ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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270話:ゆるキャラと水没王子

 暗闇の中で誰かの声が聞こえる。

 

「うーん、君を消滅させるのは惜しいなあ。でもこのまま残しちゃうと後で絶対怒られるし」

 

 聞き覚えがあるが果たして誰だったか。

 

「仕方ないから魂の記録(Log)は消去してと……司っている【憤怒】は方向性を変えるとしようか」

 

 楽しそうな、鼻歌交じりの若い女の声が流れる。

 その鼻歌もどこかで聞いたことがある気がするが、記憶にもやがかかっているかのようではっきりしない。

 

「肉体は余り物のこれでいいか。え、原型を留めていないって?まあそう言わないでよ。このくらいしないとバレちゃうからさ。残滓が残るだけありがたいと思ってよ」

 

 女が誰かに語りかけている。

 頭?と思われる部分を優しく撫でられたような感触を覚えた。

 

「よし完成。すぐに動かしたら気付かれるかもしれないから、少し寝かせておこうか。そのうち核となる魂が入ってくるけど、仲良くしておくれよ。くれぐれもその魂を喰ってしまわないように……」

 

 

 

 

「ががべごごがべべべっ」

 

 大量の水を飲み込んだところで意識が覚醒した。

 次第に焦点の合った視線の先では、禍々しい邪神の脊髄が揺れている。

 

 どうやらゆるキャラは地底湖に落下したようだ。

 溺れて目が覚めるとか、某スプラッター映画じゃあるまいし勘弁して欲しい。

 

 何か夢のようなものを見ていた気もするが……思い出せない。

 オジロワシの羽をヒレのように動かして、窒息する前に急いで浮上する。

 

「ぷはっ」

 

 水面から顔を出したゆるキャラの頭上では、丁度ハクアが吐息(ブレス)を放つところだった。

 側にいるフレンを巻き込まないためだろう。

 人の姿のまま息を吹きかけるように頬を膨らませると、すぼめている小振りの唇からは収束した一筋の白いレーザーが射出される。

 

 狙った先にいる白ローブの人物は、無造作に左手を吐息に向かってかざす。

 それだけで存在そのものを氷に変えてしまう吐息は、掌の前で飴細工のようにぐにゃりと曲がると地底湖へと突き刺さる。

 吐息は自らが起こした波しぶきすら凍らせながら、湖中に半透明の氷柱を生み出した。

 

 ハクアは立て続けに吐息を放つ。

 しかし白ローブが左腕を指揮者のように振るうと、どれもこれも湖面へと逸れて落ちる。

 

 ゆるキャラは近くに出来た氷柱によじ登り、文字通り濡れ鼠になった体をぶるぶると震わせて水を切った。

 やせたかなしい姿から脱出した直後、複数の咆哮がエゾモモンガの耳をつんざく。

 

 周囲にはいつのまにか黒い竜が大量に飛び回っていて、ユキヨとリリンが対処していた。

 いつぞやに見た巨大な()()()が雨のように降り注ぎ、黒い竜たちの背中や翼に大穴を開けて撃ち落とす。

 

 生き残った一部の黒い竜が吐息で反撃しようとしたが、何故か閉じた顎が開かない。

 目を凝らせば、無数の黒い糸が上顎と下顎に巻き付き雁字搦めにしていた。

 

 この糸はリリンの蝙蝠の翼が変化したものだ。

 直接の攻撃参加はしないようだが、リリンはユキヨを守ってくれていた。

 

 竜の吐息のしくみを詳しく知らないが、口を閉じていると本当に吐けないらしい。

 空想科学に出てくる怪獣のように体内に火炎袋があるのだろうか。

 

 吐息も言うなれば魔術の源流みたいなもので、口から出すのはポーズだと勝手に思っていた。

 だって人の姿のままハクアも吐息を放っているわけだし。

 

 そのポーズが重要、というのはあるかもしれないな。

 今度ハクアに氷結袋があるのか聞いてみるか……セクハラ扱いされたらどうしよう。

 仮に答えてくれたとしても、飛行能力と同じで明確なしくみは分からなそうだが。

 

 危機的状況だというのに相変わらず雑念が酷いな。

 意識を切り替えなければ。

 

 ユキヨの《氷槍(アイススピア)》は、ゆるキャラたちが下りてきた穴から次々とやってくる黒い竜を撃ち落とし続けている。

 今は拮抗しているが、ユキヨの魔力が尽きればその限りではない。

 

 早く援護したいところだが、優先するならばハクアの方だろう。

 黒い竜は数が多いが個の戦力の底は知れている。

 一方でハクアが対峙する白ローブは、あの竜族の吐息を弾いたりと得体が知れない。

 

 先にこちらをどうにかしてからユキヨを援護しよう。

 本当にピンチになったら、その時はリリンが助けてくれるだろうし。

 

 地底湖が埋め立てられそうな勢いで生まれる氷柱を足場にして飛び移り、ゆるキャラは白ローブへと迫る。

 祭壇に近づくとフレンと呼ばれた少女の亡骸が再び視界に入った。

 助けられなくてすまない。

 

 もう助けられないから、出てくるんじゃないぞ。

 ゆるキャラの中で眠っている、内なる〈コラン君〉に向かって言い聞かせる。

 まあ言い聞かせたところで彼が起きてしまえば強制チェンジさせられるのだが。

 

 ゆるキャラの接近に気が付いた白ローブがこちらに顔を向ける。

 白面に赤黒の目という異貌の持ち主ゆえに表情が読み取りにくそうなものだが、はっきりと驚きのそれを浮かべていた。

 

「はぁ!?竜族すら仮死状態になる《誘眠》を食らってなんでもう起きてるのだ!」

 

 白ローブこと悪い魔法使い、ミンドナファムが怒鳴る。

 ふむ、〈コラン君〉が《誘眠》を食らったのが溺れて覚醒した理由だったのか。

 事前に話していた通り、ゆるキャラの豊富な魔力量によって抵抗(レジスト)したのか、〈コラン君〉の人格だけ未だに眠り続けているのかは分からない。

 

 いずれにせよミンドナファムが慌てている今がチャンスだ。

 四次元頬袋から幅広の剣(ブロードソード)を取り出し、吐息を受け流し続けている側とは反対の右側面から切りかかろうとしたのだが……。

 

「ん……」

 

 呻き声と共に祭壇で横たわる亡骸がもぞりと動いた。

 今度はゆるキャラが驚く番で、死んでいるはずの竜巫女フレンに注意が向く。

 

 おかしい。

 深々と切り裂かれ千切れかかっていたはずの左手首が元通りになっている。

 誰かが治癒の魔術をかけたのだろうか。

 もしそうだとしても、祭壇の周囲を赤く染めるほどの失血は間違いなく致死量だ。

 

 生きているのならばそれはそれで喜ばしいことだが、同時にゆるキャラにピンチを招く。

 ニールと似た踊り子風の衣装に包まれている控えめな胸元が、呼吸により規則正しく上下していた。

 するとあいつがまた騒ぎ出す。

 

「「げ、やば」」

 

 ゆるキャラとミンドナファムの台詞が被ったところで、意識が途切れる。

 

 

 

 

「ぎぎべごごがべべべっ」

 

 そして再び溺れる羽目になるゆるキャラであった。

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