誘拐犯を上空から追いかける。
周囲を警戒しながら走っている誘拐犯だが、まさか頭上に追跡者がいるとは思っていないようだ。
もちろん気付かれないように出来るだけ高い位置から追跡しているが。
この街の名前は確かルノンドだったか。
土地勘のない面子が大半だったが、オーディリエだけは違う。
最近まで帝国内で冒険者稼業をしていたので、道中に色々と教えて貰った。
ルノンドは帝都近郊に位置し、地方から帝都入りする人々の中継地点(宿場町)として発展している街だそうだ。
誘拐犯は路地を抜けると一軒の豪邸に辿り着いた。
慣れた手つきで裏門の扉を開けると、勝手口から豪邸の中に入ってしまう。
「これは予想外だ。このまま街から出るかボロ小屋みたいな所に行くかと思ったんだが。豪商か貴族の家か知らないけれど、権力者が関わっているとなると大事になるやつだ」
「そうね。だから見なかったことにして帰りましょうよ」
「そうもいかないよ……あの部屋だけ明かりが点いてる。近付いてみよう」
リリンに窓際に貼り付いてもらい中の様子を伺う。
複数のランプで明るく照らされたその部屋には、三人の人影があった。
一人は恰幅の良い中年の男、もう一人は黒ずくめの人物。
前者は良い身なりをしているので、この豪邸の主だろうか。
金髪をオールバックにしていて、生え際がそこそこ後退している。
後者は誘拐犯で、頭巾を取ったその素顔は精悍な顔つきの男だった。
頬にある古傷が精悍さを際立たせている。
最後の一人は麻袋から解放された小さい足の持ち主。
それは黒いローブ姿の少女で、年の頃は僕より少し上の十三、四歳くらいだろうか。
整った顔立ちに濃紺の髪と色白の肌のコントラストが印象的だが、より目を引くのは額から生えている短い角だ。
え、シンクの角と似ているがもしかして竜族なのか?
結構厳重に拘束されていたようで、手首と足首を縛られ猿ぐつわもされていた。
誘拐犯がそれらを解くと、手首をさすりながら少女が館の主に向かって、すごい剣幕で何かを言っている。
〈コラン君〉のエゾモモンガの耳だったら窓越しでも聞き取れただろうか。
豪邸の主は「まあまあ」といったジェスチャーをしながら少女を宥めていた。
「なんか様子がおかしいな」
「もう帰りましょうよ。面倒事の予感がするわ」
誘拐されたにしては少女は物怖じしないどころか、喧嘩腰で豪邸の主に食って掛かっている。
しまいには殴りかかろうとしたので、誘拐犯に止められていた。
「うーん、確かに大丈夫そうだな。帰るか」
そう僕が言った瞬間、不意に少女が振り向いた。
窓から離れようとした僕とばっちり目が合う。
「「……」」
僅かな時間、お互いに見つめ合ったのちに少女が何かを叫んだ。
そしてこちらに手の平を向けると、突風が起きて窓が枠ごと吹き飛ぶ。
「うわっ」
「言わんこっちゃない。さっさと逃げるわよ」
割れた窓ガラスが散弾のように飛び散り僕に襲い掛かるが、リリンが翼を盾のように変形させて防いでくれた。
そのまま空中へ飛んで逃げる。
少女は僕らを追って窓の縁を蹴り外に飛び出す。
裸足だというのに散らばるガラス片もお構いなしだ……というかここは二階だぞ。
そのまま墜落すると思われた少女だったが、ローブの背中部分が破れると、髪色に似た濃紺の竜の翼が突然生えた。
その翼を大きく羽ばたかせると、ものすごいスピードで僕らに迫る。
「うわ、来てる来てる」
「ちょっと、飛べるなんて聞いてないんだけど」
誘拐犯を追跡していたはずなのに、いつの間にか逆に追われる立場になっている。
リリンも速度を上げるが、少女は難なくついてきた。
寝静まる街並みの上空を三つの影が高速で通り過ぎていく。
速度が上がれば身に受ける風は強まり、体感温度は反対に下がり続ける。
リリンが変形させた翼で風から守ってくれているが完全には防げない。
「これ以上はトウジが無理そうね。面倒だけど相手をするしかないわ」
僕の体が寒さで小刻みに震えているのを見てリリンが速度を落とす。
適当な民家の屋根に降りると、追跡してきた少女も近くの屋根へと着陸した。
少女は竜の翼を威嚇するように広げながら、こちらをびしっと指差し大声で叫んだ。
「そこの
うん? 窓から覗いている時、僕と目が合ったと思ったが気のせいだったのか?
というか声がすごくでかい。
まるで拡声器でも使っているかのようだ。
「なんて言ってるの?」
「リリンのことを僕をさらった誘拐犯だって。で、あの子自身もリリンに狙われたと思ってるみたい」
「……」
「いや、この展開の予想は無理すぎるぞ」
リリンから芯底嫌そうな視線を送られた。
「大人しく降参しなさい!」
投降を呼びかけると見せかけて、少女はジャンプすると両手を突き出しながらこちらに急降下しながら突っ込んできた。
リリンが飛び退いて躱すと、少女は頭から屋根に突っ込む。
破砕音を響かせながら屋根を貫いて少女の姿が見えなくなると、住人らしき男女の悲鳴が聞こえた。
なんというか……大騒ぎだ。
このままだと近隣住人も目を覚まし、何事だと外に出てきてしまうだろう。
闇の眷属であるリリンが不特定多数の人に見られるのは非常にまずい。
下手をしたらこの街の領主の私兵や冒険者ギルドが討伐に乗り出してしまう。
「ったくもう。こうなったら本当に攫っていくしかないわね」
変幻自在なリリンの翼の一部がするすると屋根へと伸びて、少女の作った穴の上を通過する。
そして少女が穴から飛び出してきた瞬間、翼が投網のように広がって少女の体に纏わり付いた。
「むぐっ、むぐぐっ」
少女はあっという間に全身を簀巻きにされた。
脱出しようと必死にもがいているが、びくともしない。
「それじゃあいきましょうか」
リリンは僕と少女の二つの簀巻きを抱えながら空へと飛び立った。