〈カオステラー〉の拠点の庭先で、シナンに借りた短剣を試しに振ってみる。
……うん、無理だ。
現在は〈コラン君〉の加護による筋力や技能の補正が一切ない。
子どもの腕力では素早く振ることさえ困難だし、すぐに疲れるし、構えも素人なので自分で自分の足を斬り付けてしまいそうになった。
「天下の〈神獣〉様もこうなったら形無しだな。そんなへっぴり腰じゃゴブリンにすら負けるぞ。怪我する前にやめとけ」
「あっ」
十数回振り回しただけで息が上がってしまった僕から、背後に現れたシナンが短剣を取り上げる。
短剣を奪われるその瞬間まで、シナンの気配を察知できなかった。
〈コラン君〉の加護がある時では考えられないことだ。
それに鋭利な刃物を持っているというだけで怖い。
加護を失ったからか、子どもになったからか、あるいはその両方なのか暴力への忌避感が強い。
これは性能の良い魔術具があったとしても、近接戦闘は無理かも。
「短剣もまともに振れないんなら邪魔でしかないな。素直に後ろに引っ込んで、皆に守ってもらってろよ」
「うう……」
そして精神が肉体に引っ張られているせいか、感情の抑制が効かず目には涙が溜まっていく。
「ちょっとシナン、トウジ君をいじめるなんてどういうつもり? 大人げないんじゃないの」
「そうだそうだ、子ども相手に酷い奴だ」
「い、いや、俺は別にいじめたつもりはなくてだな」
側で見守っていたマリスとドラミアーデの刺すような視線にシナンがたじろいでいる。
涙目の僕をドラミアーデが抱っこしてあやし始めた。
いやいや、これでも九歳児だから。
ドラミアーデは背が高いので僕を抱っこできているが、そんな幼児みたいな扱いをされても……うん、悪くないね。
暖かくて柔らかくて、いい匂いに包まれると、ついつい甘えたくなってしまうのが子どもの
こちらからも首筋に抱きついてみると、普段はワイルド系なドラミアーデも満更ではない様子。
「もう大丈夫。ありがとうミア姉ちゃん」
「ぐはっ!? うーん、これは色々と目覚めてしまいそうだね。ってなに見てんだい」
「ひっ、な、なんでもねえよ」
菩薩のように微笑んでいたドラミアーデだが一瞬で般若のそれになる。
いくら普段とのギャップがあるとはいえ(失礼)、ドン引きした目で見てたらそりゃ怒られるよ、シナン君。
「やっぱり魔術を練習したほうがいいかな」
(ね~トウジ。氷魔術は使わないの? 私が手伝ってあげるよ)
庭の軒先付近をふわふわと浮かんでいたユキヨがそんなことを言ってくる。
ユキヨとは五メートルほど離れているのだが、相変わらずテレパシーのように脳内に直接語りかけてくるのではっきりと聞こえた。
「手伝う? ああ、そういえばユキヨは精霊だったな」
魔術は魔素、構成、詠唱、魔力、発生源の五つの要素で成り立っていると先に述べたが、精霊という要素は発生源に関係している。
発生源は魔術の発現を促す存在で、精霊の力を発生源にする魔術を精霊魔術と呼ぶ。
先程のナイター球場の照明のようにビカビカと光った《持続光》も、精霊の力を借りたものだ。
精霊は基本的に見えない存在である。
誰からも見えるユキヨは特殊で、妖精族のフィンは見えないはずの精霊が見えているが、妖精族の中でも稀有な才能だとか。
「えー、大丈夫? さっきので光の子たちめっちゃ集まってるけど、氷の子も集まってこない?」
猫のようにフィンが虚空を見ながら言う。
そこにいるのかな? 光の精霊が。
(私以外の子に魔力あげないからだいじょ~ぶ)
精霊魔術は術者の魔力を精霊に捧げることによって、精霊の力を借りて魔術を発現させる。
発生源は他にも色々あって、神の力を借りる神聖魔術、物質の力を借りる錬金魔術、呪いの力を借りる呪術などがあった。
どうやら僕の魔力は精霊にとってはとても美味しい御馳走らしく、光の精霊たちが必要以上に張り切った結果、あのような大惨事になったのだ。
〈コラン君饅頭〉や〈ハスカップ羊羹〉に含まれる魔力も同様らしく、それらをたらふく食べたフィンが使う精霊魔術の威力もすさまじくなっていた。
「でもここで使ったらルリムに怒られるし……」
(ちょびっと練習するだけだから~)
「えー、そう?」
僕個人としても魔術の練習はしたい。
近接戦闘が無理なら魔術での自衛手段が欲しい。
先程の現場にいなかったドラミアーデたちは何のことかと首を傾げているし……よしやっちゃうか。
精神が肉体に引っ張られているため、自制心も弱っている気がするが、まあよし。
「でもそう簡単に構成は思い浮かばないんじゃ……む、できた」
脳内で自分の体くらいの大きさの
繰り返しになるがこの構成というものを説明するのは難しい。
構成によって発現させるつららの属性、大きさ、射出方向、威力などを設定できる。
設定という意味で既存のものに当てはめるなら、図面やコンピュータープログラム、数式などが近いのかもしれないが、ずばりこれだというものはなかった。
もっと感覚的というか、強いて言えば野球の変化球を投げる感じだろうか。
例えばカーブを投げるとして、具体的な投げ方は人それぞれだ。
オーバースローやサイドスロー、アンダースローだったり、ボールの持ち方も指を縫い目に合わせるとか合わせないとか色々あるだろう。
なんとなくこう投げたら(構成したら)、カーブが投げれる(つららが発現する)という感じだ。
自分で説明しててもピンときてないが、とにかく構成は編めた。
「あ、詠唱わからないや」
(こっちで適当にやるから任せて。魔力ちょうだい~)
ユキヨに言われるがままに魔力を流す。
(んほおおおおおおお)
ちょっと、いや、かなり淑女からは聞こえてはいけない声音が脳内に響いたが、魔術は無事に発現した。
全長一メートル程の細長い氷の円錐が空中に出現し、そのまま落下して先端が地面にざくっと突き刺さった。
地面に半ばまで埋もれているので、これが人体に刺されば結構な痛手になるだろう。
「無詠唱でこの精度とは、凄いですね」
マリスがしゃがみ込んで、地面に埋まったつららをつんつんしながら感心していた。
無詠唱は詠唱破棄といえば異世界転生者的には憧れるが、もちろんそう易々とできるものではない。
精霊魔術における詠唱は精霊の力を借りるための依頼の言霊であり、詠唱が無ければ魔術は発動しなかった。
しかし僕とユキヨの場合は、僕のイメージが詠唱を介さなくてもユキヨにしっかりと伝わっている。
以心伝心な理由としては僕とユキヨとの間にある信頼関係だとか、ユキヨの外様の神の言語すら理解する謎のテレパシー能力などがあるようだ。
これは氷雪系最強を目指してもいいんじゃないだろうか。
なんて思ったのだが……。
(トウジの魔力、おいしい)
ユキヨの顔がやばいことになっていた。
恍惚とした表情をしていて、口は半開きになり涎が垂れている。
小さくても見た目は年頃の娘さんなんだから、そんな顔をしてはいけない。
中毒症状出てない? 大丈夫?
「ユキヨばっかりずるい! トージ、私も力を貸すから魔力ちょうだい」
「いや君は妖精だから無理でしょ」
「ぐぎぎぎ」
フィンはフィンで歯ぎしりしながら空中で器用に地団駄を踏んでいる。
ドラミアーデは母性? に目覚めて僕を抱いたまま離さないし、それを見てマリスはにこにこしていた。
「なにこれ」
それは俺が聞きたいよ、シナン。