ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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310話:少年とコランクン・ファナティック

「むぐうう! むぐう……むぐ」

「なんか弱々しくなってきたけど大丈夫? 呼吸できてる?」

 

「口はともかく鼻は塞いでいないわ」

「だそうですよ……ああ、リリンの言葉は通じてないのか。鼻で呼吸できますよ」

 

 鼻で呼吸できると知った少女が必死にすぴすぴと鼻を鳴らしている。

 リリンの変化した黒い翼が少女の全身を覆うように捕縛していて、黒い(さなぎ)のようになっていた。

 

 一切の身動きが取れないだけでなく目と口も塞いでいるので、動揺するのも仕方がない。

 竜の翼も巻き込まれているが大丈夫だろうか? 痛めていないだろうか?

 

 屋根に大穴を開けてしまった家には申し訳ないが、僕らは大騒ぎとなりつつあった現場から逃走して、街の外にある適当な森までやってきた。 

 最初は脱出しようともがいていた少女だったが、今は諦めたのかぐったりしている。

 

「ええと、貴方に危害を加えるつもりはないですから、暴れないでくださいね?」

 

 むぐう、という呻きを了解と受け取り、リリンがまず目隠しを外す。

 

「むぐっ、むぐぐぐ! むぐーーーー」

「大丈夫だから。彼女、リリンは闇の眷属だけど人種とは敵対していない―――」

 

「この娘、私は眼中にないみたいよ?」

「えっ」

 

 そう言われると確かに少女は僕を見て驚いたように目を見開き、何かを訴えようとしていた。

 リリンには一瞥もくれていない。

 

「ええと、とにかく落ち着いて……」

「いくら喚いてもいいように、もっと森の奥に行きましょうか」

 

 まるでこれから処刑でもするような言いぐさだ。

 リリンが再び僕と少女を抱えて移動する。

 森の奥に開けた場所があったので、そこで少女の口の拘束を外した。 

 

「ぷはあっ、〈コランクン〉様! 私もどうか旅のお供に加えてください!」

 

 ……!?

 

「貴方様のお姿は神託で日頃から拝見しておりました。帝都へお越しになった際には私も〈コランクン〉様のお役に立つべく馳せ参じる心づもりでしたが、亡国の王族ゆえに人質として捕らえられていたためそれも叶わず……。ですが、今ここでお会いできたのは正に混沌の女神様がもたらした運命! 人質がなんですか。母国であり亡国のラディソーマの独立戦争なんて知った事ではありません。〈コランクン〉様にお供いたします。既に何人かいらっしゃるかと思いますが、同衾はもちろん夜伽もご所望とあらば喜んでこの身を捧げますので末席に加えて頂きたく……」

 

「いやいやいやいや、ちょっと待って。情報量が多いし色々と不穏な単語も聞こえたのだが」

 

 さっきからずっと寒いわけだが、違う意味でも寒気がしてきた。

 

「ようし、落ち着け、僕。ひとつずつ確認しよう。まず神託で僕を知っているということは、貴女は〈混沌教〉の信者なんですね?」

 

「はい! 自己紹介が遅れました。ヘルカリードと申します。どうぞヘルカとお呼びください。家名は出家していますので捨てました。それと私如きにそのような丁寧な言葉遣いは不要です。〈コランクン〉様」

 

「わかった、わかった。それじゃあ僕のことはトウジと呼んでくれ。〈コラン君〉は種族名みたいなものだから。あとこっちは闇の眷属のリリンだ。さっきも言ったけど敵対はしていないし、僕の仲間だから安心して欲しい」

 

「承知しました! トウジ様。リリン様、ヘルカリードと申します。以後お見知りおきを」

「へえ、意外と話のわかる娘じゃない」

 

 ヘルカの言葉は分からないが態度で理解したのだろう。

 終始うんざり顔だったリリンに笑みが浮かぶ。

 闇の眷属相手に忌避感を見せない人種というのは珍しい。

 

「拘束を解くから暴れないでくれよ。それでヘルカは竜族なのか?」

「竜族だなんて畏れ多い。私は竜人族(ドラコン)です」

 

 解放され固まった首や肩を回したり、背中の翼をピンと伸ばしながらヘルカが答えた。

 ヘルカ曰く竜人族というのは人種と竜族の混血で、亡国ラディソーマの王族として代々受け継がれてきた種族だそうだ。

 

 混血ということで人種の体に竜族の力を宿すが、その力は代を重ねるごとに薄まり、弱まっていた。

 ヘルカができるのはちょっと空を飛んだり火が吹けるくらいらしい。

 あれでちょっとなら、人種という括りの中では十分強力だとは思うが。

 

 加えて森人族(エルフ)のように長命なので、ヘルカの実年齢は僕の生前の年齢より遥か上のようだ。

 もちろん何歳かなんて愚かな質問はしないが。

 

「僕のこの姿を見て〈コラン君〉だと認識できるということは、最近も神託があったんだね?」

 

 神無き大陸からこちらの大陸に戻ってきた時、嘆きの塔に住んでいる〈混沌教〉信者のモエからも神託と称した無許可ライブ配信の話を聞いていた。

 なんでも僕の様子は〈混沌教〉信者の脳内へ不定期で断続的にだが、映像として配信されているらしい。

 

「しかも同衾ってまさか」

「はい! 羊人族のお姉様が羨ましいです」

 

 曇りなき眼で言い放つヘルカ。

 

「ええ……」

 

 どこに申請すれば配信を止めてくれますかね?

 

「あのう、そこまで個人的な光景は流れて来ていないので大丈夫ですよ。仮に流れてきても誰にも言いません!」

 

 同衾シーンはとても個人的でセンシティブだと思うのだが。

 

「神託の件はわかりたくないがわかった。それでどうしてヘルカは麻袋に入れられて攫われてたんだ?」

「呼び出しに応じない私に痺れを切らしたルノンド子爵が、部下を使って私を強引に〈地神教〉の神殿から連れ出したのです」

 

 ヘルカは亡国ラディソーマの姫だという。

 国が滅亡した後、再興を防ぐための人質として〈地神教〉の神殿に出家させられていた。

 

「〈地神教〉に改宗させられたのか?」

「〈地母神〉も〈混沌の女神〉も創造神より生まれ落ちた姉妹神です。改宗という意味合いは薄く、単に私を外界から閉ざし押し込める場所としてルノンドの神殿が相応しかったのでしょう」 

 

 監視役であるルノンド子爵がヘルカを呼び出したのは、半月ほど前のことだ。

 呼び出しの理由を知っていたヘルカは拒否し続けていたが遂に今晩、誘拐という形で強行された。

 

「独立戦争なんてやりたいものだけで勝手にやればいいのです。私は帝国に敗れた時点で従うと決めていました。強者に従うのが弱者の定めですから。ルノンド子爵は旧ラディソーマの内通者で、私より弱い兄に唆された裏切り者です。私を独立戦争の旗印にしようとしていますが、巻き込まれる無辜の民が可哀想です。だから呼び出しを拒否し続けていたのです」

 

「なるほど、あの豪邸……領主の家で喧嘩腰だったのはそのためだったのか」

 

 そこに事情を知らない僕とリリンがやってきて、偶然窓を見たヘルカが誰何の声を上げながら攻撃して追跡劇が始まる。

 目が合ったように見えたがそれは僕の勘違いで、闇の眷属に攫われた子どもという構図にしか見えなかったそうだ。

 

 なんとも正義感の強いお姫様である。

 僕は風除けとして常にリリンの黒い翼で覆われていたため、〈コラン君〉だと気が付いたのも森に着いてからだったのだ。

 

「ラディソーマで独立戦争か。どうしてこう行く先々で問題が起きるんだ」

「さすが〈混沌の女神〉の使徒ね」

 

「人が混沌を招いているみたいな言い方はやめてくれ、リリン。新たな問題に直面して体が震えてきたぞ」

「それって低体温症じゃない? 唇が真っ青よ」

 

「トウジ様! 私でよければ抱いてください!」

 

 こちらの返事を待たずにヘルカが正面から抱き付いてきた。

 抱き付いて暖を取れって意味だと思うが、言い方がおかしい。

 

「手が氷のように冷たいですよ。こっちの裾から手を入れてください」

「ちょっ、どこを触らせようとするんだ! 体を寄せるだけでいいから!」

 

 ヘルカに手首を掴まれ法衣の裾から手を入れさせられる。

 指先に柔らかいものが当たってるから。

 勘弁してくれ。

 

「ああ〈混沌の女神〉様、私に御身の使徒であるトウジ様のお役に立つ機会を与えてくださり感謝致します」

「なあリリン。〈混沌教〉の信者ってどうして皆こうなんだ? それとも〈地神教〉の信者でも使徒に会うとこうなるのか?」

 

「闇の眷属の私に聞かないでよ。贔屓の球団のスター選手に奉仕するようなものなんじゃない?」

「そんなミーハーな」

 

 なんとかヘルカの法衣から腕は引き抜いたものの、正面から抱きつかれたままなのは変わらない。

 いや、体は暖まり震えが止まったのでありがたいけれども。

 

 いくらなんでも野球選手と同列に語るのはどうだろう。

 仮に僕もあの二刀流選手に奉仕できるとしたら……あれ、意外と共感できるか?

 というかリリンはなんで野球を知ってるんですかね。

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