唾を飲んで見守っていたが……先に折れたのはオグトだった。
「ちっ、いいところだったのによ」
纏っていた殺気と闘気を霧散させると、肩に食い込んだままの両手剣を自分で引き抜いた。
瞬間的に傷口から血が噴き出すが、筋肉の膨張によってすぐに血が止まる。
簡単に止血できる便利な体だな。
その代償が筋肉達磨というはちょっと嫌だが。
「この勝負は預けておく。今度やる時はお前も全力を出せ。あとそれまでの間、その邪人が悪さしないようにちゃんと見張っておけよ」
両手剣を地面に突き刺して一方的に喋ると、オグトは背を向けて歩き出した。
向かった先では連れの神官服の女が待っていて、手にした杖の石突きで地面を軽く突くとオグトの足元に緑の輝きが生まれる。
そしてみるみるうちに全身の傷が癒えて跡形もなく消え去った。
もしあれが魔術なら無詠唱ということになるが、どうなんだろう。
その後二人は帝都の門の方向の人混みの中に消えていった。
「どうやら助けられたみたいだ……ですね」
「っ、ひゃいっ。やっと見つけましたトウジ様」
背後から急に話しかけたからか、クルールが背筋を強張らせながらこちらに向く。
向いたのだが視線は微妙にゆるキャラから外している。
オグト相手にはあんなにガン飛ばして啖呵切っていたのに、あいつより怖がられるとかすごい凹む。
「俺たちの事を探していたんですか?」
「はいそうです。通過する街々でシャウツ家のことを宣伝して頂いたようで、トウジ様たちの活躍は聞き及んでおります」
「あー、そんなに効果ありました?」
クルールの視線が少しだけゆるキャラの目線に近付く。
彼女が見つめているのは、マフラーに括り付けられたシャウツ男爵家の家紋が入ったブローチである。
これは前回クルールと別れた直後、次の街に到着した際に彼女の従者の騎士がやってきて、助けたお礼にとくれたものだった。
男爵家は財政難だというのに、律儀に値の張りそうなお礼をもらってしまったので、せめてもの恩返しにと目立つところ(マフラー)にブローチを付けることにした。
左遷されてやってきた男爵家の存在を少しでもアピールしてあげようという魂胆である。
「ありすぎです!というか通り過ぎる街や村で必ず問題が発生しているのも不可解ですが、その全部にトウジ様たちが関わっているのはもっと不可解です」
あれ、なんだろう。
良かれと思ってやったことがあまり感謝されていない予感。
帝都に到着するまでの間、ゆるキャラたちは毎日のようにトラブルに見舞われていた。
街道沿いでは結構な頻度で盗賊団に出くわすし、街や村に入れば魔獣被害の話が必ずと言っていいほど耳に入ってくる。
盗賊団は懲らしめたあと見どころのある奴は農場送り、ではなく城塞都市ガスター送りにしていた。
後から送った奴も今頃、斧を鍬に変えたザーツ先輩と仲良く畑を耕しているはずである。
魔獣被害についても知ってて見過ごすのはなんだか据わりが悪いため、旅に支障の出ない範囲で討伐していた。
決してルリムとの夜のデートがアオハルだったので味を占めた、とかではないので悪しからず。
トラブルが頻発する件については常々疑問ではあった。
ゆるキャラ御一行の中に不幸の星の元に生まれついた者がいそうで、タイミングからしておそらく……。
「我が男爵家を宣伝して頂けるのは大変ありがたいのですが、トウジ様たちの功績すべてが男爵家の手引きと思われると困ります。次に何かあって頼られてもトウジ様たちが居なければ対処できないのですから。それとも男爵家の面倒をトウジ様が最後まで見てくれますか?」
「いや、それはさすがに無理かな」
「ですよね……ですがもうドリス辺境伯と第一皇子様からは、皆様をお連れしろと言われてしまいました。その後のことは私は存じませんが、第一位階冒険者である〈国拳〉様を退けた私の顔を立てて、ご同行頂けないでしょうか」