木漏れ日の下を、大量の獣が押し寄せてくる。
日陰と同化してしまいそうな、暗褐色の毛並を持つ猿に似た獣だ。
小学校低学年の子どもくらいの体躯だが、背中を丸めているためもう少し小柄に見える。
こいつらは腐肉攫いと呼ばれる魔獣で、血走ったような赤い目玉と、登攀に使える長い尻尾が特徴的だ。
腐肉攫いの群れが森の地表や木々を飛び移りながら迫り来ると、新緑は薄暮を纏う。
まるで夜が来るかのようだ。
そしてゆるキャラの頭上から、夜の内の一つが降ってきた。
この丸みを帯びたラブリーな肉体に噛みつこうと、腐肉攫いが牙を剥く。
木漏れ日が反射して夜空の星のようにぎらつく牙を迎え撃ったのは、
落星を打ち返すかのように、横っ面を鞘で叩き付けると牙と顎を砕く手応えを覚える。
殴打の衝撃はそれだけでは収まらず、腐肉攫いの首が可動域の限界を無視して真後ろまで捻じれた。
ごきりと首の骨が折れる音と、ぶつりと神経が切れる音が腐肉攫いの絶命を物語る。
糸の切れたくす玉のように同胞の肉体が弾き飛ばされたが、それを気にする様子もなく他の腐肉攫いたちは、我先にとゆるキャラへ殺到する。
ふむ、リージスの樹海で見た腐肉攫いとは全然違うな。
樹海の住人で豹人族のイレーヌの説明を思い出す。
『腐肉攫いは雑食で木の実や小さな虫の他に、名前の通り魔獣の食べ残した腐肉なんかも食べる。個々は弱く臆病な魔獣だから他の生物を襲うことは無いんだが、弱ってる獲物を見つけると集団で死ぬまで追いかける習性があるんだ』
……めっちゃアグレッシブに襲ってきてるのだが。
もしかして見た目は腐肉攫いそっくりだけど、実は違う魔獣なのだろうか。
真正面から飛び掛かってくる二匹目の腐肉攫いを、オジロワシの黄色い鳥足で蹴り上げる。
黒曜石のように輝く爪が暗褐色の胴体を深々と切り裂くと、鮮血と
蹴り上げた姿勢のまま翼を羽ばたかせて体一つ分だけ空中に浮かび上がると、左側面から近付いていた三匹目の爪による攻撃は空振った。
着地と同時に踵落としの要領で三匹目の頭に鳥足を振り下ろす。
慌ててこちらを見上げようとした猿の頭頂部に踵が突き刺さると、頭蓋骨を砕く感触に続いて熟れた果実が潰れたような、ぐしゃりという水っぽい音が聞こえた。
腐肉攫いが痙攣して白目を剥くと眼窩と鼻腔、耳孔からどろりとした血を垂れ流す。
弛緩して倒れかかった体を蹴り飛ばすと、丁度三匹目の背後にいた四匹目を巻き込みながら視界から消えた。
右側面から踊りかかってくる五匹目には抜刀からの一撃を浴びせる。
結構使い込んでいるが刃こぼれする様子を見せない幅広の剣が、五匹目の上半身と下半身を泣き別れにした。
幅広の剣を振り抜いた勢いで旋回すると、背後から忍び寄っていた六匹目には左手に逆手で握ったままの鞘をお見舞いする。
鞘で横から肋骨を殴打された腐肉攫いは「ギャッ」っと短い悲鳴を上げて地面を転がった。
あ、今の抜刀と鞘の二連撃は某流浪人の技っぽいな。
修行したら〈天翔けるゆるキャラの閃き〉が打てるようになるだろうか。
幅広の剣に付着した血糊を振り払い、森を駆ける。
ゆるキャラを追いかける複数の腐肉攫いの気配を背負いながら走っていると、目の前に樹齢百年はありそうな巨木が姿を現した。
回り込んで通過しようとしたが、背後だけでなく左右からも腐肉攫いが迫っていたためそのまま直進。
勢いよく巨木を鳥足で蹴り付けて垂直に駆け上った。
腐肉攫いたちも両手両足の爪で巨木に掴まりよじ登り、ゆるキャラを執拗に追いかけてくる。
枝の生えている中頃まで一気に駆け上ると、水平に生えた枝に飛び移って下の様子を伺う。
五、六匹葬ったところで焼け石に水で、植物の茎に群がるアブラムシのように腐肉攫いが這いあがってきた。
そいつらをぎりぎりまで引き付けたところで、ゆるキャラは巨木から飛び降りる。
幅広の剣を下に突き出すようにして幹すれすれを降下すると、こちらを見上げていた腐肉攫いと目が合う。
急接近するゆるキャラに驚愕の表情を浮かべ、急いで飛び退こうとするが間に合わない。
むしろ中途半端に避けようと体を捻ったのが仇となり、幅広の剣は腐肉攫いの心臓を貫いた。
切先が背中から飛び出し、絶命した七匹目を縫い付けたままゆるキャラは落下を続ける。
ついでにその下にいた八匹目の口腔を突き刺し、更に下にいた九匹目を下敷きにして地面に着地。
ゆるキャラの着地の衝撃は団子になって落ちた三匹が全て引き受けてくれた。
トマトのように潰れた三匹の死骸に影が落ちる。
ゆるキャラを追いかけて腐肉攫いが大量に降ってきたからだ。
直撃しそうな奴だけ打ち払おうとした時、横槍が入る。
厳密に言うと横矢だが。
光り輝く一条の矢が、頭上の腐肉攫いの胴体を射抜く。
横合いから射られた腐肉攫いは横方向の運動エネルギーを与えられると、ゆるキャラにぶつからずに吹っ飛んでいく。
光の矢は一条に留まらない。
まるで空中に光の川が生まれたかのように矢が打ち出され、次々と落下してくる腐肉攫いどもを正確に射抜き、撃ち落としていく。
落ちろカトンボって言いたくなる光景だね。
矢が飛んでくる方向に視線を向けると、メイド服姿で金髪の森人が弓を構えているのが確認できる。
そう、この矢を射っているのはオーディリエだ。
彼女は【狩猟神の加護】を持ち特に弓が得意とのことだったので、四次元頬袋から適当な弓を見繕って渡していた。
その弓がまた高性能で、魔力で矢を生み出せる代物だったのだ。
ゆるキャラが腐肉攫いの大半を樹上におびき寄せて射線が通るようになったため、
あっという間に二十匹ほど射抜いたが、そこで魔力が尽きたようでオーディリエが地面にへたり込んでいた。
そろそろ潮時か。
「シンク、いいぞ!」
「ん!」
ゆるキャラの合図でオーディリエを護衛していたシンクがこちらへ駆け寄ってくる。
巨木の手前の少し開けたところで立ち止まると、彼女の体が輝きだした。
光の輝きが質量の増加を促し、幼女の姿はどんどん横長の流線形になっていく。
輝きが収まり現れたのは、全長五メートルほどの深紅の竜であった。
久しぶりに《人化》を解いたシンクの竜の姿を見たけど、やっぱり飛竜然としたフォルムが格好いいなあ。
「Gyaooooooooooooo!!!!(やっほーーーーーー)」
元気よく放たれた咆哮が鼓膜を盛大に震わせる。
それはただの咆哮ではなく魔力が宿っていた。
音と魔力の奔流が周囲を駆け抜け、強者の存在を否応にも知らしめる。
腐肉攫いどもを威嚇するには十分であった。