ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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293話:ゆるキャラと塩漬け依頼

 地球上において3Kと呼ばれるきつい、汚い、危険な仕事は敬遠されがちだ。

 最近は新3Kといってきつい、厳しい、帰れないといったブラックな内容に変更されていたり、結婚できない、心を病むなどが加わり7Kまで増えているとか。

 

 ちょっと選択を間違えればすぐ死ぬこの世界の冒険者からしたら、7Kでも生ぬるいものだが。

 しかしそんな冒険者すら敬遠する仕事(依頼)もあった。

 

 眼下には草木の生えていない、荒涼とした景色が広がっている。

 昔の特撮ヒーローが戦場にしていたような、砂利と岩だけで構成された他に何もない荒野。

 

 そんな不毛の地が百キロ単位で続いているというのだから驚かされる。

 人気も皆無なので、西○警察のような大量の火薬を使った爆破シーンも撮影し放題だ。

 

「Gyaoooooooooooooon!(トウジ、あれなあに?)」

 

「ん? ああ、あれがギルマスの言っていた〈魔素散らし〉かな」

 

 竜の姿のシンクの背中から身を乗り出し、地上を走る物体をエゾモモンガのつぶらな瞳で観察する。

 黒光りする鱗に覆われているそいつを一言で説明するなら、前足だけが異常に発達した蜥蜴だろうか。

 

「空は飛べない代わりに、あの発達した前足でもの凄い速さで走る亜竜だっけか」

 

 胴体と同じくらいありそうな太さの前足を地面に突き立て、それを素早く動かすことによって高速移動を可能にしているらしい。

 前足に比べて後足は小さく、上から見ると逆三角形のシルエットをしていた。

 ごりごりの前輪駆動である。

 

 魔素散らしは狩りの最中のようで、トムソンガゼルに似た四足歩行の草食獣を追いかけ回していた。

 見た目は草食獣っぽいが荒野にはぺんぺん草も生えていないので、違うものが主食かもしれないが。

 

 魔素散らしは名前の通り魔素(マナ)を散らす鱗で身を固めていて、魔術が効きにくかった。

 また鱗は物理的にも堅く、巨躯を利用した体当たりや鋭い牙での噛みつきもあり、在野最強の第二位階冒険者のパーティーでも苦戦するそうだ。

 

 そして見晴らしの良い荒野をあの強靭な前足でどこまでも追いかけてくるため、荒野の追跡者として冒険者から怖れられていた。

 まあゆるキャラたちは空を飛んでいるので華麗にスルーだが。

 

 それにしても魔素散らしという亜竜は、鱗を黄色くしたら某狩猟ゲームに出てきそうな外見をしている。

 慣れるまで連続タックルが避けられないんだよなあ。

 もしゆるキャラが魔素散らしと戦うなら、タックルを躱した後の振り向きに合わせて大剣(バスターソード)の抜刀攻撃を叩き付けて……。

 

「あ、なんか見えてきたよ!」

 

 ゆるキャラが脳内狩猟をしているうちに目的地に辿り着いたようだ。

 フィンが指差す前方には段差が見える。

 

 いや、上空かつ遠方からだとちょっとした段差にしか見えなかったが、近付いてみるとそれは相当な高さのある山だった。

 地盤のやわらかい部分が風雨で削り取られ、固い地盤だけが台形状に残った山……テーブルマウンテンだ。

 

 地球上のテーブルマウンテンで有名なのはギアナ高地だろうか。

 外周がすべて崖で天井は平たくなっているため、テーブルと形容されるのだ。

 

 ゆるキャラたちの目的地はまさにそのテーブル部分である。

 

「「Gyuwaaaaaaaaaaaaaaaa!((ふわああああああ))」」

 

 シンクと後続のハクアが興奮するのも無理はない。

 テーブルの上は荒野で散々見飽きた灰色ではなく、鮮やかな色で染まっていた。

 

 鬱蒼と生い茂る緑の木々の他に、赤や黄色、青といったカラフルな花が群生していれば、透明度が高く底まで見えそうな湖もあった。

 何もない荒野と比べれば砂漠にオアシス、天国と地獄くらいの差だ。

 

 竜の姿のまま下りられそうな場所が無かったため、竜姉妹は空中で《人化》する。

 全員が自由落下を始めるが飛行能力には事欠かないので(ゆるキャラだけ滑空だが)、唯一開けていた湖の(ほとり)にと降り立った。

 

「うお、なんというか空気が濃いな」

 

 荒野の上空から植物の生い茂る地表へとやってきたので、酸素も濃ければ湿度も高い。

 呼吸の度に鼻が粘つくような感覚がある。

 

 ちなみに荒野と山にはそれぞれ〈絶望荒野〉と〈神の箱庭〉という名称がある。

 イスロトの街から大分南へと来たとはいえ、ここだけ初夏くらいの暖かさだ。

 名前の通り神がかった大きな力が作用しているのだろう。

 

 神無き大陸なのに神の箱庭とはこれいかに。

 まあ創造神の()()じゃないだけかもしれないが。

 

「あっあれなんだろう」

 

「フィン隊員、待ちなさい」

 

「ぐえっ」

 

 ふらふらと飛んで行こうとしたフィンを、肩からかけている〈コラン君パスケース(緑)〉を掴んで止める。

 ストラップと付属のリールが伸びきった先で首が絞まったため、フィンの口から淑女らしからぬ声が漏れた。

 最近お約束になりつつあるな。

 

 フィンが向かおうとした先には、トラバサミ形状をした葉っぱが物騒な、見るからに食虫植物といった物体が鎮座している。

 何故あんな露骨に危険そうなものに近づくのかと。

 好奇心は妖精をも殺すか。

 

「それじゃあ早速〈弟切草〉とやらを探しに行くか。すまないが頼むよ、トウジ」

 

 ニールがそう言って懐をごそごそと漁って取り出したのは小さな布袋だ。

 布袋の外側はニールの香りが移っていてとても良い匂いだが(決して変態ではない)、口を開けるとなんとも言えない異臭がエゾモモンガの鼻を刺激した。

 

「くっさ」

 

 布袋の中には更に皮袋が入っていて、その中には色褪せた黄色い花弁がいくつか入っている。

 これが弟切草だ。

 奇しくも地球のそれと同じ名前の花は、見た目も名前の由来も同じだった。

 

 弟切草は秘薬の材料として貴重な植物で、大昔のとある有名な錬金術師の兄弟が秘薬のレシピを占有していた。

 ところが弟がそのレシピを外部に漏らしたため、怒った兄が弟を切り殺してしまったという逸話が名前の由来だ。

 

 流石にこのチーズと納豆と牛乳を掻き混ぜて一週間放置したような匂いは、地球の弟切草とは違うと思うが……。

 

 弟切草はこのテーブルマウンテンのどこかに生えている。

 それを名犬ゆるキャラの優秀な鼻で探し当てようというのだ。

 

 ニールは正直にイスロトの街を離れるとギルドマスターに言ってしまったため、第一位階冒険者としての仕事を大量に押し付けられた。

 弟切草の納品は冒険者ギルドで誰も手を付けず長いこと放置、塩漬けにされていた依頼だ。

 

 基本的に冒険者は自由だが、第一位階冒険者ともなると様々なしがらみが出てくる。

 しがらみがある代わりに利益や権利を得ているため、ニールとしても多少は義理を果たそうと、これ以外の塩漬け依頼もいくつかこなしていた。

 

 この依頼が放置されていた理由を簡単に言うと、割に合わないからだ。

 弟切草を使った秘薬は確かに万病に効くが、それはあくまで病の進行を大幅に遅らせるという意味だった。

 

 病自体に効くのではなく病魔を抱えた人体の代謝を抑制し、進行を遅らせるという仕組みで非常に有用ではあるが、需要は低い。

 余程の末期症状でない限り弟切草による延命ではなく治療を優先するからだ。

 また弟切草の入手難易度の高さから、治療費よりも延命費が嵩むという逆転現象も起きていた。

 

 魔素散らしが跋扈する絶望荒野を抜けて、切り立った崖を登り神の箱庭へ至り弟切草を見つけ出す。

 ゆるキャラたちは神の箱庭まではさくっと到達したが、それはシンクたちのおかげだ。

 

 普通の冒険者であれば絶望荒野を越えようとする時点で、依頼報酬では賄えないコストとリスクを背負うことになる。

 こうして誰も引き受けない塩漬け依頼が出来上がるというわけだ。

 

 ゆるキャラたちは残すところ弟切草を見つけるだけだが、それがどれ程の労力になるかはこの自慢の鼻次第だ。

 匂いを覚えるために臭いが頑張って弟切草を嗅ぐ。

 

「くっっっさ」

 

「うーん。懐から取り出したものを臭いと連呼されると、違うとわかっていてもちょっと傷つくな」

 

 鼻先に皺を寄せて必死にくんくんしていると、ニールがそんなことを呟いた。

 

「ニール自体はいい匂いだから気にしなくていいぞ」

 

「そ、そうか」

 

 フォローしたつもりだったが、ニールはちょっと微妙な顔をしていた。

 解せぬ。

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