ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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30話:ゆるキャラと熊

 リージスの樹海は広大で、数百キロ四方にも及ぶ。

 その形状は大雑把にひし形をしているため、丁度北海道と同じくらいの大きさになる。

 樹海の中央には大雪山連峰、ではなく竜族が住む山々がそびえ立ち、他にもいくつもの山や湖が樹海内に点在していて、多種多様な生物が生息している。

 

 ゆるキャラは今、樹海の北東の端に来ている。

 北海道で言うなら監獄で有名なあのあたりだ。

 ちなみに妖精の里はそこから内陸側へ五十キロほど進んだ所に位置する。

 玉葱の産地として有名なあのあたりだ。

 

 何故そんな所にいるかといえば……。

 

「そっちに行ったぞ!」

 

 豹人族のイレーヌの警告と共に藪から飛び出してきたのは、巨大な熊だ。

 四足歩行の状態だというのに、ゆるキャラより頭三つ分ほど背が高い。

 後ろ足で立ち上がれば更にその倍にはなるだろう。

 全身は白い毛で覆われ四肢は丸太の様に太く、鋭利な牙が並ぶ顎からは涎が滴っていた。

 

 魔獣の氷熊(ヒグマ)である。

 

 氷熊は目の前にいたゆるキャラを捕捉すると、獰猛な唸り声を上げながら藪から飛び出した勢いのまま突進してきた。

 数百キロはある巨体の鋭い体当たりともなれば、トラックに撥ねられるようなものだ。

 今以上に悪い条件で転生はしたくないので(そもそも転生しないかもしれないが)、素直に回避行動を取る。

 

 真上に飛び上がって回避するついでに、手にした剣で氷熊の背中を斬りつける。

 この剣はシンク宅の宝物庫から貰ったものの一つで、イレーヌ曰く相当な業物だそうだ。

 直刃の両刃で、鍔には茨と薔薇が絡み合ったお洒落な彫刻が施されている。

 

 ゆるキャラは武器に関して素人なので良し悪しはさっぱりだ。

 貰った中に刀があればそっちを選んだのになあ、くらいのノリで使っている。

 

 業物の剣はゆるキャラの鳥足に匹敵する切れ味で氷熊の背中を切り裂いた。

 白い毛皮が鮮血で斑に染まる。

 

 氷熊が悲鳴を上げながらゆるキャラの下を通過すると、その先では別の熊が待ち構えていた。

 その熊はゆるキャラたちの味方である。

 

「おらぁ!」

 

 〈森崩し〉戦でも共闘したウルスス族の彼で、名をヴァーソロム君という。

 見た目が二足歩行の熊であるヴァー君は、氷熊を正面から受け止める。

 

 ヴァー君の身長は四足歩行状態の氷熊と同じくらいなので、体格差は倍くらいあるが弾き飛ばされない。

 不動の山の如くどっしりと構え、白い巨体をしっかりと受け止めていた。

 これはヴァー君が持つ【大地神の加護】による力だ。

 

 白い熊と黒い熊が相撲を取るかのようにせめぎ合う。

 白い方はホッキョクグマみたいな外見をしているが名前は氷熊(ヒグマ)で、黒い方は見た目が完全に羆(ヒグマ)だが地球の同名生物と関連性は無い。

 

 ややこしい。

 

 ウルスス族と氷熊は見た目こそ互いに熊で似ているが、亜人と魔獣なので混同してはいけない。

 人間と猿の魔獣を混同するくらい失礼なので注意されたし。

 

 実際ゆるキャラは「仲間じゃないの?」と聞いてヴァー君に怒られた。

 だって見た目似てるから……うんややこしい。

 

 ゆるキャラはイレーヌの戦闘訓練の一環として、樹海の治安維持活動に参加していた。

 氷熊は本来妖精の里よりも樹海の深部側を縄張りとしていたが、先の〈森崩し〉の大移動のルート上だったため、自身の縄張りから逃げ出していた。

 できれば穏便に縄張りに戻ってもらいたかったが、そう上手くはいかないようだ。

 

 ヴァー君に加勢しようと近づくと、急に寒気を覚える。

 それは決して風邪引いたとか錯覚とかではなく、実際に空気が凍り付く現象だった。

 

 まず最初にゆるキャラが付けた氷熊の背中の傷が凍り付いて止血される。

 次に氷熊を組み合っているヴァー君の手足が次第に氷に覆われ始めた。

 

「ちぃ!」

 

 完全に手足が凍り付く前に、ヴァー君は氷熊を持ち上げると自分の後ろへ放り投げた。

 数百キロの巨熊は器用に空中で身を翻すと鮮やかな着地を決める。

 

 近くにあった低木が振動で揺れたが、根元から次第に凍り付き固まると揺れも止まった。

 冷気を操る―――これが氷熊という名前の所以たる能力である。

 

 空気中の水分を凍らせるだけでは、あそこまでの量の氷は生まれないので、氷そのものを発生させているのだろう。

 氷熊の足元に薄い氷の幕が張るが、歩く度に割れてパリパリと乾いた音が響く。

 

 合流したイレーヌとヴァー君とゆるキャラの三人で氷熊を囲む。

 追い詰められた獣(ヒグマ)が突破口として選んだのは、正面の獣(キメラ)のようだ。

 

「おおっと」

 

 単調にもまたもやトラック顔負けの突進をしてきたので、こちらも再び真上に飛んで躱す。

 凍り付いた傷口を剣でかち割ってやろうと、自由落下と共に剣を突き下ろそうとした時、氷熊はゆるキャラの下で急停止して顔を上に向けた。

 

 顎を大きく開けると口腔内が青白く輝き、氷の結晶が生まれる。

 急速に()()()へと成形されたそれが、《氷槍》となってゆるキャラ目がけて射出された。

 

「トウジ殿!」

 

 ふむ、単調だと思ったが氷熊もなかなか賢いようだ。

 イレーヌが警句を発するが安心して欲しい、これは油断ではなくて余裕なのだ。

 

 ゆるキャラは首に巻き付いてはためいている〈コラン君〉のトレードマークである赤いマフラーを、剣を掴んでいない左手で手繰り寄せる。

 そして飛来する《氷槍》から身を守るように体の前で広げた。

 

 《氷槍》がマフラーの布地を穿つかに見えたが、貫くことはなく表面で弾かれあらぬ方向へ飛んでいく。

 

【マフラー:あかいマフラーはえいゆうのあかし】

 

 とまあ〈コラン君〉のプロフィール上ではなんの説明にもなっていないのだが、実はすごい防御力を誇る。

 先の〈森崩し〉戦でその丸太より遥かに太い胴体で打ち据えられた時、一撃で満身創痍になったゆるキャラに対して、偶然マフラーに覆われていたフィンは無傷だった。

 

 そのことを後で思い出してマフラーについて検証した結果、物理も魔術も威力は勿論、衝撃すら通さないとんでも装備だと判明したのだ。

 まるで某猫型ロボットの秘密道具の、なんでも跳ね返すマントである。

 

 さて絶賛自由落下中のゆるキャラは、《氷槍》を弾きがら空きになった口腔へ剣を突き入れる。

 体重を乗せた剣の切っ先は、上顎を貫くに留まらずそのまま脳幹へ到達。

 生命維持機能の集まった部位を一撃で破壊され、断末魔の悲鳴を上げる間もなく氷熊は絶命する。

 

 二度三度びくりと体を震わせると、白い巨熊は地面に崩れ落ちた。

 倒れる体に巻き込まれないよう剣は氷熊の口腔に残して、ゆるキャラは少し離れた所にひらりと着地する。

 

「流石だなトウジ殿。上に飛んだのは《氷槍》を誘って口の中を直接狙うためだったのだな」

「そうか?俺には結構慌ててたように見えたが」

 

 ヴァー君が正解だがここは見栄を張っておこう。

 エゾモモンガの顔でニヒルに笑って(るつもり)、剣を回収するべく氷熊に近寄る。

 

 上顎を持ち上げて剣と引き抜くと、涎やら血糊やら脳漿やらがべっとり付着して大変なことになっていた。

 もう口の中には仕舞えないな……とりあえず川で洗いたい。

 そう伝えようと口を開きかけた時、こちらに近づく新たな気配を察知した。

 

 別の氷熊だろうか?

 三人で目配せをし合い、気配のする方向の藪の前で身構える。

 

 次の瞬間飛び出してきたのは、狐耳の女の子だった。

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