旅は順調だ。
といってもそれはあくまで日程的な話で、道中のトラブルが全くないかといえば嘘になる。
いくら貴族の馬車で牽制していても、旅の面子は女と子どもしかいない。
後先考えずに襲ってくる愚か者たちが少なからずいるのだ。
護衛の冒険者を雇うことも考えたが四次元頬袋にアクセスできない今、旅の資金が潤沢とは言えないので保留にしてある。
襲われても返り討ちにすればいいだけ、という話でもあるからね。
ここで改めて旅のメンバーを紹介しよう。
まず年長組がリリエルとルリム、オーディリエの三人。
馬車の御者から身の回りの世話まできっちりこなしてくれている。
とてもありがたい。
羊人族のリリエルは僕に関連することになるとちょっとアレだが、第三位階冒険者なので実は優秀だ。
元々はとある男爵家に仕えていた奴隷で、冒険者を志す男爵家三男と共にパーティーを組んでいたが、リリエル以外が迷宮の転移型の罠にかかり全滅。
リリエルも右腕を失い死にかけたが、そこに突然猫こと〈混沌の女神〉が現れた。
右腕を治した後にリリエルを〈混沌の女神〉の巫女に任命。
こうして現在の残念なリリエルが爆誕した。
闇森人のルリムは邪人である。
邪人とはアトルランを作った創造神に敵対する外様の神を信奉する存在で、人種をはじめとしたこの世界に住む生物全ての敵だ。
だが敵対していたのはあくまでルリムの先祖たちで、ルリムたち闇森人一族はとある森の奥深くに集落を作りひっそりと暮らしていた。
だがそこに悪い人種がやってきて集落が襲撃される。
帝国からやってきた悪い人種の目的は、闇森人だけが扱える深淵魔術を悪用することだった。
ルリムと娘のアナ以外を皆殺しにした彼らに攫われ、悪事の片棒を担がされていたところを僕たちが助けたというわけだ。
森人族のオーディリエも悪い人種に利用されていた。
娘のティエラと共に冒険者をしていたのだが、帝国内にある〈残響する凱歌の迷宮〉で冒険者狩りに捕まる。
母娘ともに〈隷属の円環〉を首に付けられ、冒険者狩りに加担させられていた。
ティエラは悪事に手を染めることを拒否した結果、冒険者狩りたちに嬲り殺されてしまう。
もっと早く僕がオーディリエたちと出会っていれば、ティエラも助けられたかもしれないと思うと胸が苦しい。
僕に娘はいないが、たとえば姪っ子の悠里の身に何かあれば……おおっと、殺意の波動に目覚めそうなのでこれ以上は考えるのをやめよう。
年長組は三人とも戦闘能力が高い。
リリエルとオーディリエは冒険者として一流だし、ルリムも若い頃に一人で大陸中を旅していた。
邪人と発覚すれば殺されてもおかしくない環境でだ。
というわけで絶賛盗賊に襲われ中だが、安心して見ていられる。
「おらぁっ」
盗賊が横薙ぎに振った剣をリリエルが屈んで躱す。
リリエルは屈みながら一回転して蹴りを放つ。
身に纏っている黒い法衣が花弁のように広がり、ブーツの硬い踵が踏み込んでいた盗賊の右膝に直撃した。
「ぎゃっ」
盗賊が堪らず片膝を付くと、リリエルはすかさず無事な左脚を踏み台にして盗賊の膝上に乗り上がる。
肉付きの良い生足が眼前に迫るが、盗賊がそれを認識できたかどうか。
リリエルの膝蹴りが盗賊の顎下に突き刺さる。
顎を砕く程の衝撃が脳にまで到達し、一瞬で盗賊の意識を刈り取った。
おお、プロレスラー顔負けの見事なシャイニング・ウィザードだ。
僕の脳内に女子レスラー風の衣装姿のリリエルが浮かんだ。
羊の角がなんとなく悪役っぽい。
その横ではルリムとオーディリエが警棒を手に、別の盗賊たちとそれぞれ戦っている。
五人の盗賊に対してリリエルたちは三人と数的不利ではあるが、戦闘力ではこちらが圧倒していた。
基本的に盗賊の個の戦闘能力は低い。
もし強ければ犯罪者である盗賊なんてやらずに冒険者になればいい。
弱いから群れて、より弱い者へと襲い掛かり奪おうとする。
中には罪を犯して冒険者から盗賊になった者もいるだろうが、ある程度実力があれば露骨に怪しい釣り針に喰いつくほど愚かでもない。
つまり僕らを襲撃するような盗賊は下の下だ。
左右に畑の広がる見晴らしの良い街道で襲ってくるのだから、さもありなん。
ルリムが対峙する盗賊に警棒の連打を浴びせる。
軽やかにステップを踏みながら、上下左右と様々な方向から警棒を繰り出す様子はまるで剣舞だ。
激しく動く度にメイド服のスカートが翻る。
必死に警棒を防いでいた盗賊だったが、剣が耐え切れず半ばからへし折られた。
二人が使っている伸縮式の警棒は僕が考案して、魔術具に精通したブライト伯爵に依頼して作成してもらったものだ。
杖のような棒状の武器自体はアトルランにも存在していたが、直径の違う筒状の棒を組み合わせることにより、コンパクトに収納できるというアイデアはなかった。
機能美に興奮したブライト伯爵が暴走して、魔銀を使用した警棒なのでその強度は折り紙付きである。
剣を折られた盗賊が最後に見たのは、不敵な笑みを浮かべたルリムの姿。
盗賊は横っ面に警棒の一撃を受けて錐揉みしながら吹っ飛び、大地に沈んだ。
さて、動きの激しいリリエルやルリムと比べると、オーディリエは静かなものだった。
こちらは盗賊側が猛攻を仕掛けているが、オーディリエはその場から一歩も動かずに、最小限の警棒の動きで全てを受け流している。
オーディリエは無表情で……いや、あれは怒っているな。
娘のティエラを奪っていった冒険者狩りと盗賊を重ねているのだろう。
彼女の感情の機微が分かるくらいには時間を共有しているつもりだ。
無事に助かったルリムとアナの母娘を見て、密かに羨望の眼差しを向けているのも知っている。
それが逆恨みや嫉妬に変わってしまわないよう、見守っていかないとな。
リリエルが残りの盗賊を倒したので、オーディリエと対峙している盗賊が最後の一人になった。
「ひ、ひいっ」
敵わないと悟った盗賊が剣を放り投げ、背中を見せて逃げ出したがもう遅い。
オーディリエは容赦なく盗賊の背中に警棒を振り下ろした。
「今回も縄で縛って放置ですか?」
「うん。連れて行くのは面倒だからね」
盗賊を帝国騎士団の詰所に引き渡すと金一封がもらえる。
生死は問わないが、一応生きているほうが割高だ。
ただし死体や生首で持っていくと、本当にそいつが犯罪者だったのかという確認に時間がかかる。
金額は下がるし下手をしたら逆に殺人の罪に問われるそうなので、死体で引き渡す人はまずいないそうだ。
僕らには盗賊五人を運ぶ手段がないし、目的ある旅の途中なので寄り道もしたくない。
なので全員まとめて縄で縛って「こいつらは盗賊です」と彫った板を置いて行く。
優しい通行人がうっかり解放したら大変だからね。
運が良ければ魔獣に襲われる前に巡回の騎士団が見つけるだろう。
なんで都合よく縄と板があるかって?
何度も盗賊に襲われたので、立ち寄る街で都度調達することにしたからさ。
はっきり言えば殺してしまうのが一番手っ取り早いし、リリエルたちも躊躇しないとは思うが、僕が嫌だった。
現代日本とは違い生きるか死ぬかの世界なのだから、甘いのは重々承知している。
こちらに余裕がなければ無理に生かすつもりもないが、リリエルたちに無益な殺生はして欲しくなかった。
手際よく盗賊たちを縛り道端に放置すると、リリエルたちが戻ってきた。
「面倒をかけてごめん」
「大丈夫ですよ。トウジ様のためならえんやこらです。むしろもう少し手応えのある相手が欲しいなあ。馬車の旅だと体が鈍っちゃってもう」
「それなら次の街の冒険者ギルドの一角を借りて、私と組手をしますか?」
「あっ、いいねそれ。というわけでトウジ様、いいですか?」
「はいはい。時間に余裕があったらいいよ」
盗賊なんて手加減しても準備運動にもならないといった感じのリリエルとルリム。
というか「えんやこら」とは、《意思伝達》も謎な翻訳をしたものだ。
二人の後ろをついてきたオーディリエは、どこか浮かない表情をしている気がする。
やはり奪われた経験を持つ者からすれば、盗賊を生かして捕らえるなんて手緩かったか。
「オーディリエは……」
「トウジ様、私も組手に参加してもよろしかったでしょうか?」
うん、違った。
彼女も運動不足を気にしていただけか。
と思ったのだが、内心でずっこけていた僕の反応をオーディリエは見逃さなかった。
「盗賊たちはこのあと運良く帝国騎士団に捕まったとしても、縛り首か奴隷にされて生涯強制労働です。今ここで朽ち果てて楽になるよりも、己の罪と向き合い後悔する時間を与えたほうが罰になるでしょう」
「まあ、うん。そうだね」
「心配して頂きありがとうございます」
僕の考えなんてお見通しだったようだが、心配していることは伝わったみたいだし良しとするか。
嬉しそうに微笑むオーディリエを見て、僕はそう思うのであった。