ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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195話:ゆるキャラと投身

 茨の塊を素手で受け取ったシンクは、自らの手の中で蠢く蔦の嫌な感触に顔を顰める。

 口をへの字にしながら両手で掴みなおすと、引き千切るように左右へ引っ張った。

 

「むう、頑丈」

 

 引っ張っている間は蔦が伸びて左右に広がるが、外様の小柱の神〈黒茨卿〉とやらの本体というのは伊達じゃないのか、シンクの力をもってしても破壊できなかった。

 一部始終を見ていた黒衣の人物は再び背後のゆるキャラへと振り返り、周りの黒ローブたちに指示を出す。

 

「まだ受肉していないとはいえ御身は不滅の存在です。竜族のようですがそれでも手出しはできないでしょう。先に生け贄を確保しなさい」

 

 黒衣の人物の言葉にカチンときたのか、むすっとした表情のシンクが暴挙に出る。

 茨の塊を掲げて吐息(ブレス)を吐いたのだ。

 

 まるで熱い飲み物を冷ますかのような、頬を膨らませふーふーと息を吹きかける可愛らしい仕草だが、口元から出ている吐息は凶悪な熱線(ビーム)である。

 かつてリージスの樹海の上空で、ワイバーンを溶かしていたのを思い出す。

 

 そんな実績のある吐息が茨の塊に直撃。

 一筋の紅い光が茨の塊を貫通すると、夜明け前の暗い空を一瞬だけ明るく彩ってから消えた。

 もし下向きに放っていたならば、確実に周辺の街並みが焼き払われていただろう。

 

 だというのに、吐息が直撃した茨の塊は健在だった。

 多少焦げて煙をあげてはいるが相変わらず気色悪く蠢いている。

 

「むう、燃えない」

「ねーねー私も試していい?《風刃》で切れないかな?」

「いいからそれを持って逃げろ!()()()()で合流だ」

 

 騒ぎに乗じて扉を少し開けてこちらの様子を伺っていたフレックにも聞こえるよう、ゆるキャラは大声で怒鳴る。

 そして吹き抜けに飛んで戻っていくシンクたちを見届けてから、祭壇で眠り続けるティッシを小脇に抱えた。

 

「逃げられると思っているのですか?」

 

 総勢二十人くらいいる黒ローブのうち半数はシンクたちを追いかけて、屋内の吹き抜けに向かっていった。

 残りの半数は依然として祭壇の側に立つゆるキャラを包囲している。

 

「うーん、それじゃあ逃げられないならこの子と心中でもするかな。外様の神に肉体を奪われるよりはましだろう」

「……!?待ちなさい!」

 

 待てと言われて素直に待つ奴がいるわけもなく、ゆるキャラはティッシを抱えたまま祭壇を飛び越えた。

 その先はもうバルコニーの外側、すなわち空中である。

 

 重力に引かれて自由落下を始めるゆるキャラとティッシ。

 もちろん本当に心中する気はなく、オジロワシの翼で滑空して逃げるつもりだ。

 幅広の剣を空中に放り投げ、小脇に抱えていたティッシを黄色い鳥足で掴みなおした所で……。

 

「まじかよ!」

 

 黒衣の人物もまた〈嘆きの塔〉から飛び降り、ゆるキャラたちを追いかけてきていた。

 しかも何かしら飛行手段があるわけでもないようで、ゆるキャラたちに追い付くわけでもなくただ落下をしている。

 

 え、これ助けないと駄目か?

 一瞬だけそう思ったゆるキャラであったが、直後に黒衣の人物に起こった変貌を目の当たりにして芽生えた有情を引っ込めた。

 

 黒衣の人物の肉体が肥大していく。

 

 全身の筋肉が突如発達し、ローブの下に来ていたシャツとズボンがはち切れる。

 衣類が破れて露わになった丸太のような四肢は、衣類どころか皮膚すら突き破り筋肉の繊維が剥き出しになっていた。

 膨張した筋肉の圧力に耐えきれなくなった血管は破裂し、全身を赤く濡らしている。

 

 首の太さも二倍近くに膨れ上がり相対的に顔が縮んだように見えた。

 唯一変化の無いのが首から上で、相変わらず微笑みを絶やさない中年男性の顔が不自然に乗っかっている。

 

 見た目通りの質量に増えたのなら、あれを抱えて滑空は無理だ。

 三人まとめて地面に激突するだろう。

 てか今のあれには近付きたくないぞ。

 

 速攻で見捨てる決心をしたゆるキャラが翼を広げると、大きな空気抵抗が生まれて落下速度が急激に遅くなる。

 その真横を翼が無い故に落下速度の変わらない黒衣の人物が通り過ぎた。

 

 掴まれただけで骨が折れそうなくらい逞しい腕をこちらに伸ばしてきたが、ゆるキャラは滑空により水平方向にも移動していたため、血濡れた指先は空を切る。

 百メートルを自由落下する時間はほんの数秒しかないため、黒衣の人物が地面に激突する音はすぐに聞こえてきた。

 

 まるで鉄球でも落としたかのような、鈍くて響く音が夜の静寂を打ち破る。

 塔の周辺は公園のような広場になっていて、ゆるキャラは塔から少し離れた所に無事着地。

 

 昏々と眠るティッシを近くにあったベンチに寝かせると、黒衣の人物の墜落現場の様子を伺う。

 するとギャグマンガのように落下で出来た穴から、ギャグでは済まされない巨大な腕が飛び出した。

 

 その腕が手の平を地面に叩き付けると、反動で穴の中にあった巨体が地中から浮かび上がる。

 百メートル上空からの墜落でも傷つかなかった筋肉達磨が姿を現した。

 

 腕を組み仁王立ちする首元には、着ていた黒いローブがマフラーのように引っ掛かり風に揺れている。

 それ以外に身につけているものは何も無いが、股間は膨張した太腿の筋肉で埋もれて完全に隠れていた。

 履いていないのに安心できるとはこれいかに。

 

「貴方を〈茨棘教団〉に与えられた最大の試練として、高司祭ラウグストが迎え入れましょう。この試練を乗り越えた暁には御身も喜ばれ、より一層逞しく受肉されるに違いありません」

 

「なあ、その筋肉って元に戻るのか?皮膚とか張り裂けちゃってるけど」

 

「この肉体は試練を乗り越えるために御身から下賜された力です。試練を達成した後に力は御身へと戻され、私の肉体と魂も御身の元へ旅立つでしょう」

 

 つまり肉体は戻らないし、事が終わったらそのまま死ぬということか。

 ラウグストと名乗った筋肉達磨から素直に回答があって少し驚く。

 

 物腰は柔らかく言葉遣いは丁寧だが、目的のためなら手段を選ばないし冷酷になれる。

 そんなちぐはぐなところが狂信者らしいと言えばらしいか。

 

「〈黒茨卿〉なのに与えらえる力は茨にまつわるものじゃないんだな。何か理由があるのか?あと茨の刺青に……」

「問答はこのくらいで良いでしょう。さあ試練の始まりです」

 

 あれ、こっちは教えてくれないんだ。

 さてはその辺の事情は知らされないでマッチョになっているな?

 

 ラウグストが大きく踏み出すと衝撃に耐えられなかった地面が陥没する。

 その音を皮切りに戦闘が否応なしに始まった。

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