・益子藤治、三十歳フリーターのおっさん、トラックに撥ねられて死亡。〈混沌の女神〉の力で異世界転生する
・転生後の姿は何故かご当地ゆるキャラの〈コラン君〉で、リージスの樹海と呼ばれる場所に放置された
・出会った妖精少女フィンを助け、妖精の里へ案内される
・妖精女王フレイヤに世界の事を教わっていると、竜族の幼女シンクが登場
・試練と称して豹人族のイレーヌと対決。そして勝利
・大型魔獣〈森崩し〉が出現したので頑張って倒す
・竜族のお宅訪問。樹海を出奔したシンクの姉ハクアを探す旅の旅費として金銀財宝を頂く
・熊型の魔獣と戦っていると……
31話:ゆるキャラと狐っ娘
藪から狐耳の女の子が飛び出してきた。
狐耳の色より少し濃いあめ色の髪を三つ編みにしていて、全身がくたびれた外套で覆われている。
年の頃は十二、三くらいか、唯一露出している幼い顔は疲労の色が濃い。
全体的に薄汚れていて頬は痩せこけ、小さく可愛らしい唇はひび割れていて、目はうつろだ。
何かに追われているのかしきりに背後を気にしていて、その足取りはひどく覚束ない。
今にも行き倒れてしまいそうで……あっ、転んだ。
「あう」
「おおっと、大丈夫か」
咄嗟にゆるキャラが前に出て女の子を抱き止める。
本当に倒れる寸前だったようで、エゾモモンガの毛皮に埋もれるとそのまま気を失ってしまった。
抱き上げた体は枯れ木のように軽く、外套ごしでも痩せ細っているのが分かってしまった。
新たな気配を察知し藪の方向に意識を向ければ、出現したのは無数の赤く光る目だった。
藪だけでなく頭上の木々の隙間からも、こちらの様子を伺うような視線がいくつも注がれる。
「腐肉攫いだ。こうやって弱った獲物を見つけたら追跡して、死んだらその腐肉を喰らう猿の魔獣だ。その子が獲物なのだろう」
「この子一人では精々一匹の一食分にしかならなそうだけどな」
「腐肉攫いは雑食で木の実や小さな虫の他に、名前の通り魔獣の食べ残した腐肉なんかも食べる。個々は弱く臆病な魔獣だから他の生物を襲うことは無いんだが、弱ってる獲物を見つけると集団で死ぬまで追いかける習性があるんだ」
「それはまた随分と外道なお猿さんだな」
イレーヌの説明にゆるキャラが顔を顰めると、彼女は肩をすくめる。
「まあそう言ってやるな。その習性のおかげで樹海の掃除屋として活躍しているんだ。亜人なら大人が一人でも追いかけられることはない。弱った子どもが一人で樹海をうろつく方が悪いのさ」
見た感じ狐耳の女の子は、近隣の集落から抜け出したという感じではない。
服装や健康状態からして瀕死の旅人といった風体である。
子ども一人で旅はしないだろうから、親とはぐれてしまったのだろうか。
もし直接は襲われないと分かっていたとしても、自分の死を待つ大量の魔獣に追いかけられたなら、その恐怖と心労は計り知れない。
「とりあえずこいつらを追い払わないとな」
「それなら簡単だ」
そう言うとウルスス族―――熊獣人のヴァー君が、近くに生えている大木を蹴りつけた。
堂に入ったヤクザキックが、鼓膜を震わす衝撃音と共に木の幹をぐらぐらと揺らす。
葉っぱの他に木に貼り付いてた様々な種類の、得体の知れない虫が次々と落下する中、「ギャッ」という短い悲鳴と共に少し大きめの何かが落ちてきた。
そいつは小学校低学年の子どもくらいの大きさだが、背中を丸めているのでもう少し小柄に見える。
ぼさぼさの暗褐色の毛並みに、長い尻尾が揺れていた。
ふむ、このぎょろりとした赤黒い目玉のこいつが腐肉攫いか。
背中から落下して腰をしたたかに打ち付けたようで、痛そうに腰をさすっている。
少し痛みが引いたところで、自分の目の前に恐ろしい熊がいることに気が付いたようだ。
鋭い歯を剥き出しにして低く唸った熊を見て、浅黒い肌の腐肉攫いの顔が恐怖で引き攣らせた。
そして先ほどよりも甲高い悲鳴を上げて大慌てで逃げ出すと、それが恐怖を伝播させる合図となる。
仲間の悲鳴を聞いて他の腐肉攫いたちも一斉に叫び出すと、我先にと蜘蛛の子を散らすようにしてあっという間に逃げていなくなった。
「ほらな」
「確かにあの怯えようなら直接は襲われないか……さて、この子の保護者を探そうか。そしてついでに川で剣を洗わせてくれ」
草の葉で剣の血糊を拭ったが鞘に納める気にはなれず、抜き身で持ちながら周囲を捜索する。
小一時間ほど探し回ったが、女の子の保護者は見つからない。
仕方なく一旦捜索を打ち切り、川で剣を洗いつつ小休止を取る。
その間も時折うなされたように呻き声を漏らすが、依然として女の子は目を覚まさなかった。
「疲れ果てて眠っているだけだとは思うが、もうすぐで日も暮れる。どこか安全な場所でしっかり休ませたほうがいいな」
「ならこの近くに俺の住む集落があるから、そこで休ませよう」
イレーヌの所見にヴァー君が提案する。
ヴァー君が今回の治安維持活動に参加していた理由はここにあった。
自分の集落を守るために駆り出されたというわけだ。
リージスの樹海の浅層には亜人種族の集落が点在していて、住人の種族も単一だったりばらけていたりと様々だ。
ちなみに彼の住む集落の住人は大半がウルスス族だそうだ。
熊が大量に住む……イメージは完全に某クマ牧場である。
愉快な仲間が待っているに違いない。
「それじゃあヴァー君のお宅拝見と洒落込みますか」
「いや、俺の家とは言ってないが」
「ん?何か見られたらまずいものでも隠しているのか」
「そ、そんなのねぇし!」
まるで思春期の少年が自室に入られるのを嫌がるみたいな反応をするヴァー君だが、何を隠そう彼は十六歳の思春期の青年だった。
この世界では十五歳から成人扱いで、ヴァー君も既に独り立ちしている。
自立している故に精神年齢は地球の同年代と比べればだいぶ高い。
とはいえまだまだ人生経験の浅い十六歳の青年。
垣間見える青臭さが中身がおっさんであるゆるキャラには眩しい。
そうと決まれば日が暮れる前に集落に到着しようと移動を開始する。
少しうるさくしてしまったが、少女が目覚める様子は無い。
ゆるキャラが少女を背負うと、小さく囁くようなうわ言が聞こえた。
「うう……守護竜さま……」