ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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342話:少年と現地妻

 〈智慧教〉の責任者ネローマ司祭とのアポイントメントはすぐに取れた。

 リーシャと同等程度にこちらの事情はネローマも知っているそうだ。

 

 ということもあり本来なら予約を入れて後日面会だが、神であるレジータとサシャの存在を明かすと向こうからやってきた。

 

「おお、なんと(あら)たかな神気なのだ。見えなくてもわかったぞ! わかったぞ! わか……神に祈りを!」

 

 興奮した様子でリュックからはみ出した〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉に五体投地しているのが、〈智慧教〉のネローマ司祭だ。

 学者然とした中年男性で、生え際が後退して広くなった額を地面に擦り付けている。

 

 ネローマが祈りを捧げている間、僕はリーシャの膝の上に座らされていた。

 リーシャは両腕を回して僕を抱きかかえると、体を密着させた状態のままじっとして動かない。

 

 程よい大きさの胸が呼吸に合わせて動き、その感触が背中に伝わってくる。

 サイドアップされた焦茶色(ブルネット)の長い髪は僕の顔付近まで垂れてきていて、花のような良い香りがした。

 

 普通ならご褒美かもしれないが、なんとも居心地が悪いというか気まずいというか。

 リーシャとはほぼ初対面のようなものだし、見上げて表情を伺っても真顔で全然嬉しそうに見えない。

 僕の魔力で本当に癒されているのか怪しく、嫌々抱っこしてるのではないかと不安になる。

 

「右巻きのつむじ」

 

「何か言いました?」

 

「いいえ何も。これは確かに癒されますね」

 

「えっ、癒されてたんですか」

 

 どうやらポーカーフェイスなだけだったようだ。

 

「愛想の悪い娘で申し訳ありません〈神獣〉様。〈嘆きの塔〉の代表である高司祭になる前はもう少し感情豊かだったのですが、派閥争いですっかりやさぐれてしまって」

 

 祈りを終えたネローマが立ち上がり、そんなことを言う。

 

「派閥争い? 宗教間のですか?」

 

「宗教間だけでなく信者の中には貴族もおりますので、そちらの派閥も含めてです。リーシャの前は私が高司祭を務めていたのですが、心労でやられてこの通りです」

 

 ぺちりと広くなった自分の額を叩くネローマ。

 センシティブな自虐ネタはNGな昨今なので、僕的には反応に困る。

 こちらの世界ではまだまだ鉄板ネタかもしれないが。

 

「どうして禿げ上がるまで勤め上げてくれなかったのですか。おかげで私が苦労するはめになったじゃないですか」

 

 そしてなかなかに辛辣なリーシャさん。

 

「それはご両親を説得できなかった君自身が悪いよ。要職に就いてなかったら許婚に連れ戻されていたろうに」

 

「むう……」

 

 不服そうな声を上げたリーシャの、僕を抱きしめる力が強くなる。

 再び顔を見上げたが、その表情は変わっていない。

 言葉に感情はあるのだが表情が伴っていなかった。

 

 少しだけ事情を聞くと、リーシャはさる伯爵家の令嬢で、許婚との政略結婚が嫌で〈嘆きの塔〉の〈地神教〉神殿に逃げ込んだそうだ。

 

「許婚は親子ほど歳の離れた侯爵家の次男で、飛び地となっている領地を任されている人でした。飛び地で親や長男の目がないのをいいことに放蕩三昧で、苦労もしていないのにネローマより禿げ上がり、体は肥え脂ぎっていて闇の眷属(ミディアン)のオークのようでした。アレと子を成すなんて生理的に無理です。というかアレに圧し掛かられたら私の体は耐えられません。圧死してしまいます」

 

 辛辣でセンシティブなトーク再び。

 お子様もいるのでもう少しこう、オブラートに包んで欲しいのですが。

 

「普段は言動もしっかりしているのでご安心ください〈神獣〉様。この場に塔の関係者は私しかおりませんし、溜まっていた心労を吐き出しているのでしょう」

 

「ええ……」

 

 ほぼ初対面の僕らに愚痴る内容ではないのだが、強く抱きしめてくるリーシャの腕が震えているのに気が付いて何も言えなくなる。

 

「許婚との結婚を放棄して逃げはしましたが、そのままでは両親に申し訳が立ちません。なので私は〈嘆きの塔〉内部で侯爵家に嫁ぐ以上の成果を求めました」

 

 それが高司祭としての地位であった。

 高司祭という役職を利用して宗教及び貴族派閥を掌握し、実家の伯爵家に有益な情報を流す。

 

「次男とはいえ相手は上級貴族ですからね。高司祭より下の地位ではリーシャのご両親も納得しなかったでしょう」

 

「アレの元には行きたくない一心で頑張りました」

 

「そういえば〈嘆きの塔〉の貴族の最大派閥は第一皇子派って聞いたことがあるけど、もしかしてさる侯爵家って」

 

「はい。デクシィ侯爵家です。〈神獣〉様の後援者ですね」

 

 あー、やっぱり。

 デクシィ侯爵家の長男とやらは多分、クルールと謁見したことのあるあいつだろう。

 確かに図体は脂肪の塊で、座っている玉座から腹が横にはみ出し、涼しいのに常に汗をかいていたのを思い出す。

 

 あれの弟かあ、うん、厳しいね。

 リーシャが逃げたのも納得できてしまう。

 

「驚きました? 実は私と〈神獣〉様は全くの無関係というわけでもないのですよ。さて、私はデクシィ侯爵家に対して不義理を働きました。代わりに高司祭としての権力を献上していますが、完全に許されたわけではありません」

 

 ……うん?

 

「デクシィ侯爵家は〈神獣〉様を派閥に取り込むために、シャウツ男爵家の令嬢を差し出したとか」

 

「よくご存知で。いや、差し出されたけど手は出してないですよ?」

 

「そのようですね。では私に手を出しませんか?」

 

「えっ」

 

「ご覧の通り行き遅れて薹が立っていますので、序列は一番下で構いません。高司祭は続けなければなりませんので、現地妻として娶ってください」

 

 行き遅れといってもアトルラン基準の話だ。

 おそらく二十代前半くらいなので、地球基準ならリーシャはまだまだ若い。

 いや違うそうじゃない。

 

「食客ではなく正式に第一皇子派に入っていただけませんか。本来の姿である鼠人族? に戻っても全霊を持ってご奉仕します。何なら人の姿のうちに手篭めにしてください。当然未貫通なので……」

 

「ストップ! なんか様子がおかしいですよリーシャさん」

 

 彼女は相変わらずの無表情だが、頬はほんのり上気し目は据わっている。

 これって、ティッシと同じで魔力酔いしてないか?

 

「むう、トウジはわたしのつがいだからだめなの」

 

「〈真紅〉様の邪魔はいたしません。私の元へは月に一度、いいえ半年に一度来て可愛がってくれれば満足です」

 

「ん、それならいい」

 

「いやいや、よくないからっ」

 

「娶るって言うまで離しません」

 

「あはは、トウジ様はどこに行ってもモテモテですね」

 

 笑ってないで助けてルリム。

 ちょ、リーシャさんは首筋を食まないで!

 

「なんだこれ」

 

 一部始終を見ていたシナンが、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

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