ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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151話:ゆるキャラと蜘蛛(二回目)

 漆黒の空間が広がっている。

 エゾモモンガのつぶらな瞳は夜目が効くほうだが、それでもこの闇は見通せない。

 それは単純に広いからだ。

 

 空気は黴臭く、淀み、風も無い。

 フィンが見えているであろう風の子さんこと風の精霊もほとんど居ないのでは。

 

 天井も高いようで、足元の小石を踏み砕いた音は反響することなく空間に消えていく。

 予想するに、巨石兵がいたドーム球場に匹敵する広さではなかろうか。

 

 視覚も聴覚も機能していないのだが、気配だけはひしひしと伝わってくる。

 ―――この空間には巨大な存在がいる。

 

 第六感とも言えるこの感覚にはまだまだ慣れない。

 通常の五感では察知できない……だから名前の通り第六感なのだが、人間の時には無かった感覚故に説明も難しいな。

 

 何も見えないし聞こえないが、縄張りへの侵入者を察知して巨大な何かが身じろぎした気配が伝わってきた。

 そしてゆるキャラはこの気配を知っている。

 

 隣をふわふわと飛んでいるフィンに目配せすると、彼女は頷いて真面目に詠唱を始めた。

 

『輝き焼付け 熱は及ばず (たけなわ)の折りまで天照らせ』

 

 《持続光(コンティニアルライト)》がゆるキャラの持つ幅広の剣(ブロードソード)を発光させた。

 その光量はすさまじく、自動車のLEDヘッドライトのように明るい。

 

 直視しないようにして掲げると空間の全貌が明らかになる。

 そこは岩肌が露出した洞窟で、やはり巨石兵が自由に動き回れるくらい広い。

 

 まず目に飛び込んできたのは、四方に張り巡らされた白い糸だ。

 天井から壁、壁から壁へと広い空間に縦横無尽に張り巡らされている。

 

 次に気が付くのは糸の途中で不自然に空いている黒く大きな穴。

 ただの穴だと思われたそれが影絵のようにもぞもぞと動く。

 糸の裏側から表へ這い出てくると、おぞましい輪郭が露わになる。

 

 先端の尖った四対の脚、丸みを帯びた頭部と腹部。

 《持続光》に照らされて宝石のように輝く八つの赤い眼。

 闇の眷属の闇蜘蛛だ。

 

 これでここがアナの《亜空門》の座標登録場所でほぼ決定だろう。

 実際に《亜空門》を開いて確認したいところだが、こいつを始末するのが先だ。

 

 ゆるキャラが幅広の剣を天井目掛けて投擲すると、切先が岩肌に突き刺さる。

 強烈な輝きが照明の役割を果たす。

 

「よーし前みたいに私が《風刃》で」

「ここは遺跡だからそれはやめておこう。万が一魔術の衝撃でこの洞窟が崩落したら、生き埋めになっちゃうからな」

 

「えー」

「シンク、こいつの動きを止めるのを手伝ってくれ」

「んっ、まかせて」

 

 ゆるキャラと一緒に戦えるのが嬉しいのか、元気よく答えたシンクが闇蜘蛛へ突撃する。

 シンクの表情はにっこにこで、魔術を禁止されて不貞腐れているフィンとは対称的だ。

 

 小さな紅い弾丸が闇蜘蛛に到達するのと、その巨体が糸を伝い地面に降り立ったのはほぼ同時だった。

 こちらを獲物と認識した闇蜘蛛が、素早い動きでシンクに掴みかかる。

 

 左右の前足が持ち上がり、正面にいる小柄な幼女を挟み込んだ。

 巨体に相応しい膂力で前足が交差して、シンクの華奢な体など裁断されてしまいそうな光景だが、無論そんなことにはならない。

 

 シンクが無造作に掴むだけで、左右の前足はぴたりと動きを止めてしまった。

 前足以外が踏ん張ってシンクを押したり引いたり持ち上げようとしているが、竜の幼女はびくともしない。

 

 これまでにも何度か見た、重量差をものともしない異様な光景だ。

 それだけでは済まされず、小さなおててに力が籠ると、掴んでいる前脚の外骨格がみしみしと軋む音を立てる。

 遂には握り潰してしまい、割れた外骨格の隙間からどす黒い体液が流れ出た。

 

「むう、ばっちい」

 

 体液が両腕から伝ってワンピースを汚してしまったため、シンクが顔を顰める。

 そんな状況でもゆるキャラの指示を守って闇蜘蛛を拘束し続けてくれていた。

 

 クモ類(異世界なので本当にクモ類かは怪しいが)に声帯は無いと思うが、これだけ大きければ呼吸器官を震わせるだけで音が生じる。

 闇蜘蛛は蛇が威嚇するような、もしくは蒸気機関車の蒸気が漏れるような音を立てて、唯一自由に動かせる上顎でシンクに襲い掛かった。

 

 両手が塞がっているシンクに避ける術は残されていない。

 ぶっちゃけ《人化》中でも有効な竜の鱗があるので、頭から齧られても傷一つ付かないのだが、さすがに可哀そうなので阻止させてもらう。

 

 《持続光》の照明で照らされた闇蜘蛛の頭部に影が差す。

 影を生み出しているのは空中に飛び上がったゆるキャラの体だ。

 

 両手剣(ツヴァイヘンダー)を両手で逆手に持ち、落下しながら思いっきり闇蜘蛛脳天へ突き立てた。

 切先は外骨格を貫いて内部に侵入。

 脳味噌を破壊しながら顎下から刃が飛び出し、そのまま地面に縫い付けた。

 

 断末魔の叫びはやはり空気の漏れるような音だった。

 脳を破壊され即死した闇蜘蛛が、四対の脚を弛緩させて地面にへたり込んだ。

 前回みたいに腹から大量の子蜘蛛が出るような気配はない……よかった。

 

「うー。トウジ、あらって」

 

 体液まみれになってうんざり顔のシンクの上から、聖杯から生み出した聖水で洗浄してあげる。

 見た目はただの薄汚れた杯だけど、聖杯マジ便利。

 

「あの、そちらの御方はもしかして……」

「シンクは竜族なんだ。一応部外者には秘密にしているから、黙ってて欲しい」

 

 オーディリエにシンクのことを軽く説明してから、念のため〈影の狩人〉の痕跡がないか調べる。

 アナに《亜空門》を唱えてもらうと、アナの前方及び洞窟の中央付近に漆黒の大穴が出現した。

 これで〈影の狩人〉の関与は決定的だな。

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