ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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338話:少年といのりねんじろ

 精霊魔術は魔力を報酬として精霊に魔術の発現を依頼するのだが、僕が精霊に捧げる魔力はとても美味しいらしい。

 その美味しい魔力にあてられて精霊たちが張り切ってしまうものだから、魔術の威力が毎回想定以上になってしまうのであった。

 

 威力が出ないよりはましなので、贅沢な悩みではある。

 

「怪我人は大丈夫ですか?」

 

 僕がやらかしを誤魔化すように言うと、冒険者たちは我に返って倒れた仲間たちの元へと駆け寄る。

 

「デミトリ兄貴、そんな……」

 

 一人は気絶しているだけで目立った外傷はなかったが、もう一人は重症……というか致命傷だった。

 白霧夜叉の棍棒で腹を抉られ半分近くが消失し、臓物が飛び出している。

 呼吸は浅く、徐々に弱々しくなっていった。

 

 僕は直視できず、思わず顔を背けてしまう。

 〈コラン君〉の姿の時はゴア表現に耐性があったのだが、子どもの姿になってからはそれがなくなってしまっていた。

 

「これは諦めたほうがいいな」

 

 シナンの冷静で、歯に衣着せぬ発言に冒険者たちが取り乱し始める。

 

「嘘だろ、起きてくれよ兄貴!」

 

「なあっ、あんたたちの中に回復魔術を使えるやつはいないのか!」

 

 僕が顔を背けた先では、マリウスが顔面蒼白で立ち尽くしていた。

 行きずりの冒険者たちではあったが、取り乱す姿を見て自身のトラウマが刺激されてしまったみたいだ。

 折角トラウマを克服しつつあったというのに、また振り出しに戻ってしまうのだろうか。

 

「これはもう、普通の回復魔術で治せる傷では……」

 

 ルリムが言いかけてから、ちらりと僕の方を見る。

 自然と他の面々の視線も僕に集まった。

 

「もしかして、さっきみたいな凄い威力で回復魔術も使えるのか?」

 

「頼む坊主! うちのリーダーを助けてくれ」

 

「えっと……」

 

 冒険者の一人が僕に縋り付き、肩を揺さぶって必死に懇願してくる。

 この時の僕は完全に動揺していた。

 

 流れ出る血と臓物と命、縋り付いてくる冒険者、トラウマを再発している仲間。

 子どもの体に精神が引っ張られ、処理が追い付かなくなっていたのだ。

 

 視界は狭まり、自分の心臓の音だけがばくばくとうるさく鳴り響く。

 

「トージ」

 

 不意に心臓の音を掻き消すようにして、僕の名を呼ぶ声が聞こえる。

 この世界に転生してから、最も聞き慣れている声だ。

 

 狭まった視界の中に声の主が現れる。

 

 それは全長三十センチくらいの、緑の髪をボブカットにした女の子で、フリルの付いたアイドルのステージ衣装のようなものを着ていた。

 背中からは綺麗な蝶の羽を生やし、羽ばたく度にきらきらと輝く鱗粉のようなものが舞っている。

 

「フィン」

 

 お互いに名を呼んで見つめ合っただけだが、不思議と僕の心は落ち着きを取り戻していく。

 

「だいじょうぶ?」

 

 気が付けば僕の左手を握ったシンクが不安そうに見上げているし、頭に乗ったユキヨも僕の顔を覗き込んでいる。

 手はぽかぽか暖かく、額はひんやりして気持ちいい。

 普段はこちらが面倒を見ている側だが、今はすっかり逆転してしまった。

 

「ごめん。ちょっとテンパってたみたいだ」

 

 やはりこの体だと精神的にも未熟になってしまう。

 早く〈コラン君〉、じゃなくて大人の体に戻りたい。

 

 一度だけ深呼吸してから、倒れている冒険者に視線を戻す。

 今度は目をそらさない。

 

「やれるだけやってみます」

 

「頼む!」

 

 僕がもたもたしたせいでこの人が死んでしまったら、それこそ取り返しがつかない。

 だから全力でやらせてもらう。

 

 精霊魔術において重要なのはイメージだ。

 精霊に魔術の発現を依頼するにあたり、具体的であればあるほど効率も効果も上昇する。

 マンガやアニメ、映画やゲームで散々見てきた人体構造を思い浮かべる。

 

 イメージにおいて正確さは必須ではない。

 失われた血肉が増殖して元通りになる様をイメージするだけでも十分に効果がある。

 

 とはいえもし僕が外科医で、主要な内臓や血管、筋肉の構造及び配置を熟知していたならば、その効果は倍増していたかもしれない。

 ないものねだりをしてもしょうがないので、なけなしのイメージとありったけ籠めた魔力で勝負だ。

 

『直せ 治せ 傷痕(しょうこん)構わず 損魂(そんこん)違わず 捲き戻せ』

 

 詠唱により構成が展開される。

 そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現した。

 

 《治癒》の魔術特有の、淡い緑の光が冒険者の体を包み込む。

 

(きゃ~、まぶし~)

 

 色合いは淡いが光量がすさまじく、僕の頭の上から離れなかったユキヨが叫んだ。

 白霧街に漂う霧に光が投影され、世界が緑に染まっている。

 

 十秒ほどで光が収まると、そこには腹の傷がなくなった冒険者の姿がある。

 鎧の破損は当然直らないので、バキバキに割れた腹筋が露わになっていた。

 

 苦悶に満ちていた表情は穏やかなものになっているが……大丈夫? 息してる?

 流れ出た血や臓物はそのままになっているので、あの腹筋を含めて《治癒》によって新たに造られたようだ。

 

 僕の心配をよそに冒険者はすぐに目を覚ました。

 

「う……僕は」

 

「兄貴!」

 

「す、すげえ。生き返った!」

 

 さすがに蘇生ではないが仲間の冒険者たちが大喜びしているので、無事回復はしたのだろう。

 肩の荷が下りてほっとすると同時に膝から力が抜けてしまったが、背後からルリムが支えてくれる。

 僕の頭とルリムの大きな胸の間に挟まれて、(ぐえ)とユキヨが短く鳴いた。

 

「大丈夫ですか? トウジ様。普通は流れ出た血までは再生されないのですが、あの様子だと血も造られたみたいですね。あの失血量では傷が塞がっても血が足りず死ぬところですが、さすがはトウジ様です。顔色が悪いですが魔力は枯渇していませんか? 気持ち悪かったら横になりますか?」

 

「ううん。大丈夫」

 

 魔力残量自体は問題ない。

 ふらついたのは安堵とその大量の血と臓物を見たからなんだ。

 

「ありがとう坊主! いや、トウジ様! 兄貴を助けてくれて」

 

「……あ」

 

 しまった。

 折角冒険者の二重登録をしたというのに、誰もジェイスという偽名で呼んでいなかったじゃないか。

 まあ迷宮に入るためだけに作ったものなので、もう用済みだし本名で呼ばれても問題はないと思うが。

 

「兄貴が死んじまったら、〈フェイトオブディスティニー〉も解散になっちまうところだったぜ」

 

 ……うん? その頭痛が痛いみたいなパーティー名には聞き覚えがあるぞ。

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