繰り返しになるが旅は順調だ。
しかし竜渓谷に近付くにつれて、どんどんきな臭くなってきた。
まず街道で武装集団を見かけるようになった。
規模や武装はバラバラだから、おそらく冒険者の集団か傭兵団か何かだろう。
進路は僕らと同じ竜渓谷で、徒歩の集団の場合は追い越すことになるのだが、まあ毎回因縁を付けられる。
ただし盗賊とは違うので、こちらが貴族の関係者だと説明すると一応は引き下がる。
女性陣にいやらしい視線が送られるが、まあ我慢だ。
たまに因縁から脅迫に発展したが、怖い羊人族のお姉さんの制裁が入り事なきを得る。
さもありなん。
「もしかしなくても、戦争の要員として集められてるな」
「そうですね……」
ヘルカが沈痛な面持ちで呟いた。
旧ラディソーマの王族が独立戦争を起こすのは、帝国にとっても既定路線である。
燻っている反乱分子を一掃したいという目的があるからだ。
だから今どうにかして戦争を止めても、反乱分子がいる限り根本的な解決にならない。
「ルノンド子爵が裏切り者なのはわかったが、現在ラディソーマを管理しているモーリュ辺境伯はどっちの立場なんだ?」
「モーリュ辺境伯リカルド様は御年八十歳で今だ現役だったのですが、いよいよ歳には敵わないということで息子トレーズ様に辺境伯を譲ることが決まっています。そしてそのトレーズ様は我が兄と親交がありますので……つまりそういうことです」
「辺境伯まで裏切るのか。帝国は大丈夫なのかねえ」
別に帝国そのものがどうなろうと知ったことではないが、帝国に属している知人たちは大事だからね。
「現在の当主であるリカルド様は帝国を黎明期から支えてきた重鎮貴族です。しかし老いを理由に自ら帝都を離れ、辺境伯としてラディソーマへやってきたのが三十年程前です。リカルド様は帝国の発展に心血を注いできた方ですので、反乱など許さないでしょう。貴族の不正を嫌い実直な治世をされていましたので、旧ラディソーマの民との関係も決して悪くありませんでした」
ヘルカの話を聞く限りリカルドは良い領主だが、息子のトレーズは違うみたいだ。
ヨルドラン帝国の歴史は五十年ほどと実は短い。
元々は現在の帝都を中心としたヨルドラン王国という国だったが、グルエムという軍のトップだった男がクーデターを起こした。
そして王族を根絶やしにして王国を亡ぼすと、新たにヨルドラン帝国を立ち上げ、近隣諸国へ侵略を始めたのだ。
侵略の是非はともかく、リカルドは領主として領民に誠実だった。
「リカルド様はよく言っていました。征服した民もまた帝国臣民であるからして、守るのが為政者の務めであると。その一方でトレーズ様は典型的貴族でして。民が貴族に尽くすのは当然と考えるだけでなく、身の丈以上の野心もお持ちです。帝国から独立して国を興すという我が兄の口車に乗せられたのでしょう。宰相あたりの地位をちらつかせられたのだと思います」
「まだリカルド様が辺境伯なんだよな?」
「そのはずですがお歳がお歳ですから、実権は既にトレーズ様が握っているのかもしれません。私がリカルド様と最後に会ったのは十年以上前ですから……」
竜族の血を引く
一応ヘルカとフレンは見た目基準で年中組に分けさせてもらっている。
妖精族のフィンと雪精霊のユキヨも見た目なら年中組じゃないかって?
あの二人は精神年齢がねえ……。
そもそも組み分け自体が大した意味はなく、僕なりに分かりやすくしただけなので。
さて、会う予定のない辺境伯やヘルカの兄のことを考えても仕方がない。
粛々と目的地である〈混沌教〉の本神殿に向かうだけである。
などとフラグを立てながらも物騒さが増す街道を進み、本日宿泊予定の街に到着。
門番にお勧めの宿の場所を聞いて向かっている道中のことだった。
「いやっ。お兄ちゃんを連れて行かないで!」
「うるせえ。手を離しやがれ」
横道から大柄な男が飛び出してくる。
小脇に僕と同じくらいの年頃の少年を抱え、足元には少女がしがみついていた。
男は皮鎧と剣で武装していて、街道でよく見た冒険者か傭兵の類だろうか。
少年と少女は薄汚れたみすぼらしい恰好をしている。
見たままで解釈するなら男は完全に人さらいだが、周囲の通行人は遠巻きに見ているだけで助けようとする素振りはない。
それは少年と少女には庇護してくれる者がいない、スラム街の住人であるということを示していた。
抱えらえた少年は気を失っているのか、ぐったりとして動かない。
少女が必死に追いすがるが、大柄な男を止められるわけもなく。
「きゃっ」
僕らが助けに入るよりも早く、男に腹を思い切り蹴られた少女が宙を舞った。
そしてそのまま道沿いの民家の壁に頭から激突してしまう。
「貴様!」
「なんだてめえは」
激高したヘルカが馬車から飛び降りて男へ突っ込み、皮鎧の上から左拳を男の腹へ叩き込む。
突き上げるような一撃は皮鎧を砕き、男の鳩尾に突き刺さった。
「ぐげえ」
ヘルカが涎や胃液を吐き散らしながらうずくまる男から少年を奪い取るのを尻目に、僕とリリエルが少女の元へ駆け寄る。
地面に倒れた少女はぴくりとも動かない。
「まずいですね。息をしていません」
「えっ、ど、どうすれば」
少女を助け起こしたリリエルの言葉に動揺する。
回復薬として優秀な〈コランくん〉謹製の〈ハスカップ羊羹〉も〈コラン君饅頭〉も今はない。
いや、あっても意識のない相手には使えないか。
「回復魔術かける?」
「頼む」
『
飛んできたフィンが《小治癒》を唱えた。
相変わらず詠唱は完璧ではないが効果は間違いなく、淡い光と共に少女が男に引きずられた際にできた膝の擦り傷などが消えてなくなる。
しかし、少女の呼吸は戻らない。
「魔術は傷は治しますが、失われた命までは……」
「そんな」
詠唱にある通り『損魂違わず』じゃないのかよ。
頭部へのダメージは時として致命傷に成り得ると理解はしているが、そんなに打ちどころが悪かったというのか。
あっけない少女の幕切れに呆然としている僕の視界に影が落ちる。
振り返り見上げると、そこにいたのはフレンだった。
いつも通り感情の乏しい表情のまま、腰に差していた短剣をおもむろに引き抜くと、躊躇なく自身の手首を斬り付ける。
深々とついた切り傷からは大量の鮮血が噴出し、リリエルが抱いたままの少女の顔面へと降り注いだ。
突然の凶行に野次馬から悲鳴が上がる。
そりゃそうだ。
彼女の意図を理解している僕でも、自傷からの大量出血は見ていて恐ろしい。
不老不死の存在であるフレンの血液には、癒やしの力が備わっている。
試す機会もなければ手段もないので効果の程は不明であった。
しかしいくら何でも死者蘇生は不可能なのでは?
というか血の飲ませ方がワイルド過ぎでは?
失血でふらつくフレンを支えていると……。
「がぼっ、がはっ」
「まじか、 生き返った!? てかストップ、ストップ。血で溺れてる」
蛇口を捻ったかのように血が出続けるフレンの手首を、少女の頭上からどける。
「何事だ……うわっ、なんだこれは」
止血しようとあたふたしていると、騒ぎを聞いて駆け付けた街の衛兵たちが集まってきた。
全員が惨状を目にして驚いている。
明らかに致死量の血だまりができていて、その中にいる血まみれの四人。
うーん、これはどうあがいても身柄を拘束される流れだね……。