ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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203話:ゆるキャラと惨劇の夜

「ーーーーー」

「え、なんて?」

 

 ひとしきり泣いて落ち着いた兎少女がゆるキャラに話しかけてきたが、何を言ったのか聞き取れなかった。

 いや、聞き取れなかったのではなく理解できなかったのだ。

 

 それもそのはず、毎朝ゆるキャラに《意思伝達》の魔術をかけてくれるフィンと離れ離れになってしまったので、自動翻訳の効果が切れている。

 

 大陸共通語ならある程度会話できるが、ここは別大陸だから共通語も別なのだろうか。

 それとも兎少女が違う言語を使っているのだろうか。

 とにかく言葉が通じない。

 

 《意思伝達》のことを完全に失念していたが、これは由々しき事態である。

 意思疎通が出来るようになるところからスタートだなんて、皆の元に帰るためのハードルが跳ね上がってしまった。

 運良く《意思伝達》が扱える誰かに出会わない限り、新たに言葉を覚えるしかないのか……。

 

 誰か駅前留学させてくれ。

 高校時代は英語が苦手だったから、習得には相当の時間がかかってしまうかもしれない。

 好きな洋ゲーやカードゲームで使用する単語や用語ならすらすらと覚えられたんだけどな。

 

 授業で「割り込み(interrupt)」や「ターン終了(until end)時まで(of turn)」なんて言葉はまず使わないし、もし出てきても限定的過ぎて残念ながら成績への影響は皆無なのであった。

 嗚呼、ゲームやりたい……。

 

 ゆるキャラが打ちひしがれ現実逃避している間にも、兎少女は何かを必死に訴えかけている。

 

「俺をどこかに連れて行きたいのか?」

 

 ゆるキャラの腕を引っ張り指差しているのは、丁度目指してた背の低い山の辺りだ。

 他に当ても無いので兎少女の誘導に従うことにする。

 

 仮にも命の恩人であるゆるキャラを罠に陥れるようなことはしないだろう。

 まあその代わり兎少女の必死な様子を見ていると、面倒事の予感はひしひしと感じてしまうが。

 

 最初のうちは前を走っていた兎少女であったが、雪蜥蜴からの逃亡で体力をかなり消耗していたのか次第にふらつき始める。

 なので途中からはゆるキャラが兎少女を背負って、黄昏時を迎えた雪原をひた走る。

 

 こちらも丸一日歩き詰めだが、体の疲労は〈商品〉で回復可能だ。

 心の疲労は既にピークだったのでもはや苦にならなかった。

 

 苦しいのが苦にならないとか、もうわけが分からないな。

 ゆるキャラより心身共に辛そうにしている兎少女という存在が、相対的にゆるキャラの心労を軽減させているのかもしれない。

 

 なにはともあれ小一時間で背の低い山の麓に到着。

 時刻はすっかり夜になり、曇天の隙間から月明かりが覗く程度なので周囲はかなり暗い。

 

 ゆるキャラは夜目が利くが兎少女はどうだろう?

 ちらりと背後を見やると兎少女は緊張した様子で周囲を忙しなく見渡していて、うさ耳もピンと伸ばし警戒している。

 日が落ちてからも兎少女は指差しによる的確な方向指示をしてくるので、しっかり見えていた。

 

 ゆるキャラの中の人の記憶が確かならば、夜目が利く動物でも意外と視力自体は悪い種類が結構いたはずだ。

 もし元がそうだとしても人種との混血、すなわち亜人になることで都合良く視力も上がったのかねえ。

 そもそも異世界の生物と地球の生物を比較しても意味が無いかもしれないが。

 

 なだらかな斜面を登り進めると何かが見えてきた。

 

 それは山間にひっそりと佇む小さな村だったが、どうにも様子がおかしい。

 木造の家々からは明かりが一つも漏れておらず、廃村のようにしんと静まり返っていた。

 日没と共に住民はみんな寝たと考えられなくもないが、村に近づき全貌が露わになるとそうでないことがよく分かる。

 

 まず家々だがどれも酷く荒れていた。

 扉はことごとく打ち壊されていて、窓には硝子ではなく開閉式の窓板が付いているがこちらも破壊されている。

 

 そして立ち込めるのは、むせ返るような血の匂い。

 

 暗くて色までは分からないが、どうやら家や雪上を濡らしているのはすべて血であった。

 大量の血痕が残っているのだが、血を流した主たちはどこにも見当たらない。

 どの家ももぬけの殻だ。

 

 兎少女が坂の上を指差すのでそちらへ向かう。

 坂を上りきるとそこはもう村はずれで、一軒のボロ屋が立っていた。

 

 中に入っていくと他の家と同様に荒らされているが、兎少女はゆるキャラの背中から飛び降りると奥へ走って行く。

 後を追いかけると、板の間に設置されている床下収納のような戸の前で立ち止まり、そこに向かって小声で話しかける。

 

 数秒の沈黙が流れた後、戸がガタガタ向こう側から開かれると、兎少女そっくりのうさ耳女性が顔を覗かせた。

 その女性は兎少女の背後にいるゆるキャラを見て「ひっ」と短い悲鳴をあげる。

 

 慌てて兎少女が女性に向かって何かを説明し始めると、ゆるキャラが兎少女と一緒に担いでいた革袋を指差した。

 ああ、はいはい、取り出せばいいのね。

 

 ゆるキャラがずるりと中から取り出したのは雪蜥蜴の尻尾だ。

 最初はその場に残して去ろうとしたのだが、兎少女が身振り手振りで持ち帰りをアピールしたので、四次元頬袋から適当な革袋を取り出してそこに入れてあったのだ。

 

 尻尾を見て驚いた表情の女性だったが、兎少女の説得?を聞いて納得したのか床下収納から出てくる。

 出てきたのは女性ひとりではなかった。

 続々とうさ耳を生やした老若男女が出てくるではありませんか。

 

 誰もが出てくる時は憔悴した表情を浮かべていたが、ゆるキャラと雪蜥蜴の尻尾が視界に入ると驚く。

 そんなに広かったのね、地下収納。

 

 ふむふむ、言葉は分からないが大体事情は分かった気がするぞ。

 破壊され血まみれの家々、村の外れの床下に息を殺して隠れていた住人たち、村の外にいた兎少女、雪蜥蜴撃退の証である尻尾……。

 

 この後、絶対お願い事をされるよね。

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