「勘違いするな。私だってシンクの身を案じていないわけではない。ただあの二人が過保護なのだ。地上で竜族に敵う存在などいないというのに」
アレフの物言いは尊大だが事実であった。
これまでの旅の中で亜竜や闇の眷属、迷宮の階層守護者と戦ってきたシンクだが、その幼い玉体が傷つけられたことはない。
いや、唯一僕が封印しそこなった外様の神との戦闘で怪我をしたことがあった。
その時の僕は腹部を負傷して〈コラン君〉に意識を奪われていたため、再会するまで知らなかったことだが。
もしかしてそれが知られれば、僕も処される?
「マリアは私の姉でクレアも年上の従妹なのだが、昔から私に対しての当たりが厳しいのだ」
内心でびくびくしている僕をよそに、アレフは遠い目をしている。
やっぱり弟的には姉たちに逆らえないのだろうか。
僕には兄しかいないので……ってついさっきも似たようなことを考えていたな。
見た目だけならアレフが一番年上に見えるのが不思議だ。
アレフがアラフォーのナイスミドルで、マリアは上に見積もってもアラサー美女、クレアなんて二十歳そこそこに見えたが。
それとアレフのことを叔父の風上にも置けないと思ってしまったが、処されると聞いてビビった僕も似たようなものか。
反省しよう。
「わかりました。シンクを神とは戦わせません」
「意外と素直だな。まあこちらとしても助かるが」
初対面でいきなり殺気を飛ばしてきたアレフなので、僕に嫌われていると思っていたのだろう。
殺気を飛ばした理由については共感できるので、アレフに対して特段思うところはない。
姪っ子に変な虫が付いていたら殺気くらい飛ばすさ。
お父さんや叔父さんの立場なら誰だってそうする、僕もそうする。
僕とのひそひそ話を終えたアレフは立ち上がり、シヴァンとトレーズの方へ振り向く。
「当初の予定通り準備を進めよ。そこのフレックと言ったか。把握しているどころかシヴァンを唆したのもそちらなのだろう?」
「なっ、そんなことはありません! 我が王よ」
「古参とはいえブリス子爵家とは碌に付き合いがないというのに、そこからの情報を鵜呑みにしておいてよく言う。トレーズは知った上で話に乗ったようだがな」
アレフの指摘にシヴァンは鼻白み、トレーズはぎょろりとした目を少しだけ細めた。
「しかしそれでは」
「仔細は後で詰める。フレックよ、モーリュ辺境領は新ラディソーマ竜王国を創建し、ヨルドラン帝国に対して独立を宣言する。新国王には旧ラディソーマ竜王国の末王シヴァンを据える。追って使者を帝都に送る」
「……承知しました。アレンフリューズ初代国王陛下」
アレフの戦争への直接参加がなくなり、フレックの表情は幾分か明るくなっていた。
「アレンフリューズ様、戦争は避けられないのでしょうか」
「ヘルカ! 我らが王の行いを否定する気か」
ヘルカの言葉に反応したのはアレフではなく、またもやシヴァンだった。
「私たち王族が不甲斐ないばかりにラディソーマが帝国に滅ぼされたことについては、申し開きのしようもございません。責任を問われれば、この首を差し出す覚悟です。しかし支配されてから数十年が経ち、民にとっては平和が続いております。むやみに戦争を起こせば、無辜の民に犠牲が出てしまいます」
アレフはヘルカの訴えを静かに聞いていた。
反対意見に怒るでもなく、どこか懐かしそうに微笑んでいる。
「民思いなところもカチュアに似ているな。奴隷の時から他人のことばかりを心配していた」
カチュアというのはラディソーマの初代王妃、つまりアレフの妻だ。
アレフは優しい表情のままだが、発せられた言葉の内容は厳しいものだった。
「この地には未だに帝国から国を取り戻そうと戦っている勢力があることを知っているか?」
「はい」
「ではその彼らは民ではないのか? 今の平和を望む民もいるだろうが、国を取り戻したいと願う民もいる。数で言えば前者の方が多いだろうが、だからといって後者を蔑ろにする理由にはならない。それに無辜の民というが、それらが平和に暮らせているのは国を守ってきた祖先と、帝国と戦い死んでいった者たちのおかげだ。戦争に直接参加しない民は本当に無辜だろうか? 同胞の命を引き換えにのうのうと生きている民こそ罪深いとすら、私は思っている」
「それは、そういった一面もあるかもしれませんが……」
「国は統治する者とされる者、どちらが欠けても成り立たない。そして自国民の誇りは他国民の命より優先される。失敗を責めるつもりはないが、民の矜持を守ることすら放棄するようであれば、統治する者としては失格であろう。そのような者の首を差し出されても民は納得すまい」
ヘルカからの反論はなかった。
親に叱られたかのように、俯き打ちひしがれている。
アレフの考えはこの世界では正論なのだろう。
アトルランで生きる人々にとって世界は狭い。
一部の商人や冒険者を覗いて、大半の村人や町人は外に出ることなくその生涯を終える。
銀行なんてないのだから、財産はその土地や実際の物品に限られ、どこかに逃げるにしても財産を持ち出すのは難しい。
そして無一文でやり直せるほど、盗賊や魔獣、闇の眷属が跋扈するアトルランは甘くない。
逃げたくても逃げられないので、人々は命をかけて土地を守り、必然的に守るという行為に誇りを持つ。
僕からするとヘルカの考えに賛同できるが、それは平和ボケした日本人だからだろう。
この世界では命だけあっても生きていけないのであった。
ヘルカは元王女様なので、考えが甘くなるのも仕方がないか?
シヴァンとヘルカの両親は帝国の侵略時に命を落としたと聞いているので、もしかしたら王族としての教育が不足しているのかもしれない。
「アレフ君」
気まずい静寂に包まれる中、ぼそりと誰かが呟いたので皆が一斉にそちらへ首を巡らせる。
これまでずっと黙っていた、というかぼーっとしていたフレンだ。
髪と同じ空色の瞳が、アレフのことを無言でじっと見つめていた。
相変わらず無表情なのだが、見つめられ続けると次第に咎められているような気分になってくる。
それはアレフも同じようで、フレンの謎の迫力に渋面を作り視線を宙に彷徨わせていた。
よく見れば冷や汗もかいている。
「どうしてそんな意地悪なことを言うの?」
(そうだそうだ~)
再び訪れた静寂を打ち壊したのは、フィンとユキヨだった。
早々にヘルカと打ち解けていた二人は、友人が虐められたことに抗議してアレフの周りを飛び回る。
「そ、其方らっ。我が王に対して不敬であろう」
シヴァンが怒鳴るが二人はお構いなしだ。
しまいには髪を引っ張ったり頬にジャブをお見舞いしたりしている。
「いい加減に」
腹に据えかねたシヴァンが排除しようと身を乗り出したが、アレフ自身がそれを手で制した。
反省のつもりなのか、甘んじて二人の攻撃? を受け続けていた。
マリアとクレアだけでなく、フレンにも頭が上がらないようだ。
見た目は怖いナイスミドルだが、リージスの樹海内ではやっぱり姉に逆らえない弟キャラなのかもしれない。