「はい、すみません。ほんの出来心というか、いつも通り温泉に浸かってたら勝手に視界に入っちゃったといいますか、はい」
カピバラが伏せ、というか土下座をしている。
前足をピンと伸ばし頭を下げて鼻先を地面に押し付けていた。
そんなカピバラをシマフクロウの翼で器用に腕組みをして、サシャが偉そうに見下ろしている。
なんともコミカルな絵面だ。
「ごめんで済めば〈断罪の神〉はいらないのよ。私たちの柔肌を見た代償をちゃんと払いなさいよね。ああん?」
しれっと自分も含めているが、サシャは羽毛ばかりで柔肌は無いだろうに。
レジータが悲鳴を上げると同時に逃げ出したカピバラであったが、ニールの【
「そんなあ、これ以上の罰はご勘弁を。それにそこの鼠の亜人君? も雄なのに皆様の美しい裸体を見ていたじゃあないですか」
「トウジはいいのよ。あんたと違って劣情のレの字も無いんだから」
確かに劣情は無いなあ。
悲しいくらいに。
「サシャ、このカピバラは知り合いなのか?」
「こいつは〈大地熱の神〉で地表の熱を司っているのよ」
「おお、大地の熱をねえ。それって凄いんじゃないか? 」
惑星の中心にある核からマントル、地殻、そして地表へと伝わってくるのが地熱だ。
確か地球の中心部で五千度くらいだったか。
火山はもちろんのこと、マントルの対流によって海底で冷え固まった地殻、すなわち大陸プレートの発生にも影響する。
大陸プレートが動くことによって地震が発生するわけだが……。
「火山や地震も司ってるのか?」
「ふっふっふ、そうだ俺は凄いんだ。だからフォローしてくれ亜人君たのむ」
「そこまで凄くないわ。こいつは地表の熱しか支配できないから、精々温泉を好き勝手に作るくらいしか出来ないの。火山や地震は別の神が担当してるわ」
「十分凄い気もするが。もしかして〈神の箱庭〉と呼ばれているこの一帯は〈大地熱の神〉の力によるものなのか? 何故こんな辺鄙なところに」
「こいつは作った温泉を利用して女神や人種の裸を覗き見する常習犯だったの。度重なる覗きの末、〈断罪の神〉に裁かれて何処かに流刑されたって聞いたけど、それがここだったみたいね。ああ、覗き見されたのを思い出すだけで鳥肌が立つわ」
「いや、その時は〈寛容〉の薄い胸には興味なくて隣の〈狩猟〉のを見てたんだが……ひぃっ、なんでもありません」
サシャに睨まれ怯えた声を発しながら土下座を深くするカピバラ。
捕まった当初は服従のポーズとしてひっくり返り腹を見せていたのだが、「なんか露出を喜んでそうでキモい」とサシャから土下座に切り替えさせられていた。
雄のカピバラの何が露出しているかはあえて言うまい。
あとサシャは常に鳥肌じゃん。
「〈断罪〉への連絡はどうかご勘弁を! あと少しで刑期が終わって、ようやくここから解放されるんです」
「どうせ今回みたいにすぐ再犯するんだから、先んじてもう五百年くらい刑期を伸ばしたほうが被害者が出ないんじゃないかしら」
覗きという女の敵だからか、サシャは糾弾の手を緩める気は無いようだ。
しかしいくら神基準だからといって、五百年という刑期の追加は長すぎない? サシャ盛ってない?
ゆるキャラには判断がつかなかったので、
「レジータとニールもサシャと同意見なのか?」
「うーん、裸を見られたのは嫌だったけど、〈断罪〉に言いつけるのは可哀想かな。〈断罪〉って容赦ないんだよね……」
「俺は神の裁きの基準なんて知らないから、レジータの判断に従うさ」
〈断罪の神〉に何か思う所があるのかレジータが顔を顰めている。
ニールは完全に人任せならぬ神任せだ。
ゆるキャラが用意したハンモックに揺られながら、こちらに向かってひらひらと手を振った。
もう皆がすっかり仲良しなので神様相手になんと不敬な、などという話にはならない。
今晩はここをキャンプ地にするということで、キャンプ用品を四次元頬袋から取り出して川沿いの草むらに設置した。
どれもこれも竜族への献上品である高級ソファーやベッドなので、キャンプ用品と呼ぶには語弊があるか。
満天の星空を天井にしたグランピングである。
露天風呂を満喫し夕食も済ませたシンクたちキッズは既にベッドで夢の中だ。
彼女たちの世話が終わるまでの間、罪人であるカピバラは土下座待機していた。
「ほ、本当かい。他での償いなら何でもするよ。泉質の違う温泉を追加で用意しようか? 美肌効果があるよ」
「流刑されてる癖に随分と好き勝手に温泉を沸かしてるじゃないの」
「この高地自体が僕の罪滅ぼしでもあるんだ。地熱で温暖な気候を保ち、希少な植物や生物を天敵の居ない環境で保護しているのさ。温泉も環境保全の一部だよ」
「えっ、ここって神無き大陸なのに大丈夫なのか?」
「おいおい亜人君、僕は神だよ。そこらの外様や魔獣なんて僕の手にかかればぎったんぎたんのめっためたさ」
カピバラが鼻を膨らませてゆるキャラに向かって自慢してくる。うざい。
そしてその発言で四次元頬袋の中の空気が凍り付いた。
「ほう、我らに喧嘩を売るとはいい度胸だ」
「トウジさん、ちょっとその茶色いのをこちらへ送って頂けないかしら」
普段は温厚なエリスまで怒ってるし……。
カピバラのうざさは四次元頬袋越しでもしっかりと伝わっているようだ。
エリスたちの反応は外に伝わらないので、ゆるキャラだけ無駄に異様なプレッシャーに襲われている。
「ま、まあまあ。そう言う割にはニールにあっさり掴まっていたじゃないか」
「おいおいおい亜人君、女の子に手を出すなんて紳士の行ないじゃないよ」
ちっちっちと前足の蹄を鼻先で左右に揺らすカピバラ。
紳士は覗きなんてしないぞというツッコミ待ちだろうか。
絶対にツッコミしてやらんが。
「それで結局こいつへの罰はどうするのよ」
「何卒っ、何卒ご慈悲を! 助けてくれ亜人君、同じ鼠のよしみでさっ」
親近感を持たせようという魂胆なのだろう。
だが それが逆にゆるキャラの逆鱗に触れた!
……というのは半分冗談だが、こちとらオジロワシとエゾモモンガのキメラなので、鼠で一緒くたにされるとちょっと腹が立つ。
ゆるキャラの〈コラン君〉としての
無罪放免ではレジータも納得しないだろうから、裁きたがっている御仁の前に連れて行ってやることにする。
「よーしそれじゃあ判決を言い渡す。〈断罪〉代理人のいる四次元頬袋に禁固一日で」
「えっ」
困惑の声ごとカピバラを呑み込む。
突然暗黒空間に放り出されたカピバラが驚いて短い脚をじたばたさせていると、待ってましたとにじり寄る異貌の神。
「ちょ、ここ何処? ええ!? というかなんで外様の神がいるの!?」
「よく来たな。さぁて、ぎったんぎたんのめっためたにしてもらおうか」
「売られた喧嘩は買う主義なんです。そうしないと内でも外でも相手に侮られますから」
くっくっく、ふっふっふと怖い笑みを浮かべるブロンディアとエリス。
さっきまでの威勢は何処へやら、カピバラは蛇に睨まれた蛙のように縮こまり……あ、逃げ出した。
しかし まわりこまれてしまった!
ブロンディアが自身の無機質で機械的な逆関節の脚で跳躍すると、逃げるカピバラの頭上を飛び越えて退路を塞いだ。
急に止まれなかったカピバラはブロンディアの脚に激突。
もう逃げられないと悟り、媚びを売るように体をくねらせながらブロンディアを見上げた。
「は、話し合おう。話せばわかる」
「問答無用」
「ギニャーーーーーーーーー!!!」
こうして暗黒空間にカピバラの情けない悲鳴がこだました。