「とにかく、今後の事を決めるから全員で王宮まで来い。いいな」
周囲を飛び回る三人娘を煩わしそうに手で追い払うと、アレフはそれだけを言い残し逃げるように飛び去った。
え、王宮になんて行きませんけど? と言う暇もない素早い身のこなしだ。
「王宮って旧ラディソーマの城ってことかな」
「おそらくそうだと思います。城はラディソーマの中央にあり、〈混沌教〉の本神殿は西端ですので通通り道ではあります」
うーん、正直に言ってトラブルの予感しかしないので行きたくない。
しかし行かなければそれはそれで、後からトラブルに巻き込まれそうな気もする。
「ヘルカが帝国の間者から独立戦争の話を聞いた時点では、アレフの存在は知らされてなかったよね?」
「はい。なのであの時からは状況が大きく変わっていて、帝国もまだアレフ様の存在を知らない可能性もあるかと。トウジ様の御許しを頂けるなら、王宮に出向いて状況を把握したいです」
「アレフが旧ラディソーマの味方について勝つ見込みがあるなら、ヘルカは戦争賛成派に鞍替えして国を取り戻したい?」
僕の問いを聞いて、ヘルカは悲し気に微笑んでいた。
「国を取り戻したい気持ちはありますが、やはり戦争には賛成できません。確かに帝国から独立できる可能性は高くなりましたが、同時に戦争による代償も大きくなります。先程のような竜と神の戦いが、下手をすれば人々の住む街で起こるのですから」
あー、うん、それはそう。
仮に戦争に勝ったとしても、竜渓谷みたいに街が焦土を通り越して人々ごと消失したら本末転倒だ。
誰のための戦争なのかと。
「なのでアレンフリューズ様が犠牲を厭わない戦い方をするのであれば、私はなんとかして止めたいです。もしこの身を捧げる必要があるならそれでも構いません。この身はトウジ様に捧げると誓ったのに申し訳ありません」
「いや、そんな誓いはしてないから」
「そんな……!?」
何故そんな親に見捨てられたような、悲観たっぷりの表情をするのか。
リリエルといい、〈混沌教〉信者の使徒への狂信っぷりが怖い。
まさか信者全員がこうじゃないよね? 本神殿に行くのが不安になってきた。
「僕とのことは置いておくとして、嫌々アレフの妃になるのもどうかと思うぞ。てかヘルカも長命なんだから、何代目か知らないけどアレフとは普通に親類同士じゃないのか?」
「この世界で近親婚なんて珍しくもないわよねえ」
「この世界、ねえ」
含みのある発言をするリリンに僕が視線を向けると、彼女はわざとらしくそっぽを向いた。
具体的なことは言えないくせに、匂わせはしてくるかまってちゃんも今は置いておく。
「わたしにまかせて。叔父さんにがつんと言うから。むりやりはよくないって」
シンクはシンクでふんすと鼻息を荒くしている。
先日は叔父の色恋沙汰を聞いても興味なさげだったのに、どういった心境の変化なのだろうか。
まあアレフのあの反応からして、シンクへは大人の態度しか見せていなかったのだろう。
叔父の知られざる姿を実際に見て、興味が湧いたといったところか。
「一旦リリエルたちの所へ戻ろう。しかしこの惨状だし、もう竜渓谷は通れないか」
アレフの
「土の魔術で埋め立てるか? でも今後起こる戦争の事を考えると、迂闊に竜渓谷を復旧させるのは良くないかなあ」
「私が馬ごと飛んで運びましょうか? この騒ぎで人目がないうちなら目撃されないでしょう」
確かにリリンの変幻自在の翼なら、馬車を持ち上げて空を飛ぶことも可能だろう。
馬は魔術で眠らせる必要があるだろうけど。
「そうだな。それじゃあお願いするよ」
というわけでリリエルたちの元へ戻ったのだが……。
「お兄ちゃんこわい! こわいよう!」
「こ、こっちに来るな! 化け物め!」
そういえばこれが普通の反応なんだっけか。
旅の仲間は当然として、新参者のヘルカもすぐに馴染んでしまったので失念していた。
闇の眷属や邪人はアトルランの住人からすると異質で邪悪な魔力を体に纏っていて、潜在的恐怖を感じ取ってしまうのだ。
暴れる馬をリリエルとオーディリエが必死に宥める。
セリは恐怖で腰を抜かしてしまったようで、ルリムが背後から抱きかかえていた。
「大丈夫、大丈夫だから。このお姉さんは味方だから」
「いやっ! いやーーーーー!」
リンがアナの背中に隠れるように縋りつきながらギャン泣きしている。
間に挟まれたアナはどうしていいか分からず、おろおろしていた。
そして魔力を隠蔽する魔術具がなければ、邪人である自分も同じように怖がられるのだと知り、アナまで泣きそうになっている。
しまった、やらかした。
「すまんリリン、皆に説明するから落ち着くまで一度離れて……」
僕が振り返ると大騒ぎの面々とは対照的に物静かで、表情を消したリリンの瞳から一滴の涙が零れた。
これには僕も驚いた。
リリンは長い年月を生きている吸血鬼だ。
外見のせいで子どもっぽく見えることはあっても、中身が三十歳のおっさんの僕と同じかそれ以上に老成した精神の持ち主だと思っていた。
リリンは袖で乱暴に涙を拭うと、無言のまま飛び去って行く。
「ユキヨ、すまないがリリンについて行ってくれるか」
(わかった~)
「わたしも行く」
リリンのことは気になるが、今はユキヨとシンクに任せよう。
まずはこの場を鎮めなければ。