もうすぐで日が暮れようかという頃、ウルスス族の集落に到着した。
森の中に突如、丸太を地面に突き刺し並べて作られた柵が現れる。
柵は集落を囲うようにそびえ立ち、中央部分だけ途切れているのでそこが集落の出入口となっているようだ。
そして出入口には門番の熊が槍を構えて立っている。
「あ、ヴァーおかえり」
「ロブねーちゃんただいま」
ヴァー君に負けず劣らない巨大で雄々しい熊から、可憐な女性の声が零れた。
なんと門番の熊は女性で、しかもヴァー君の姉だそうだ。
イレーヌとは知り合いのようで、親し気に挨拶を交わしている。
「あら、そっちが例の異邦人ね。本当に不思議な生き物なのね」
ロブ嬢が近づいてきて、ゆるキャラを興味深げに見下ろす。
彼女はヴァー君より一回り大きい、わがままボディの持ち主なので圧迫感が凄い。
思わず視線をそらさずに後ずさりして逃走したくなる。
「背中の子は?狐人族の子どものようだけど」
「それが旅人みたいなんだけど、親が見つからないんだ。衰弱してて日も暮れるから、とりあえず連れてきたんだ」
「別の集落の子かしらねえ。それなら私の部屋を使っていいわよ。今日は彼氏の家に泊まるから」
「またそうやって理由を作って、すぐ泊まりに行こうとするし」
ヴァー君の家はその辺りが厳しいのか、外泊の口実が出来て嬉しい、彼氏持ちのロブ嬢が牙を剥き出しにして笑った。
うむ、迫力満点だ。
「狐人族を診れるかどうか分からないけど、医者のギュンター爺さんを呼んでみるといいわ」
「わかった」
肉食系女子のロブ嬢と別れて、ゆるキャラたちは集落に足を踏み入れる。
ウルスス族の暮らしぶりは至って普通で、普通の木造の家を建てて屋内で暮らしていた。
ただし体の大きさが普通ではないので、家の寸法もそれに合わせてビックサイズだ。
自分の体が縮んで、子供に戻ったような錯覚に陥る。
「異邦人殿、ようこそいらっしゃいました」
「〈森崩し〉の時は息子を逃がしてくれてありがとうございます」
ヴァー君の実家に到着すると、彼の両親が暖かく迎えてくれた。
父母共にやはり立派な熊さんで、喋ってくれないと性別はおろか年齢も判断が付かないな。
ヴァー君がひとっ走り医者のギュンター爺さんを呼んできてくれたが、やってきた熊も爺さんと呼ばれている割には健脚で動きもきびきびしている。
そうなるとヴァー君と比較しても、やっぱり老若の区別すら付かない。
イレーヌくらい人間寄りなら分かり易いのだが。
「極度の疲労と衰弱で眠っているだけじゃな。起きたら胃に優しいものを食わせてやりなされ」
口調だけ老人なギュンター爺さんは、診察を終えると颯爽と帰って行った。
お言葉に甘えて狐人族の女の子をロブ嬢のベッドに寝かせる。
ウルスス族的にはシングルベッドだが、一般基準だとキングサイズくらいの大きさだ。
これなら女の子が多少寝返りを打っても、ベッドから落ちることは無いだろう。
外套を脱いだ女の子の服装は、やはり旅人仕様のシャツとズボン姿である。
そして袖や裾から見える手足は、背負った時に感じた軽さを裏付けるか細さだった。
「イレーヌと比べるとこの子は人種寄りなんだな」
狐人族と思われる女の子は、耳と尻尾が生えているがそれ以外は人種と変わらない。
一方で豹人族のイレーヌは肘と膝から先が本物の豹のそれで、毛皮もザ・豹柄である。
手足の指は人間と同じ五本だが掌には柔らかそうな肉球があり、足の踵は地面に着かず浮いていた。
もちろん豹柄の耳と尻尾も生えている。
「その辺は血の濃さと種族差があるな。人種との混血が進めば進むほど人種の外見に近くなる。私の家系は人種との交わりはほとんど無いはずだが。それと個人差も多少あって、きょうだいでも差が出ることもある」
つまり豹人族はイレーヌやガルドぐらいのケモ度を基準にして、人種の血が混ざるほど人種に近い外見に推移していくということか。
「この狐人族の子は人種の血が濃いのだろう」
「ウルスス族は見た目が完全に熊だけど、人種の血は入ってないのか?」
「種族的に混血が生まれにくいんだ。一般的に元の外見が人種から遠いほどそう言われてるな」
まあ熊型と人型じゃ遺伝子情報が離れすぎているし、さもありなん。
異世界で遺伝子という概念が通用するかは不明だが。
だがすごいのは
もし熊耳ガールがいたならば、そのご両親ないしご先祖は特殊な趣……種族の垣根を大きく超えて愛を育んだ偉人なのである。
「生まれなくはないんだぞ?」
おおっと、ここにも大きな愛を育みたがっている御仁がいたか。
〈コラン君〉は設定上はオスで実物もオスだったが、それはおそらくエゾモモンガやオジロワシとしてのオスだ。
そしてこの事実は益子藤治にとってはショックだった。
心はともかく体はイレーヌを異性として見ていない。
元人間の心はイレーヌやフレイヤ先生に近づけば、いい香りがすると感じるが体は無反応。
これでもしその辺のリスや鳥を見て反応してしまった日には、SAN値がゼロまっしぐらである。
嗚呼、早く人間になりたい。
そんなゆるキャラの心の葛藤を他所に、隣で上目遣いをしてくる女豹さん。
〈コラン君〉の戦闘能力を高く評価していると常々聞かされていたが、本人が行き遅れを気にしているのも割合的には多い気がする。
「この前は失敗したが今度こそ……」
「とりあえず子どもの前でその話はよそうか」
「えっ」
ゆるキャラの言葉を聞いてイレーヌがベッドに視線を戻すと、女の子が目を覚ましていた。
そして上半身を起こすと自身にかけられていた毛布で身を隠しながら、怯えた目でこちらをじっと見つめていた。
ちなみに「この前は失敗した」というのは〈森崩し〉戦の後の宴の際の話だ。
イレーヌとの呑み比べでゆるキャラが負けそうになった時、なんだが嫌な予感がしたので完全に酔い潰れる前に、兄のガルドや他の迎撃部隊の面々にイレーヌとの呑み比べをけしかけたのだ。
イレーヌは結局夜が明ける頃に全員を返り討ちにしたようだが、おかげでゆるキャラは難を逃れた。
というわけで失敗どころか何も起きていないことをここに宣言しておく……。