ギルド職員の女性は僕に質問しながら、慣れた手つきで書類の必要事項を埋めていく。
「それでは最後にこの針で指を刺して、血を冒険者証に付けてください。チクっとするけど大丈夫かな? ……はい、そのくらいで大丈夫ですよ。階級と名前を刻印しますのでお待ちください」
僕の血が付いた冒険者証を持って職員が裏に引っ込む。
手続きを待っている間、シナンは中年の冒険者に声をかけられていた。
焦げ茶の髪の生え際が後退しつつある、くたびれた雰囲気の男だ。
「ようシナン。なんだそのガキは」
「うちの新人だよ」
「はあ? なんで俺を入れずにこんなガキを入れるんだよ」
「うちのクランは募集してないって前に言ったろ? こいつはちょっと訳ありだ。てかお前はリリエルの視界に入っただけでボコられるんだからどっちにしろ無理だろ。うちのリーダーの悪口を言ったのが運の尽きだな」
「うぐっ」
どうやら僕は色々と言われているようだ。
見た目が変な鼠の亜人で露骨に怪しいし、亜人差別も相まってしまえば是非もない。
まあ僕は別に他人にどうこう言われようが気にしないけどね。
しかしリリエルは僕の見えないところでも平常運転だったか。
僕のために怒ってくれたことは素直に嬉しいが、悪口を言ったやつが視界に入っただけでボコるってどうなんだ。
クランの悪い噂が立ってそうで心配なのだが。
クラン〈混沌の語り手〉は色々と秘密の多い集団だ。
なのでシナンの言う通り普通のメンバー募集はしていなかった。
「じゃあ代わりに今度酒驕れよ」
「なんの代わりだよ。意味わかんねえよ」
「二つ名持ちのくせにケチくせぇなあ。〈斬鉄〉の名が泣くぜ」
「お前も二つ名持ちじゃねぇか。しかも年下にたかるんじゃねえ〈鉄面皮〉が」
また随分と酷い二つ名じゃないだろうか。
字面の通りの〈鉄面皮〉なら面の皮が厚い、恥知らずで厚かましいという意味だが、さすがに違うよな?
後でシナンに教えてもらったが、加護の力で鉄のように硬い皮膚を持つから〈鉄面皮〉というそうだ。
それなら〈鉄皮〉でいいと思うのだが、その冒険者の性格も加味して〈鉄面皮〉なんだとか。
結局字面の通りだった。
年下に酒をたかるくらいなのだから、そう呼ばれても仕方がないか。
この男はリリエルにボコられても、加護としての〈鉄面皮〉を発揮してあまり効かなかった。
そのせいで見つかると毎回ボコられるんだとか。
性格はともかくその防御力は本物なんだな。
二人が軽口を言い合うのを見てると、冒険者っぽくていいなあと、ちょっと憧れる。
様々な問題が解決した後は、冒険者として活動したいなあという気持ちがもたげてきた。
精神年齢は三十歳のおっさんでも、少年のような冒険心は忘れていないのだ。
「お待たせしました。こちらジェイスくんの冒険者証になります」
ギルド職員が処理の終わった、銅色の冒険者証を持ってきた。
軍隊の
革ひもに通してあるそれを、ギルド職員が前かがみになりながら僕の首にかけてくれた。
「おめでとうございます。これであなたも立派な冒険者です。駆け出しの冒険者の仕事は、物語に出てくるような血沸き肉躍るような冒険譚とは程遠いものです。雑用や下働きがほとんどでしょう。それでも慌てず、腐らず、そして無理無茶無謀はせず、自分の命を最優先にしてください。生きてさえいれば、冒険者として大成する可能性が失われることはありません」
これはおそらく、新人冒険者に送られるお決まりの訓示なのだろう。
ギルド職員が言葉に詰まることなく、すらすらと口上を述べる。
騒がしかったギルド内部もいつの間にか静かになり、他の冒険者や職員もこちらに注目していた。
「依頼に失敗し責任を問われることもあるでしょう。それでも失敗を認め汚名返上に努めるなら、冒険者ギルドはあなたへの支援を惜しみません。そのことをどうか忘れないでください。それでは良き冒険者生活を」
「頑張れよー、坊主」
「依頼に失敗したらシナンに泣き付けばいい」
「いやいや、泣き付くなら野郎じゃなくて漆黒メイドか純白メイドだろうよ。うへへ、想像しただけでたまんねえ」
「羊角に泣き付く猛者はいねえのか?」
「うおおい! 滅多なことを言うんじゃねえ! 羊角に聞かれたら怒り狂ってボコボコにされるぞ」
ギルド職員の訓示が終わると、新たな冒険者の誕生に周囲の冒険者からも暖かい声援、もとい、野次が飛んできた。
漆黒メイド、純白メイドってルリムとオーディリエのことか?
二人とも見目麗しいので人気が出るのも頷ける。
それに比べてリリエルよ、さっきから評判が悪すぎるぞ。
見た目に関してはメイド二人に負けてないと思う。
それ以外が個性的というか強烈なのが足を引っ張って、惜しくもファンはいなさそうだ。
完全に残念美人枠である。
三人とも実力はともかく実績が不足しているため、二つ名を名乗れる第三位階には届いていない。
あくまで仇名ということになる。
言いたいことを言い終わったら冒険者たちは散っていく。
うーん、やっぱり
「結構難しい言葉遣いだったけど、他の新人に対してもあの台詞なのか?」
「細かい内容なんてどうでもいいんだよ。大事なのは雰囲気だ、雰囲気」
「そういえば、もう一つお伝えすることがありました」
シナンに話の内容はどうでもいいと言われたにも関わらず、ギルド職員は笑顔を絶やさなかった。
心なしか目が笑ってない気がするが、気のせいだろう。
少しだけ声を潜めて、僕とシナンだけに聞こえるように言った。
「冒険者ギルド、ラーナム支店の支部長が面会を希望しています。〈神獣〉のトウジ様」
……あれ、なんか普通にバレてるんですけど。