「ええと……シンクのお父さんですか?」
「違う、叔父さん」
腕の中のシンクが即座に否定した。
先ほどからお姫様抱っこをしているシンクを降ろそうとしているのだが、何故か本人がゆるキャラに抱きついて抵抗する。
その叔父さんとやらのこめかみに青筋が立ってるから、早く離してくれないかな。
「獣だから言葉が通じないか?」
「いえ、通じてますけどシンクが離してくれなくてですね」
「貴様如きがシンクなどと気安く呼ぶな」
「叔父さん、それ以上トウジを侮辱したら許さない」
ゆるキャラの胸元で怒気が生まれた。
普段は下がっているシンクの眦(まなじり)が吊り上がり、真紅の瞳を爛と輝かせて叔父を睨め付ける。
知り合ってまだ日は浅いが、こんなに感情的になったシンクは初めてだ。
自身の放った殺気を上回る迫力に押されて叔父さんがたじろぐ。
「ちょっと待ってください。俺も急に連れて来られたから何がなにやら……」
「―――もう我慢できない。シンク様どいてください、そいつ殺せない」
「ダメ。トウジは私が守る」
今まで静観していた白金髪メイドのクレアが、無表情のままどこかで聞いたことのある脅し文句を言い放つ。
やはり薄々彼女から感じていた敵愾心は正しかったようだ。
ゆるキャラを排除しようとにじり寄るメイドを、腕の中のシンクがガルルと威嚇する。
収拾がつかなくなってきたぞ……それにしても、竜族の皆さん短気過ぎじゃないですかね?
「はーいそこまで。どうしてあなたたちはそう喧嘩っ早いのかしらね」
緊張状態の中、注目を促すように手を叩いて現れたのは、綺麗なドレスを身に纏った妙齢の美女だ。
波打った銀髪が肩口で揃えられていて、普段のシンクに似た穏やかでおっとりとした表情を浮かべている。
透き通るような白い肌に、髪色と似たようなドレスを着ているため全体的に白い。
なので赤い瞳と額の角が良く目立つ。
「トウジ君もごめんね。急に威圧されても困るわよね。ほらみんな座って。アレフもいい大人なんだから落ち着きなさい。クレアは紅茶を追加で三つ用意して頂戴。シンクも一回トウジ君から離れなさい。そのモフモフに病み付きになるのは分かるけど」
突然現れててきぱきと指示を飛ばす謎の女性が、ゆるキャラに流し目を送ってきた。
おっとここでもモフモフは人気があるのか。
ナイスミドルとメイドさんが渋々指示に従い、紅茶の準備が整ったところでやっと自己紹介が始まる。
「私はマリーアンネフティで、睨みを利かせてる彼がアレンフリューズ、メイドのあの子がクレイアネッサ。それぞれマリア、アレフ、クレアでいいわ」
「そして私がシンクレティーディア。これまで通りシンクでいい」
「俺はマスコトージ。トウジでいいです」
名前の長い竜族に対抗してそれっぽく言ってみたが、うん微妙だ。
用意された紅茶に鼻を近づけてくんくんすると、薫り立つ茶葉の匂いで鼻孔が満たされる。
エゾモモンガの発達した嗅覚故に、いい茶葉を使っているとわかる。
なんの茶葉かは分からないんだけどね。
「かっ、かわいい!」
「うん、トウジはかわいい」
そんなゆるキャラの動きが琴線にふれたのか、シンクとマリアは共に紅い瞳をきらきらさせてこちらを凝視していた。
なんだか気恥ずかしくなってきたので適当に話題を振ってみる。
「ええと、マリアさんはシンクのお母さんですか?」
「違う、叔母さん」
「ちょっとーおばさんって呼ばないで。マリアお姉さんでしょ」
その顔の前で手をぱたぱたと振る仕草がおばさんっぽい……なんて言ったら確実に殺気が放たれるので黙っておこう。
「貴様は本当に異邦人なのか?只の獣ではなく」
終始不機嫌な表情のアレフがゆるキャラの俺に問いかける。
この姿が人に見えないのは分かるが、只の獣というのも無理がないだろうか。
こちとら捕食者のオジロワシと非捕食者のエゾモモンガが融合した、奇跡のゆるキャラ〈コラン君〉である。
「そうそう、トウジ君の事を教えてもらいたくてシンクに連れてきてもらったのよ。君は異邦人なんですってね」
「異邦人というのは、樹海の外から来たという意味ですか?」
「ええ、そうね。ただ正確には樹海の外ではなくてこの世界の外から来た、かしら」
それはずばり異世界転生者や転移者のことであった。
既に益子藤治の身の上は周知の事実なのでマリアたちにも説明する。
「つまりトウジ君は〈コランクン〉という領地の象徴である神獣の姿を、〈混沌の女神〉から賜って転生したわけね」
「いや〈コラン君〉はそんな神々しい存在じゃなくて、もっと庶民派というか……」
やっぱりゆるキャラのマスコットの説明に難儀してしまう。
〈コラン君〉は崇拝的象徴だと思われたようだ。
実際はもっとカジュアルな存在なのだが、町のマスコットを領地の象徴という言葉に置き換えると、どうしても格が上がって聞こえてしまうな。
〈コラン君〉の格はさておき、普通の人間として転生させてくれなかったことを愚痴気味に吐露すると、まああの神ならやりかねん、といった反応が返ってきた。
あの猫の評判は頂点捕食者である竜族の間でも変わらなかった。
「異世界転生や転移者……異邦人は結構いるんですか?」
「世界規模で数百年に一人の割合らしいわ。リージスの樹海に現れたのは貴方で二人目ね」
「それは珍しいですね」
「そうなの。前の異邦人が現れてまだ三年しか経っていないのに、更にトウジ君が現れたから驚いちゃって。それで君が本当に異邦人か確かめるためにシンクに連れてきてもらったのよ」
なるほど今回のデートの目的は分かったが、まだ疑問は残っている。
何故アレフとクレアはゆるキャラに対して妙に厳しい態度なのだろうか。
「三年前に現れた異邦人は今、どうしてるんですか?」
直接聞く勇気は無かったので別のことを訪ねてみたのだが、シンクの返答は疑問の答えが察せるものだった。
「私の姉さんと駆け落ちした」