〈智慧教〉の責任者ネローマ司祭とのアポイントメントはすぐに取れた。
リーシャと同等程度にこちらの事情はネローマも知っているそうだ。
ということもあり本来なら予約を入れて後日面会だが、神であるレジータとサシャの存在を明かすと向こうからやってきた。
「おお、なんと
興奮した様子でリュックからはみ出した〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉に五体投地しているのが、〈智慧教〉のネローマ司祭だ。
学者然とした中年男性で、生え際が後退して広くなった額を地面に擦り付けている。
ネローマが祈りを捧げている間、僕はリーシャの膝の上に座らされていた。
リーシャは両腕を回して僕を抱きかかえると、体を密着させた状態のままじっとして動かない。
程よい大きさの胸が呼吸に合わせて動き、その感触が背中に伝わってくる。
サイドアップされた
普通ならご褒美かもしれないが、なんとも居心地が悪いというか気まずいというか。
リーシャとはほぼ初対面のようなものだし、見上げて表情を伺っても真顔で全然嬉しそうに見えない。
僕の魔力で本当に癒されているのか怪しく、嫌々抱っこしてるのではないかと不安になる。
「右巻きのつむじ」
「何か言いました?」
「いいえ何も。これは確かに癒されますね」
「えっ、癒されてたんですか」
どうやらポーカーフェイスなだけだったようだ。
「愛想の悪い娘で申し訳ありません〈神獣〉様。〈嘆きの塔〉の代表である高司祭になる前はもう少し感情豊かだったのですが、派閥争いですっかりやさぐれてしまって」
祈りを終えたネローマが立ち上がり、そんなことを言う。
「派閥争い? 宗教間のですか?」
「宗教間だけでなく信者の中には貴族もおりますので、そちらの派閥も含めてです。リーシャの前は私が高司祭を務めていたのですが、心労でやられてこの通りです」
ぺちりと広くなった自分の額を叩くネローマ。
センシティブな自虐ネタはNGな昨今なので、僕的には反応に困る。
こちらの世界ではまだまだ鉄板ネタかもしれないが。
「どうして禿げ上がるまで勤め上げてくれなかったのですか。おかげで私が苦労するはめになったじゃないですか」
そしてなかなかに辛辣なリーシャさん。
「それはご両親を説得できなかった君自身が悪いよ。要職に就いてなかったら許婚に連れ戻されていたろうに」
「むう……」
不服そうな声を上げたリーシャの、僕を抱きしめる力が強くなる。
再び顔を見上げたが、その表情は変わっていない。
言葉に感情はあるのだが表情が伴っていなかった。
少しだけ事情を聞くと、リーシャはさる伯爵家の令嬢で、許婚との政略結婚が嫌で〈嘆きの塔〉の〈地神教〉神殿に逃げ込んだそうだ。
「許婚は親子ほど歳の離れた侯爵家の次男で、飛び地となっている領地を任されている人でした。飛び地で親や長男の目がないのをいいことに放蕩三昧で、苦労もしていないのにネローマより禿げ上がり、体は肥え脂ぎっていて
辛辣でセンシティブなトーク再び。
お子様もいるのでもう少しこう、オブラートに包んで欲しいのですが。
「普段は言動もしっかりしているのでご安心ください〈神獣〉様。この場に塔の関係者は私しかおりませんし、溜まっていた心労を吐き出しているのでしょう」
「ええ……」
ほぼ初対面の僕らに愚痴る内容ではないのだが、強く抱きしめてくるリーシャの腕が震えているのに気が付いて何も言えなくなる。
「許婚との結婚を放棄して逃げはしましたが、そのままでは両親に申し訳が立ちません。なので私は〈嘆きの塔〉内部で侯爵家に嫁ぐ以上の成果を求めました」
それが高司祭としての地位であった。
高司祭という役職を利用して宗教及び貴族派閥を掌握し、実家の伯爵家に有益な情報を流す。
「次男とはいえ相手は上級貴族ですからね。高司祭より下の地位ではリーシャのご両親も納得しなかったでしょう」
「アレの元には行きたくない一心で頑張りました」
「そういえば〈嘆きの塔〉の貴族の最大派閥は第一皇子派って聞いたことがあるけど、もしかしてさる侯爵家って」
「はい。デクシィ侯爵家です。〈神獣〉様の後援者ですね」
あー、やっぱり。
デクシィ侯爵家の長男とやらは多分、クルールと謁見したことのあるあいつだろう。
確かに図体は脂肪の塊で、座っている玉座から腹が横にはみ出し、涼しいのに常に汗をかいていたのを思い出す。
あれの弟かあ、うん、厳しいね。
リーシャが逃げたのも納得できてしまう。
「驚きました? 実は私と〈神獣〉様は全くの無関係というわけでもないのですよ。さて、私はデクシィ侯爵家に対して不義理を働きました。代わりに高司祭としての権力を献上していますが、完全に許されたわけではありません」
……うん?
「デクシィ侯爵家は〈神獣〉様を派閥に取り込むために、シャウツ男爵家の令嬢を差し出したとか」
「よくご存知で。いや、差し出されたけど手は出してないですよ?」
「そのようですね。では私に手を出しませんか?」
「えっ」
「ご覧の通り行き遅れて薹が立っていますので、序列は一番下で構いません。高司祭は続けなければなりませんので、現地妻として娶ってください」
行き遅れといってもアトルラン基準の話だ。
おそらく二十代前半くらいなので、地球基準ならリーシャはまだまだ若い。
いや違うそうじゃない。
「食客ではなく正式に第一皇子派に入っていただけませんか。本来の姿である鼠人族? に戻っても全霊を持ってご奉仕します。何なら人の姿のうちに手篭めにしてください。当然未貫通なので……」
「ストップ! なんか様子がおかしいですよリーシャさん」
彼女は相変わらずの無表情だが、頬はほんのり上気し目は据わっている。
これって、ティッシと同じで魔力酔いしてないか?
「むう、トウジはわたしのつがいだからだめなの」
「〈真紅〉様の邪魔はいたしません。私の元へは月に一度、いいえ半年に一度来て可愛がってくれれば満足です」
「ん、それならいい」
「いやいや、よくないからっ」
「娶るって言うまで離しません」
「あはは、トウジ様はどこに行ってもモテモテですね」
笑ってないで助けてルリム。
ちょ、リーシャさんは首筋を食まないで!
「なんだこれ」
一部始終を見ていたシナンが、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。