「へえ、魔術を使えるようになったのか」
「うん。制御に難があるんだけどね」
ぽかぽか陽気の街道をのんびりと馬車が進んでいる。
季節は冬だが、太陽が照り付け無風なのでとても暖かい。
いわゆる小春日和だ。
僕は御者台の横に座り、手綱を握るフレックと近況報告をしていた。
このフレックという男は第二位階冒険者で、〈斥候将〉という大層な二つ名を持っている。
暗殺に特化した【暗影神の加護】を持ち、そのせいで暗殺者ギルドに飼われていたのだが、今は足抜けをしてデクシィ侯爵家の密偵となっていた。
フレックの暗殺者ギルド時代の師匠がルリムたちの故郷を滅ぼした犯人で、戦いの中で僕が、というか暴走した〈コラン君〉が殺している。
というわけで色々と因縁はあるのだが、直接的な関与はしていないのでお互い水に流していた。
(私となら魔術もばっちりだよ~)
「うおっ。お嬢ちゃんの頭の中に直接響いてくる声、まだ慣れないなあ」
危うく手綱を引きそうになりながら、フレックが周囲を探すように見渡す。
声の主であるユキヨは馬車の屋根の上で寝そべるように浮いていた。
ユキヨのテレパシーじみた声は脳内に直接届くという特性上、どこから話しかけられたかが分からないのだ。
「子どもだとしても人の姿になったんだから、そのままでいいんじゃないのかい? 旦那」
「いやいや、本当の俺の姿は三十歳のおっさんだから」
「二十歳くらい若返ったと思えば凄い得じゃないか?」
「うーん」
「それにクルール嬢も嬉しいんじゃないか? 結婚相手が十五歳年上のおっさんから五歳年下の若者になるんだから」
「ううーん」
確かにそう言われると若い体に未練はある。
寝て起きたら体力が百パーセント回復してるし(おっさんになるとむしろ減ってることもある!)、肩こりや腰痛とも無縁だ。
しかし今のままだと〈コラン君〉の四次元頬袋内に閉じ込められている神様たちを助けられない。
仮に猫こと〈混沌の女神〉にお願いしたとして、都合良く今の姿のまま神たちだけを救出してくれるかも怪しいからなあ。
一度死んで生き返った身ではあるが、別に必要以上に長生きしたいわけではない。
猫のせいで死ななければ全う出来た分だけ生きられれば十分さ。
老いすら楽しむのが
あとクルールとの結婚は確定事項ではない……なかったはず。
「何にせよフレックが詰所に来てくれて助かったよ」
「旦那が戻ってきたと思ったら子どもになってるし、すぐに旧ラディソーマに旅立ったと聞いて慌てたんだぜ? 一応俺は旦那の監視役だからな」
僕たちはスラム街の孤児であるセリとリンの兄妹を人さらいから助けた結果、流血騒ぎとなり駆けつけた街の衛兵によって拘束された。
そこにタイミング良くデクシィ侯爵家の使者であるフレックがやってきて、侯爵家の権限を行使し即時解放となったのであった。
「勝手に行動して悪かったよ。助けてくれたってことは僕らの旅の邪魔もしないってことだよね?」
「本来なら勝手な行動は慎んでもらうところだが、旦那は〈混沌の女神〉の使徒だからな。〈神託〉が下って本神殿に向かう必要が出来た、とでも言っておけば侯爵家でも邪魔はできないさ」
いくら侯爵家でも神の意向には逆らえないということか。
正確には〈神託〉を受けたのではなく受けにいくのだが。
「〈混沌教〉の本神殿に向かうことは邪魔しない。だからそれ以外に余計なことはしないでくれよ」
背後を気にしながらフレックが僕に囁く。
それ以外とは、旧ラディソーマ王家が計画している独立戦争のことだろう。
昨晩僕らと一緒にいるヘルカの姿を見てフレックは数秒固まっていた。
彼女が何故ここにいる? と驚く表情が物語っていたわけだが、それはフレックが事情を知っていることを意味する。
ヘルカの話に出てきた間者と繋がっているのかもしれない。
「わかってるよ。竜渓谷は大人しく通過するさ」
「なら次に人さらいを目撃しても無視してくれ」
「善処するよ」
誰も好き好んで厄介事に首を突っ込んでいるわけじゃないんだ。
物騒な世の中が悪いんだよ。
今日の行程の中間地点のとある村に着いたところでフレックとは別れた。
詳しくは教えてくれなかったが、僕の監視以外にも仕事があるらしい。
「旦那と違って俺は忙しいからな。てか定員オーバーで御者台以外に居場所がないんだよ」
そう言って逃げるように去って行った。
大人の男がひとりであの中に混ざるのは厳しいか。
そういえば旅立つ時に同様の理由でシナンに断わられたことを思い出した。
助けた孤児のセリとリンが旅に同行しているから、僕を含めて男は二人いるんだけどね。
ルブランの街の孤児院に金一封を添えて預けようと思ったのだが、「助けてもらった借りを返す!」と謎の義理難さを発揮して言って聞かない兄と、「妖精さん精霊さんといっしょにいるの!」と年相応の我儘を言って聞かない妹に押し切られた形だ。
とはいえこれからずっといっしょ、というわけにもいかないので、ヘルカと相談して〈混沌教〉の本神殿に預けることにした。
「リン、この村を探検するわよ! ついてきなさい」
「あ、まってー妖精さん」
ついてこいと言っておきながら、リンを置き去りにして飛んでいくフィン。
いつも通り好奇心が暴走している。
「リンちゃん、転ぶと危ないから手をつなごうね」
「ん、つなぐ」
フィンについて行こうと走りかけたリンの手を、アナとシンクが両サイドから掴んだ。
妹分の出現にお姉ちゃん風を吹かせまくりの二人である。
(わたしも行く~)
そして三人仲良く横並びに歩く後ろを、ふわふわ浮かぶユキヨが追いかけて行った。
「セリは行かないのか?」
「俺は兄貴の子分だから」
と言いつつもセリは行きたそうにそわそわしている。
最初こそこちらを警戒していたセリ少年であったが、干し肉の餌付けが効いたのかすっかり懐かれてしまった。
大人たちを統べている(そんなつもりはないのだが)僕の傘下へ率先的に入ろうとしている。
聞くところによるとスラム街でも孤児たちの徒党が存在し、セリとリンはその末端に属していたようだ。
自分たちを人さらいから助けてくれなかった徒党は早々に見限ったのであった。
「トウジ様。昼食の用意は私たちでしますので、それまで遊んできても大丈夫ですよ」
「うーん、まあ、そういうことなら行ってこようか」
ルリムの助け船でセリのそわそわが加速したので、仕方なく僕も村の探検に参加することになった。
探検といっても何の変哲もない村なので、そんなに面白いものはない。
……へえ、この放牧しているアルパカみたいな動物はパルーカというのか。
パルーカのお乳と刈り取ったふわふわの白い毛がこの村の特産品だと。
触っても良いの? じゃあ少しだけ……。
滞在費を包んだのが功を奏したのか、営業スマイルな村人の案内でパルーカとの即席ふれあいコーナーが出来上がっていた。
先行していたフィンがパルーカのふわふわの胴体に体をうずめている。
リンやシンクたちも触りたそうにしているが順番だぞ。
一気に群がるとパルーカが怖がるからね。
北海道某所にあるアルパカ牧場に姪っ子を連れて行ったなあ。
などと生前を思い出しながら、パルーカの毛並みを堪能する