ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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159話:ゆるキャラとレンチン

 物体の運動エネルギーは物体の質量と速さの二乗に比例する。

 簡単に言うと重ければ重いほど、速ければ速いほど運動エネルギーは大きい。

 ゆるキャラの質量はたかが知れているので、その分は速さで補おう。

 

 蝙蝠竜の下顎にゆるキャラの拳が突き刺さると、ぎいんという堅い金属を殴りつけたような鈍い音がする。

 気持ち悪い咆哮と気色悪い翻訳を聞かなくて済むよう、顎を砕いてやるくらいの気概を見せたつもりだったが、見かけによらず蝙蝠竜の骨は頑丈だ。

 伊達に竜ではないということか。

 

 砕くことは叶わなかったものの、衝撃で蝙蝠竜の体は仰け反り大地に仰向けに倒れた。

 全長五メートル分の質量が大地に沈み地揺れを引き起こす。

 その振動は周囲の木々にも伝わり枝葉を揺らした。

 

 空中にいるゆるキャラはいつもの両手剣(ツヴァイヘンダー)を四次元頬袋からぺいと吐き出し両手で掴む。

 そのまま落下して無防備になった蝙蝠竜の黒い腹に突き立てようとしたが、横から迫る気配を察知して両手剣をそちらに向ける。

 鞭のようにしなりゆるキャラを打ち付けたのは、寝転がった蝙蝠竜の背中から飛び出している黒くて長い尻尾だ。

 

 両手剣による防御は間に合ったが、空中なので踏ん張ることもできずゆるキャラは弾き飛ばされた。

 丸いボディが多数の木の枝を圧し折り、木の葉を舞い散らせながら木々の間を通過する。

 

 大木に激突しそうになったところで体を捻り、黄色い鳥足で真っすぐ伸びている木の幹を踏みしめた。

 直後に()()から木々を薙ぎ倒しながら迫る大きな気配を感じ取り、大木の幹を壁走りの要領で駆け上がる。

 

 間髪入れずに蝙蝠竜の頭突きが、ゆるキャラのいた場所に突き刺さった。

 速度はそれほどでもないにせよ、圧倒的質量によって生まれた運動エネルギーは先程のゆるキャラのそれの比ではない。

 

 衝撃で蝙蝠竜の胴回りよりも太い大木が横にずれると、大地に覆われていたはずの木の根が露出した。

 それだけでは逃がしきれなかった衝撃は大木の全体に広がり、幹を駆け上っているゆるキャラの足元も通過する。

 

 そして先細っている幹の前方が、行く手を阻むように大きく手前に反り曲がった。

 次の瞬間には反動で逆方向へ幹が反り返り、ゆるキャラの体はまたもや空中へ弾き飛ばされてしまう。

 

 放物線を描きながら宙を舞うゆるキャラを、蝙蝠竜が頭を上げて見送り……いや、口を開けた。

 蝙蝠竜の口腔内には小さな牙がびっしりと生えていた。

 獲物は丸呑みするタイプなのだろう。

 気色悪いな。

 

 竜がこちらに向かって口を開けてすることといえば一つしかない。

 そう、吐息(ブレス)だ。

 

 オジロワシの翼で滑空して避けようかとも考えたが、ゆるキャラの勘がやめたほうがいいと訴えている。

 勘に従い全身を覆うように赤いマフラーを広げたのだが……それは結果的に大正解だった。

 

 蝙蝠竜の気持ち悪い咆哮と共に、不可視の吐息がゆるキャラを襲う。

 絶対的な防御力を誇るマフラーが、音速で迫るそれを見事に防ぐ。

 相変わらず反動すら感じないが、ゆるキャラを通過した際にキーンという、超音波のような耳障りな音が聞こえた。

 

「んぎぃっ!」

 

 吐息が通過した直後、右足に激痛が走る。

 未だかつて感じたことのない類の痛みで、強引に例えるなら煮えたぎる熱湯に足を突っ込んだ感じだろうか。

 実際に足を見やれば黄色い鳥足は焼け爛れ、水ぶくれが大量にできていた。

 

 ゆるキャラが首に巻いている赤いマフラーは全身を覆えるくらい大きな作りではあったが、ずんぐりむっくりな体形を完全に覆い隠すことは難しい。

 右足がマフラーからはみ出て吐息が直撃したのだろう。

 

 不可視、超音波の様な音、焼け爛れた足から誘電加熱―――電子レンジのように分子を振動、回転させて加熱する原理を連想した。

 勿論ここはアトルランと呼ばれる異世界なので、地球上と同等の物理現象が起きているかは不明だ。

 もっととんでも理論で発現している現象かもしれず、検証する術はないし、したところで意味もない。

 

 重要なのは吐息が直撃したらレンチンされてしまうという事実だけである。

 勘を無視して滑空で避けようとしたものなら、避けられずにあっさり丸焼きにされていただろう。

 

 マフラーという装備のおかげで、ディフェンスに定評のあるゆるキャラじゃなかったら詰んでいたな。

 その一方でオフェンス面は課題が多い。

 

「Kyoaaaaaaaaaaaaaaaaa!(亜人の丸焼きのできあがりっと。折角焼いた肉は無駄にしないから安心しなよ)」

 

 ゆるキャラを丸焼きにしたと思い込んでいる蝙蝠竜が下から迫る。

 まああんなマントひとつで右の鳥足以外はノーダメージだとは思うまい。

 からっと揚がった鳥足も〈自動(オート)もぐもぐ〉ですぐに回復した。

 

 蝙蝠竜はこちらの自由落下に合わせて丸呑みする腹積もりのようで、気色悪い大口を開けて待ち構えている。

 

 さて、不意打ちで一撃を食らわす絶好の機会だ。

 だがしかし、有効打になりそうな攻撃手段がゆるキャラにはなかった。

 加速をつけて顎を殴ってもけろりとしていたし、両手剣で斬っても鱗の表面に傷を付けるのが精一杯か。

 

 ゆるキャラの勘だが、この蝙蝠竜は王国の守護竜グラボ少年より弱い気がする。

 なのでグラボ少年を圧倒したシンクなら、気持ち悪いのさえ我慢すればとっちめることは容易だろう。

 ……だけど、まがりにもシンクの保護者を自称するのであれば、出来る限り彼女に嫌な思いはさせたくない。

 

 というわけで奥の手を使おう。

 ルリムからは環境破壊はNGだと聞いていたのであまり使いたくはなかったが、シンクのメンタルケアの方が大事である。

 

 察知されないように、躱されないように、丸呑みされるギリギリまで待って四次元頬袋からあるものを取り出す。

 通常なら四次元頬袋から物を取り出しても僅かな魔力消費で済む。

 しかしこれに関しては虚脱感を覚える程に魔力を消費した。

 

 その結果、ゆるキャラと蝙蝠竜の眼前に燦然と輝く金色の物体が登場だ。

 巨大質量には巨大質量をぶつけんだよ!

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