『狂い刳る外淵の星辰よ 縁に邂逅せし彼の地へ 身魂の変位を誘え』
詠唱により構成が展開される。
そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現する。
魔術の発動によりルリムのメイド服のスカートが翻り、褐色の太腿がちらりと見えた。
隣にいた僕は背が低いこともあって直視コースだ。
慌てて視線を逸らす。
というか何故、魔術を使うとスカートが翻るのか。
魔女っ子アニメの演出じゃあるまいし。
なんてどうでもいいことを考えていると、空中に放り出されたような浮遊感と共に視界が暗転。
視界が戻ると、そこはもうラーナムにあるクラン〈混沌の語り手〉の拠点の転移用に設けられた一室だった。
「トウジさん、おかえりなさい」
部屋を出てクランメンバーの共有フロアに出ると、机の上の書類と格闘していたライナードが顔を上げた。
大きな体を縮こませて筆を動かしているのを見ると、なんだか無理やり事務仕事をやらせているような気になるが、本人曰く性に合っているらしい。
彼がいないとクラン運営は立ち行かないので、今度しっかり労わせてもらおう。
「旧ラディソーマには無事到着したんですか?」
「ああ。《神降ろし》の前に〈嘆きの塔〉に行く用事ができたんだ」
〈智慧教〉に出向いて、《交信》で〈智慧の神〉に〈混沌の女神〉のことを告げ口する旨を説明する。
ラーナムに〈智慧教〉の神殿があればそこに頼むことも可能だが、残念ながらなかった。
「迷宮の白霧街まで行くなら、パーティーメンバーはどうしますか? 戦力的にはシンクさんがいる時点で問題ありませんが、人除けは必要ですね」
「お、トウジじゃないか。帰ってきたのか。でもあの変な獣の姿に戻ってないじゃないか」
ライナードと話していると、茶髪の青年が拠点に入ってきた。
クランメンバーで第三位階冒険者のシナンだ。
その後ろにはアレスとジェイムズ、そしてマリウスもいた。
変な獣とは失敬な。
〈コラン君〉は道内のゆるキャラランキングでも上から数えた方が早いというのに。
残念ながら上位ではないが……。
「男連中しかいないって、なんか珍しいな」
「姉さんたちを含めた女性の皆さんは、女性皇族の護衛依頼を受けていまして全員出払っているんです」
皇族相手ということで、正式なクランメンバーではないクルールまで協力しているそうだ。
「クルールまでもか。なんだか申し訳ないなあ」
「トウジ兄さんの立ち上げたクランの役に立てると、妹は喜んでいましたよ」
クルールの兄であるマリウスがそう言った。
何故かクルールだけでなくマリウスまで僕の事を兄さんと呼ぶ。
マリウスは若いのでそう呼ばれても間違いではないのだが、現在は子どもの姿なので傍から聞くとおかしな状況である。
マリウスは長男なので兄という存在に憧れているのかもしれない。
益子藤治(次男)的には優れた兄がいると何かと比較されるので、しんどくなることも多々あるのだが。
ただまあ兄が優秀なおかげで、僕の死後も両親の老後を心配しなくて済んではいる。
兄よりすぐれた弟なぞ存在しねえ、弟の立場からでもと言いたくなるところだが、マリウスはそう思っていなかった。
マリウスにはラルズという腹違いの弟がいて、武勇に関しては彼の方が上だったらしいのだ。
兄弟は切磋琢磨する仲であったが、ラルズは隣国との戦争で戦死してしまう。
マリウスはそのトラウマからまともに戦えなくなっていた。
クルールのたっての願いで、マリウスはトラウマ克服のためクランに参加しているのだが、僕が様々なトラブルに見舞われたせいで全然面倒を見れていない。
〈嘆きの塔〉で用事を済ませたらすぐに旧ラディソーマへ戻ってしまうし、今のうちに何か助言できればよいのだが。
「これから〈嘆きの塔〉に用事があって行くんだけど、マリウスも一緒に来ないか?」
「はい、構いませんよ」
「お、ということは噂の転移装置を使うんだな。それなら俺も行くぜ。あれ、使ってみたかったんだよ」
というわけでマリウスとシナンがパーティーに加わった。
アレスとジェイムズは残ってライナードの事務仕事を手伝うそうだ。
いやあ、本当に任せっきりで申し訳ない。
「そういえば僕ってこの姿で迷宮に入れるのか?」
一般的に迷宮に入れるのは冒険者だけだ。
僕は第五大陸カンナウルトルムにある外様の神の塔にいた時、〈コラン君〉に人格を乗っ取られた。
そしてそのまま第四大陸リガムルパスへ〈嘆きの塔〉、〈残響する凱歌の迷宮〉を経由してやってきている。
〈変容と不朽の神〉の力で少年の姿になったのは、この〈混沌の語り手〉の拠点に来てからだ。
〈コラン君〉の赤いマフラーに付けてあった冒険者証は回収済みだが、〈神獣〉の二つ名を持つ第三位階冒険者を名乗るのは無理だろう。
「それなら別名で新しく登録しちまえよ」
「え、いいのか?」
「見た目は完全に別人だしいいだろ。それに別人じゃなくても冒険者証を作り直す奴もいるしな。本当は駄目らしいが」
「冒険者証を作る時に血を使って登録してたけどバレないのか?」
「それはあれだよ、あれ」
「血の登録は冒険者証と、それを持っている人物が同じかを判別するだけなんですよ」
シナンがうまく説明できないでいると、ライナードが補足してくれた。
なるほど、あくまで本人確認用なのか。
てっきり冒険者ギルドには採取した血液のデータベースがあって、重複したらすぐにバレるのかと思っていた。
さすがにそこまでハイテクではなかったか。
「んじゃあ俺が冒険者ギルドに連れてってやるから、さっさと登録しちまおうぜ」
というわけでシナンと二人でラーナムの冒険者ギルドにやってきた。
うっかり僕のことトウジと呼んだら困るので、シンクたちはお留守番である。
「いらっしゃいませ。〈斬鉄〉シナン様」
「こいつの冒険者登録を頼む」
「あら、クランの新しい仲間ですか? それにしてはずいぶんと若いようですが」
シナンが僕の頭を乱暴に撫でる。
力に抵抗できず体をぐらぐらと揺らしている僕を見て、ギルド職員の女性がどこか微笑ましそうに見ていた。
「こんなでもなかなか将来有望なんだよ。迷宮の浅層で経験を積ませてやろうと思ってな」
冒険者登録は十歳からできる。
受けられる依頼は限られるが、迷宮に入るための身分証としてなら十分役目を果たす。
「承知しました。お名前は?」
「ジェイスです」
名前は適当だ。
一応自分で忘れないように、前世でプレイしていたネトゲのキャラ名にしたが。
そこそこ課金していたのだが、もう二度とログインできないと思うと泣けるぜ。