ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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325話:少年と夢の続き

 青空を見上げながら堕ちていく。

 こちらを見下ろす天使は追撃をするでもなく、ただ不気味な笑顔を人形の顔に貼り付けていた。

 

 最初からリリンにとっては不利な戦いだったのだ。

 経緯は分からないが、リリンは周囲の人々を守ろうとしていた。

 天使としては周囲を適当に攻撃するだけで、リリンが勝手に防ごうと飛び込んでくるから楽なものだ。

 

 腰の部分で両断されたリリンは、大量の血と臓腑を撒き散らしながら地面に墜落した。

 視覚と聴覚以外は共有していないが、ショッキングな光景に僕自身の腹が裂けたような気分になる。

 

 墜落した場所はビル群に囲まれた、小さな平屋の木造家屋の前だった。

 庭先の緑地にぼとりと落ちて、咲いていた花々がリリンの血と臓腑で赤く染まる。

 

 もちろん吸血鬼のリリンはこの程度では死なないので、早速再生が始まった。

 飛び出た臓腑が白煙を上げ、欠損した部位が生み出されていく。

 

 翼を触手のように伸ばして近くに落ちていた下半身を拾い上げ、仰向けの上半身とくっつける。

 境目でより大きな白煙が上がると、「ぐうっ」とリリンが小さく呻いた。

 

 痛みを悶えるように仰け反ると、天地が逆になった状態の木造家屋が視界に入る。

 光線の直撃を受けていた木造家屋は大きく倒壊し火の手が上がっていた。

 

 そして玄関があったと思われる付近の残骸の下から、小さな手が飛び出しているのを見つける。

 そこからのリリンの行動は早かった。

 

 まだ繋がりきらない上半身と下半身のまま立ち上がると、体をふらつかせながら残骸の元まで歩いていく。

 翼の片翼を投網のように広げて、小さな手のある残骸より少し上の隙間に滑り込ませると、もう片方の翼でその上にある残骸を撤去し始める。

 

 ものの数秒で残骸を撤去し終えると、投網状の翼に守られた状態で出てきたのは二人の子どもだった。

 十歳くらいの少年が、年下の少女に庇い覆いかぶさるようにして倒れている。

 幸運にも残骸の隙間に閉じ込められていただけのようで、子どもたちは潰されることなく無事だった。

 

「うう……助かった?」

 

「お兄ちゃん、痛いよう」

 

 リリンが翼を引っ込めると、兄妹らしい二人は恐る恐る体を起こした。

 

「もう大丈夫よ」

 

「え……ひぃっ」

 

 話しかけられて見上げた少年が、何かを目撃して悲鳴を上げた。

 リリンは最初、天使が追ってきたのかと思い振り返った。

 しかしビル群の隙間から見える青空にその姿は見つけられない。

 

「お兄ちゃんこわい! こわいよう!」

 

「こ、こっちに来るな! 化け物め!」

 

 リリンが兄妹に視線を戻すと、少年が縋りつく少女を抱えて後ずさっていた。

 

「っ、あっ……駄目!」

 

 背後にはまだ不安定な残骸の山があり、少年が勢いよく背中をぶつけてしまったため、あっさりとその均衡は崩れる。

 今度はリリンが助ける間もなく、兄妹が崩れた残骸に飲み込まれ……。

 

 

 

 

「もががっ」

 

 急に息苦しくなって僕は目を覚ました。

 まだ夜明け前のようで部屋の中は暗い。

 

 とりあえず僕の鼻と上と口に突っ込まれている何かを両手で持ち上げる。

 柔らかい手触りに加えて少しひんやりしているので、鼻の上にいたのはユキヨか。

 

 その豊かな胸が僕の鼻の穴を塞いでいたようだ。

 今晩はシンクと一緒にリリンのところへ行っていたはずだが、いつのまにか戻ってきていたのか。

 右腕にもひんやりとしたものが当たっているが、これはシンクの尻尾だな。

 

 サイズ的に僕の口に入り込んでいたのはフィンのようだ。

 つまんだ状態でじっと観察すると、窓から差し込む僅かな月明かりに照らされ、フィンの両足が僕の涎でべっとり濡れているのが見えた。

 

 ぐええ汚い、とまでは言わない。

 言わないが、足をしゃぶらされてもそういう癖は持ち合わせていないので、勘弁してくれという気持ちだ。

 ほんのりと花の蜜のような味がしないでもないのが何とも微妙。

 

 というかどういう寝相をしているんだね君たちは。

 摘まみ上げても一向に起きる気配もないし。

 

 二人をベッドの脇にどかし、先程まで見ていた夢について考える。

 あれはフィクションなのか、ノンフィクションなのか。

 

 いや僕の夢なのだから、リリンがセリとリンに拒絶されて泣いた理由を作り上げただけだろう。

 うん、つまりフィクションだな。

 

(リリンには内緒だよ~。むにゃむにゃ)

 

 ……何故そんな寝言を言うのか。

 実は起きてるのか?

 指先で軽く小突いてみたが、腕を抱き枕にされ絡め捕られただけだった。

 

 出会った当初から全種族と《意思伝達》を可能にしていたユキヨだが、最近はその性能が向上している。

 他者の言葉を乏しい語彙で説明するのが精一杯だったが、日々の会話で語彙力は増し、聞きながら話す同時通訳のようなことも出来るようになっていた。

 

 ついに言葉だけでなく記憶を伝達できるようになったとか?

 そういえば普段から寝相の悪いフィンはともかくユキヨは珍しいな。

 顔というか額の上に乗っていたのも、もしかして……。

 

 今起こすのは可哀想だから朝になったら聞いてみるが、折角だから実験してみるか。

 ユキヨを腕から剥がして、額の上に乗せてから二度寝を決め込む。

 

 二度寝して夢の続きを見られることって、たまにあるよね。

 全然違う夢を見ることもあるけど。

 

 仮にあの夢が過去に実際に起きたリリンの記憶ならば、続きが非常に気になる。

 兄妹は無事なのか? 天使のような存在との決着はついたのか? あの世界はどこなのか?

 リリンには改めて謝らないとな。

 

 記憶を覗いた(かもしれない)ことは内緒らしいので、そこはぼかさないといけないが。

 なんて考えているうちに、僕はすぐに眠りに落ちた。

 

 

 

 

「くふ、くふふ……可愛い坊や」

 

 夢を見ることには成功したようだが、続きではないようだ。

 柔らかい何かに覆われていて何も見えない。

 

 今度は体の自由が効いたので両腕を突っ張ると、顔面が柔らかい何かから解放される。

 足元と正面は黒い布に覆われた柔らかい何かで塞がれているため、振り返ってみたのだが何もない。

 〈コラン君〉の四次元頬袋の内部に似た、暗黒の空間があるだけだった。

 

「くふっ、ようやくつかまえたわ」

 

 変な笑い方をする声が上からするので見上げると、そこには女の顔があった。

 陶器のように白い肌に渦を巻いた黒目。

 

 ところどころ外側に跳ねた長い黒髪が触手のように蠢いている。

 横に大きい唇には薄く紅を差し、ニタリと笑っていた。

 

 この大きいというのは顔に占める唇の割合が多い、という意味もあるがそれだけではない。

 顔そのものが大きく、口を開けば僕を丸ごと呑み込んでしまいそうだった。

 どうやら僕は、黒いワンピースを着た巨大な女の胸の谷間に乗せられているみたいだ。

 

「ああもう、食べちゃいたい」

 

 あー、うん。

 これは悪夢だね。

 

「ちょっと、直接は関わらないんじゃなかったの?」

 

「レジータ!?」

 

 文字通り救いの神とはこのことか。

 いつの間にかレジータが、恐怖で正気度が削られ硬直している僕の横に浮いていた。

 〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉の姿ではなく、本来のエキゾチックな美女の姿に戻っている。

 

「最初は遠くから見守るだけのつもりだったのよ? でもなんだか物騒な展開になってきたじゃない。私が形を整えた可愛い可愛い子だもの。直接守らなきゃって思ったのよ」

 

 巨大な女が興奮したように体を震わせる。

 いや守るというか食べちゃいたいとか言ってなかったか?

 でも今の台詞でこの巨女の素性が分かった。

 

「もしかしてルーちゃん?」

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