ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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229話:ゆるキャラとセーフモード

 〈混沌の女神〉こと猫の説明によると、ゆるキャラの中には〈コラン君〉がいるらしい。

 ここで言う〈コラン君〉とはこの外見のことではなく人格のことだ。

 

 普段は地球で死んで転生した益子藤治の人格が『我思う故に我あり』をしているわけだが、生命の危機に陥った時は〈コラン君〉の人格が表に出てくる。

 そして「よわいものいじめはだめだよー」とか言いながら、驚異的な戦闘能力を発揮して危機に対処するのだ。

 

 これまでに生命の危機は二度あった。

 一度目は【暗影神の加護】を持つ暗殺者と戦い毒を盛られた時。

 二度目は〈外様の神〉に茨の針で胸元を貫かれた時だ。

 

 どちらも〈コラン君〉に意識を乗っ取られ、気がついた頃には危機を脱出していた。

 さすがに〈外様の神〉相手の時は猫の介入がなければ危なかったようなのだが。

 

 なにぶん意識を完全に乗っ取られるので、気が付くと急展開を迎えていて結構心臓に悪い……が、助けてもらっている立場なので我儘は言えない。

 

 ただしそれも身の危険を助けてくれる状況のみに限ってだ。

 最近は生命の危機以外の場面でも、ゆるキャラの脳内にちょくちょく〈コラン君〉が現れる。

 

 そして今回、ついに乗っ取られた。

 

 このアトルランと呼ばれる異世界に転生した直後から、人間としての欲求が薄れつつあるのは自覚していた。

 改めて振り返ってみると〈コラン君〉の人格の浸食が進行している影響もあるのかもしれない。

 

 早く猫と落ち着いて話が出来る場を設けなければ、益子藤治が消えてしまう。

 意識だけの暗い孤独な空間の中で、()は恐怖に耐え続けていた。

 

 

 

 ゆるキャラが意識を取り戻すと、やはり事態は急展開を迎えていた。

 まずヘックが血だまりの中でうつ伏せに倒れている。

 角度的に顔も見えないので生死は不明だ。

 

 次にマルズの左腕の肘から先が無くなっていて、背中に背負っていた大剣を残った右腕で掴みながら、ゆるキャラを鬼の形相で睨みつけている。

 マルズの腕はどこにいったのかと思えば、ゆるキャラが右手に持っていた。

 

 どうやら鎖を掴んでいた腕ごと兎形族の子供を奪ったようで、左腕の中には今にも消えてしまいそうな小さな命がある。

 

 クローグはゆるキャラの側面に回り込んでいて、腰に差した二本の曲刀を抜き放っていた。

 興奮しているマルズとは違いクローグ至って冷静だ。

 

 構える曲刀の先からは血が滴っているのを見て、ようやくゆるキャラは斬られたのだと認識した。

 自慢の灰褐色の毛皮にこびり付いた血は、兎形族の子供のものだけではなかったのだ。

 

 認識すると急に全身が痛み出したので、〈商品〉の〈ハスカップ羊羹〉の包装を四次元頬袋内で剥がして口腔内に直接出現させる。

 リアル頬袋に現れた羊羹を咀嚼すると、即効性のある回復効果により痛みが急激に治まってきた。

 

 突然もごもごしだしたゆるキャラを見て、クローグが細い眼を更に鋭くさせている。

 

「っざけんじゃねえぞ!てめえみたいな亜人畜生に調子に乗ってんじゃねえ!」

 

 目を血走らせながら咆えたマルズが突進してきた。

 そして肩に担いでいた大剣を真っすぐ振り下ろす。

 

 先に出会っていたティアネからも分かるように、トロールは美しくて大きい種族だった。

 迫り来るマルズの身長は二メートルを優に超えていて、大剣に至っては三メートル近くある。

 

 牽制に持っていたマルズの千切れた腕を放り投げたが、本人は意に介さない。

 切り裂くというよりは裁断するようにして自らの腕を真っ二つにする。

 

 その間にゆるキャラはマルズに背を向けて、屋上の端目掛けて走り出していたが、大剣の射程外に逃れることは叶わなかった。

 兎形族の子供を庇うようにして走るゆるキャラの背中を、マルズの大剣が捉えた。

 

 しかしゆるキャラの体が先のマルズの腕のように真っ二つになることはない。

 

「……!?馬鹿な!」

 

 マルズが驚愕の声を上げながらゆるキャラとは反対方向に吹っ飛んでいく。

 何故なら大剣の一撃をゆるキャラが身に着けている赤いマフラーが受け止め、その威力の全てを跳ね返したからだ。

 

【マフラー:あかいマフラーはえいゆうのあかし】

 

 というのが北海道胡蘭市公式ホームページの〈コラン君〉プロフィールにある説明文だ。

 そこからは具体的なことは何も読み取れないが、これまでの検証の結果、無類の防御及び反射能力があることが判明している。

 

 過去には魔術やサーベルの刺突も無反動で跳ね返していた。

 じゃあこれがあれば無敵か?と言われるとそうでもない。

 

 マフラーより面積の広い面の攻撃は防ぎきれないし、反射できるのは瞬間的なものに限られた。

 例えばマフラーの上から縄のようなもので拘束されて、締め付けられたりしたら防げない。

 

 これはダイラタンシー現象に似ている。

 片栗粉と水を一定の割合で混ぜると、瞬間的な衝撃には個体となって抵抗して、ゆっくりと加えられた力には液体のままになるやつだ。

 

 この液体の上で素早く足踏みすると沈まないが、足踏みをやめると沈む光景をテレビの科学実験番組で見た記憶がある。

 

 大剣は巨大だが攻撃範囲は線状で狭い。

 マフラーで十分防御できる範囲なので、あとは全長三メートルの金属の塊が体に叩き付けられる恐怖に耐えるだけだった。

 

 意識を乗っ取られることと比べれば大した事はないな。

 マルズと距離が開いているうちに屋上の端まで走り寄り、下を覗くとリリンが待機していた。

 

「この子を頼む」

「貴方……トウジなの?」

 

 〈コラン君〉での暴れっぷりを見ていたからか、リリンの瞳には困惑以外にも恐怖の色が見て取れた。

 普段より強力な戦闘力を発揮するので、彼女でも脅威だと感じたのであろう。

 

「さっきはもう一人の俺がちょっとはっちゃけただけさ」

 

 結構深刻なはっちゃけ具合なので、本当になんとかしなければ……。

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