ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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236話:ゆるキャラと先輩(別枠)

 ヘックは容赦なく姉のティアネを狙っていて、ゆるキャラの体が反射的に庇おうと飛び出すと、ヘックが狂った笑みを浮かべた。

 ずっと森の藪で隙を伺っていたのか、ゆるキャラがティアネを庇うのは想定済みだったようだ。

 

 頭からヘックの魔術に突っ込む形になる。

 ゆるキャラにできたのは咄嗟にマフラーを手繰り寄せて前に翳すことぐらいだ。

 

 かつてゆるキャラは魔力量が多いので、魔術による直接攻撃は体内に内包している魔力で抵抗できると教えて貰ったことがある。

 ここで言う魔術による直接攻撃とは《誘眠》や《幻惑》、《精神支配》や《他者転移》といったもので、《火球》の炎など魔術によって引き起こされた物理現象は含まれない。

 

 ヘックの魔術は名称が分からないので仮に《脱水》としよう。

 ゆるキャラへが魔術による直接攻撃に抵抗できるというのが正しければ、拠点で食らった《脱水》は《火球》と同様に魔術によって引き起こされた物理現象ということになる。

 

 もしそうであれば、ゆるキャラの赤いマフラーは《火球》や《氷槍》を弾き返した実績があるが果たして……。

 

 宙に投げ出した体が地面にべしゃりと落ちる。

 《脱水》が直撃したであろう顔面を恐る恐る触るが……なんともない。

 ふわふわで弾力のある毛並みの感触が伝わってくる。

 

 正面の藪を見上げるとヘックがおらず、変わりに見知らぬ皺だらけの小柄な老人がそこにいた。

 いや、彼がヘックだ。

 

 マフラーで反射した《脱水》が直撃したのだ。

 皺だらけの老人をみるみる通り越して、水分を失い枯れ切った木乃伊と化したヘックは音もなく仰向けに倒れた。

 

 まさか咄嗟に翳したマフラーが綺麗に《脱水》を反射するとは。

 マルズの時のように条件を揃えたわけでもないので、全くもって偶然だ。

 

 きっとゆるキャラの日頃の行いが良いから……なんてのは都合の良い解釈だった。

 接近していたクローグが寝転がるゆるキャラの背中を踏みつけ、曲刀を逆手に持ち替えた。

 

 あ、これは無理だ。

 

 避ける間もなく背中から心臓を一突きにされてしまう。

 エゾモモンガの広い視野が背後のクローグの動きをつぶさに捉えた。

 

 死に瀕して意識だけ加速した時間の中で、ぼんやりとクローグの表情を眺める。

 よく見ればポーカーフェイスの中に渦巻く感情が見て取れたような気がした。

 息子が二人もゆるキャラに殺されているのだから、当たり前といえばそうか。

 

 即死では〈コラン君〉の出る幕も無いだろう。

 最後にフィンとシンク、ルリムにアナ、オーディリエたちに会いたかった。

 

 曲刀の切先がゆるキャラの背中に刺さる。

 

 

 直前で止まった。

 止まった?

 

 ゆるキャラが困惑していると、クローグも同様らしく狼狽えた表情で必死に曲刀を動かそうとしているが、金縛りにあったかのように動かない。

 そう、それはまるで見えない何かに取り押さえられているかのようだった。

 

 この隙にゆるキャラも踏みつけから逃れようとするが、クローグの足は尋常じゃない強さで固定されていて抜け出せない。

 不意にクローグの背後、上空に気配を感じて広視野の意識をそちらに向ける。

 

 新たな闖入者は黒髪の美女だった。

 

 足元までありそうな艶のある長い黒髪が、空中だというのに水中にあるかのようにふわふわと漂っている。

 服装は幾重にも重なった純白のローブのようなものなのだが、腰元から横にスリットが入っていてすらりと伸びた艶めかしい生足が見え隠れしていた。

 傾国も疑わない美貌の持ち主だが、切れ長な目鼻立ちは何故か懐かしく感じる。

 

 そんな場違いも甚だしい美女がゆっくりと上空から降りてきた。

 ふわりと地面に着地すると同時にクローグは動けるようになったのか、ゆるキャラを踏みつけていた足をどけると、振り向き様に背後に現れた気配へ曲刀を振るう。

 

 横向きの二つの剣閃は美女に到達する前に、ぎいん、という金属音と共に両方の曲刀が半ばからへし折れたため届かない。

 次いでごきり、という鈍い音とともにクローグが真後ろのゆるキャラを振り返る。

 

 首だけでだ。

 

 苦悶の表情のまま首を捩じ切られ即死したクローグは、四肢を弛緩させた状態で暫く浮いていたが、やがて糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。

 

 クローグをあっさり殺した美女の視線がこちらに向けられる。

 するとゆるキャラの全身も金縛りにあったかのように動かなくなっただけでなく、首元を見えない手で締め付けられた。

 自分もクローグのようにくびり殺されては堪ったものではない。

 

「ま、待ってくれ!俺は敵じゃない!」

 

 言葉が通じないと分かっていても思わず命乞いをすると美女に反応がある。

 そして柳眉を寄せながら驚きの返事が返ってきた。

 

「お前、なんで日本語を話せるんだ?」

「……えええ?日本語!?なんで日本語!?」

「いや、だからそれを聞いてるんだが」

 

 動揺し過ぎて某忍者に襲われた酔漢みたいになってしまった。

 最初は相手が《意思伝達》を使っているのかと疑ったが、その柔らかそうな唇の動きと発音は一致している。

 つまりこの美女は間違いなく日本語を話していた。

 

「お前は何者だ?名を訪ねるならまずは自分からが礼儀か。おれ……私はニール・ノナカ。いわゆる異邦人だ」

 

 はい、本日二度目の衝撃発言である。

 

「は?先輩?」

「先輩って、お前のような後輩を持った覚えはないぞ」

 

 何言ってんだこいつ、といった感じで美女ことニール先輩が不思議そうに首を傾げる。

 とりあえず敵意は無いと分かってもらえたようで、ゆるキャラを支配していた金縛りや首元の締め付け感は消え失せた。

 

 ニール先輩は麗しの美少年って聞いてたんだけど?

 体の拘束はなくなったが、様々な衝撃を受け過ぎて立ち上がる気力も出ないゆるキャラであった。

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