「食事の用意ができた。色々あったが、今晩はゆっくりしていくとよい」
不敬だとフィンとユキヨに向かって怒っていたシヴァンであったが、夜にはケロッとしていた。
「妖精と精霊も肉を食べるのか?」
「もちろんよ。そっちの骨がついたやつ取って」
「これか?」
(ん~おいしい~)
シヴァンは僕らの部屋までやってきて、一緒になって夕食を食べている。
元王族らしく腹芸ができるのか、それとも単に切り替えが早いだけなのか。
これで腹に一物あったら相当な曲者だが、フィンにこき使われても平然としているし、まあ後者なのだろう。
「そちらは
邪人であるルリムとアナを見て、シヴァンは若干の疑問符を浮かべている。
正体を隠す魔術具を身に着けているから悟られていないが、森人にしては珍しい褐色の肌が気になったようだ。
言わないけれど郊外には闇の眷属もいるぞ。
フレックはアレフとの謁見が終わるとすぐに帝都へ旅立った。
手に入れた情報を使って、また色々と暗躍するのだろう。
「シヴァンがトレーズを言いくるめて独立戦争に巻き込んだって聞いていたから、もう少しこう、策略家かと思ったけど」
「兄は昔から変わらず馬鹿なのです。しかしトレーズの方は大きく変っていて驚きました」
僕が包んだオブラートをばっさり斬り捨てるヘルカ。
「十数年前、最後に会った時の彼は二十代だったと思います。兄とそっくりな性格だったのですが、なんだか人が変わってしまったようでした」
ヘルカは帝国に人質として神殿に入れられ、外界から遮断されていた。
帝国とモーリュ辺境領の情勢については間者から情報を与えられていたが、それ以外は何も知らされていない。
「人種はたった十数年であんなにも変わってしまうのですね」
シヴァンとヘルカは
自分は若いままで相手だけ老いていく。
歩む時間が違うというのは、想像しかできないが辛いものがある。
「やっぱり異種族間の、特に寿命に差のある者同士の結婚って珍しいのか?」
「えーっと」
「珍しいの基準は分かりませんが、私の同胞には人族と結ばれた娘もいました」
うっかりルリムに話を振ってしまったが、それをフォローするようにオーディリエが答えた。
ルリムは邪人だから他種族との交流がないので答えにくかっただろう。
反省、反省。
「同胞というか、私の妹ですが」
そうなのだ。
オーディリエの妹は故郷の森に迷い込んだ人族に惚れて駆け落ちしたと聞いている。
駆け落ちして行方知れずなので、僕たちと出会う前からオーディリエは妹を探していた。
冒険者ギルドで訪ね人として捜索依頼を出しているが、今のところ目立った情報はない。
オーディリエ本人は急いで探す必要はないと言っていて悠長というか、長命種とのギャップを感じてしまう。
行方不明者を見つけ出すというのは、一筋縄ではいかないというのもあるが。
「ほほう。詳しく、詳しく教えて」
「もう七十年は昔のことになります。妹は故郷の森に迷い込んだ人族に惚れてしまい、駆け落ち同然で故郷を出て行きました」
事情を知らなかったリリエルが深掘りしたことにより、普段は寡黙なオーディリエが珍しく語り続ける。
知人の恋愛話ということで女性陣は皆楽しそうだ。
いや、皆ではないな。
フィンとユキヨは食い気優先でシヴァンと一緒になって肉を頬張っている。
フレンはぼーっとしながらサラダを頬張っていた。
おおらかな草食動物みたいだ。
一方で年少組のシンクとアナ、そしてリンは目をキラキラさせながら、大人たちの会話を聞いている。
そこにヘルカも混ざっているので、こと恋愛遍歴に関しては年少組と変わらないようだ。
僕も耳を傾けつつ、リンの兄セリと一緒にまったり食事していた。
「駆け落ちということは、やっぱり人族との結婚は認められなかったの?」
「人族だから駄目というわけではなく、妹には同胞の許嫁がいたので反対されたのです」
「うわー、すっごいね。許嫁の人かわいそう」
「代わりに彼は私が貰うことになりました」
おおっと、なんだかドロドロしてきたか?
「私と妹と彼は幼馴染で、妹に惚れ込んでいた彼が強引に許嫁になりました。妹は幼馴染以上の感情がなくて、面倒そうにしていました。ただ他に良い相手もいなかったので、なし崩しで結婚しそうになった時、集落に人族が迷い込んだのです」
「ふむふむ。その幼馴染に惚れていたオーティリエ的には絶好のチャンスだったと」
「別に惚れては……私も他に良い相手はいませんでしたから」
なんてオーティリエは言っているが、懐かしそうに微笑む様子を見れば察しがつく。
そしてその微笑みに陰りが出る前に、話題の矛先はリリエルに向けられた。
「そういうリリエルはどうなんです? これまでに良い人はいなかったのですか」
「私? うーん。強いて言えば昔のご主人様が……」
オーティリエの故郷は帝国に滅ぼされていて、唯一生き残ったのがオーティリエと娘のティエラだった。
しかしティエラも悪い冒険者たちによって殺されてしまう。
ルリムとアナも似たような境遇で他に身内はいないし、リリエルが語っている昔のご主人様も既に故人だ。
事故にせよ事件にせよ病気にせよ、この世界では天寿を全うすること自体が難しかった。
そう考えると、互いの寿命というのはそこまで重要ではないのかもしれない。
大切なのは誰と今を生きるか、というわけだ。
「というわけで、リンちゃんは長生きしそうな男を捕まえるのよ」
うんまあ、長生きはするに越したことはないね。
「わたしトウジお兄ちゃんと結婚する」
「お目が高い! でもトウジ様は私のものよ」
そして幼女と張り合うんじゃあない。
「むう、トウジは誰にもわたさない」
「トウジ様はモテモテね。ほら、貴女もうかうかしてられないわよ」
「え、ええっ」
母のルリムに発破をかけられてアナが狼狽えている。
「あと四十年もしたらトウジ様は死んじゃうのよ。二人とも長命種だから、その後も長く続く人生を寂しく過ごす覚悟はある?」
僕が死ぬと聞いて、愕然とした表情のシンクとアナの瞳に涙が溜まり始めた。
四十年先と聞くと全然先の話だが、二人からすると割とすぐ先という感覚なのだろうか。
「おい、いい加減に」
「神になればいいのよ」
大人げないリリエルを諫めようとした僕の言葉は、どこからともなく聞こえてきた謎の声と重なる。
「うん? 何か聞こえたか」
フィン、ユキヨと仲良く食事をしていたシヴァンが訝し気に周囲を見渡した。
しかし声の出所は見つからないので、気のせいかと呟きながら食事に戻る。
僕が咎める視線を送ると、部屋の端の荷物の上に鎮座していた〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉ことレジータが、びくりと一瞬だけ体を震わせた。
神になんてならないから。
というか神になったら寿命がなくなっちゃうから。