雷虎が赤髪の男こと、シンクの叔父アレフへと襲い掛かる。
水平に稲妻が走ったかと思うと、雷虎がアレフの目の前まで瞬間移動していた。
そして前足から伸びた長く鋭い爪を振り下ろす。
アレフはそれを手のひらで受け止めると、何故か金属同士が打ち合ったような甲高い音が響き渡る。
衝撃でアレフの足元の岩盤がひび割れ、赤いローブが大きくはためく。
ローブに贅沢に施されている金糸の刺繍が、雷虎の纏う雷光に照らされて煌めいた。
大地の割れる音と共に雷虎の姿が掻き消えると、再び空間に稲妻が走る。
アレフの背後に回り込むように電弧が伸びて、その先端から雷虎の上半身だけが出現。
反応できず背中を見せたままのアレフを、雷虎の爪が深々と貫いた。
胸元から爪が飛び出すという衝撃的な光景だったが、アレフ当人の表情に変化はない。
爪に血は付いておらず、何の痛痒も感じていないようだ。
アレフが爪に視線を落とすと、突然発火した。
燃料もないのにめらめらと燃え上がり、爪が火に炙られた蝋燭のようにぐにゃりと溶け崩れる。
前足まで延焼したところで、ぐおう、と雷虎が唸ってから爪を引き抜き、稲妻の姿となって黒スーツの女の元まで下がった。
稲妻から白虎に戻っても前足は燃え続けていたが、女が手を翳すと火が消え、焼け爛れた跡もなくなり元通りになる。
雷虎は治った前足で何もない空間を踏みしめ、空へと駆け上っていく。
アレフの頭上を螺旋を描きながら上昇すると、軌跡に沿って電弧が伸びる。
五十メートルほど上ったところで雷虎が立ち止まり遥か下を見下ろすと、泰然と見上げるアレフと目が合った。
「Guooooooooooon!」
雷虎の咆哮と落雷の轟音が重なる。
空から降ってきた巨大な稲妻が、電弧の螺旋の内部で激しく暴れまわった。
雷の音というのは高温に熱せられた空気が急速に膨張し、振動することによって発生する。
腹の底に響くような轟音が鳴り続けているということは、あの電弧の内部では雷が落ち続けていることを意味していた。
並の生物が
体の表面は熱傷を受け、内部は心臓を通過すれば心室細動を引き起こし心停止へと至る。
ただしアレフは並の生物ではないわけで……。
電弧の螺旋の底が赤みを帯び始める。
それは雷虎の前足を燃やしたあの火の赤だ。
白色の輝きを放っていた電弧が熱せられた鉄線のように赤くなり、上へ上へと伝播していく。
物理法則に従えばお互いに干渉せず素通りしそうなものだが、どうやら火が雷を押し返しているらしい。
異変を察知した雷虎が電弧の螺旋の上から飛び退くのと、火柱が立ち上るのはほぼ同時だった。
火山の噴火を体現したような火柱の中からアレフが出てくる。
雷で負傷した痕跡はなく、翼のない人の姿で当たり前のように空を飛んでいた。
手のひらを雷虎に向けると、火柱と同じ輝きが迸る。
撃ち出された火弾を雷虎が稲妻に変化して躱したが、アレフは追いかけるように手のひらを動かして火弾を撃ち続けた。
マシンガンのように放たれる火弾を雷虎は紙一重で躱し続ける。
外れた火弾がまだその場に残っていた電弧の螺旋に当たると穴が開き、中に閉じ込められていた火が溶岩のように溢れ出して地面に零れた。
「こ、これが竜と神との戦いですか」
本当に火山が噴火したかのような竜渓谷の惨状を見て、僕を抱えているヘルカが呆然と呟く。
戦闘開始早々に僕らは空へと避難していた。
あれに巻き込まれたら無事では済まない。
「竜が強いのは知ってたけど、神とやりあえる程とはねえ。リージスの樹海に住む竜たちが外に出て暴れたら大惨事だな」
「ん、マリアおば……ねえさんから外で暴れたらダメって言われているのに、叔父さんだけ暴れててずるい」
普段から竜の力を抑えて生活しているシンクからしたら、アレフの暴れっぷりは許せないのだろう。
可愛らしいほっぺをぷっくりと膨らませて怒っている。
その鬱憤を晴らすかのように、たまに飛んでくる流れ弾の火弾を思い切り手で叩いて弾き返していた。
「このまま戦闘が長引けは、竜渓谷は通行不能になりそうねえ」
「既に手遅れな気もするが……あ、グミ撃ちだ」
リリンの台詞が引き金になったわけではないが、アレフの連射していた火弾がついに雷虎を捕える。
地面を縫うように走っていた稲妻に火弾が突き刺さり動きが止まったのだ。
その隙を逃がすまいとアレフが撃ち続けたため、火弾は周囲の地面を巻き込みながら破壊の限りを尽くす。
大砲が着弾したような轟音と共に地面が割れ、大量の土煙が巻き上がった。
(ぐみう?)
「なんでもないよ」
威力もさることながら、無数の光弾を撃つ様子が某戦闘民族のようだったので、つい口に出してしまった。
様式美通りなら雷虎は無事なはずだが……おお、無事だった。
女が雷虎を庇うように立ちはだかり、両手を広げてバリアーのようなものを展開している。
うん、やってることは完全に宇宙最強の戦闘民族だね。
決して余裕はなく片膝をついた状態ではあったが、綺麗に彼女の周りだけ地面も破壊されずに残っていた。
そしていつの間にか庇われていたはずの雷虎の姿がない。
閃光が音を置き去りにする。
僕らの耳に天へと上る落雷の音が届く頃には、稲妻の刃と化した雷虎が油断していたアレフの右太ももを貫通していた。
「何度やっても無駄だ。貴様程度の力では私の火の体に干渉することはできない」
「それはどうかしら。〈較正〉を司る神の名において命じる。肉体とは肉の体。すなわちあるべき姿、公差の内側へと戻りなさい!」
女が己の権能を行使した。
只の言葉による宣言だというのに、ここら一体の空間を支配されたような感覚がある。
「でも較正ってそんな意味だっけ?」
入力元の情報が正しく出力されているか……例えば十センチの長さの棒をものさしで測る時、ものさしが正しく十センチを測れているかを確認するのが較正だ。
アレフの体の変化はどちらかというと入力側……十センチの棒が十二センチに伸びたようなもので、較正の対象ではない気がするが。
「そこは広義にとらえてもらうしかないかな。彼女は誤りを正したり、偽りの姿を見破ることに長けているのよ」
同じ神であるレジータがそう言うのならそうなのだろう。
実際に効いているみたいだし。
これまで表情を崩すことがなかったアレフの眉間に皺が寄っている。
火の体への変化を阻止されたため、貫かれた太ももから血が噴き出す。
稲妻から白虎の姿に戻った雷虎が、初めて手応えがあったことに喜び牙を剥いた。
まるで笑っているみたいだ。
「あるべき姿に戻れと言ったな。いいだろう、戻ってやる」
雷虎の追撃を阻むかのようにアレフの体が光を放つ。
これまでに散々見た雷光とは違った、太陽光のような熱を感じる光だ。
「Gyaooooooooooooooon!!」
光が収まった先にいたのは、先程砦で見た巨大な竜であった。