「先ほどは大変失礼しました。準備ができましたので〈智慧教〉の祭室へご案内します」
相変わらずの無表情を維持したリーシャが頭を下げた。
しかしその耳は真っ赤なので、内心では相応の羞恥心に襲われているようだ。
僕の魔力で酔ってしまったティッシとリーシャだったが、小一時間休憩したら回復した。
酒と比べると抜けが早いし、二日酔いのような症状もなさそうだ。
そもそも魔力酔いを起こす人自体が珍しいという。
確かにこれまで結構な人数とスキンシップしてきたが、今回の二人以外はなんともなかった。
魔力への耐性の強弱もそうだが、お互いの魔力が馴染みやすいかといった条件もあるらしい。
「つまり私たちは相性ばっちりということですね。トウジ様」
「おおっと、まだ酔っ払ってるのか? それに相性ならティッシも良いことになるけど」
お互いに他人行儀をやめようということで、リーシャにもトウジと呼んでもらうことにした。
こちらも敬語をやめている。
他人をすっ飛ばして危うく懇ろになりかけたわけだが、現地妻については丁重に辞退させて頂いた。
そういえばティッシは外様の神の生贄として捧げられそうになったことがあるが、魔力への抵抗の弱さが関連しているのかもしれない。
「ならティッシも娶ってください。ああ、でも手を出すのは成人してからにしてくださいね」
「いや勝手に人の人生を決めちゃダメでしょ」
「ティッシが嫁ぎたくないと勝手に決め付けてるのは、トウジ様ではありませんか?」
ないないありませんって……ないよね?
ティッシも満更でもなさそうに、頬を赤らめてもじもじしないでくれ。
「外様の神の生贄にされそうになったティッシを助けたのは誰だったでしょう? 白馬に乗った王子様が迎えに来たようなものです。運命的な出会いとかああ羨ましい」
迎えに行ったのは白馬の王子様じゃなくて灰褐色の珍獣だったけどね。
というかアトルランにも白馬の王子様という慣用句があるのか。
それとも翻訳機能を持つ魔術 《意思伝達》が仕事をしているだけか?
リーシャを先導に〈嘆きの塔〉の廊下を歩く。
〈嘆きの塔〉とは失恋で怒り狂った〈寛容と曖昧の女神〉を鎮め祀るために人種が立てた塔だ。
失恋といっても神と人の禁断の恋、とかではなく順当に神同士のいざこざで、同僚のに交際相手をNTRれた〈寛容と曖昧の女神〉ことサシャの怨嗟が瘴気となって下界に溢れた。
その瘴気を鎮めるために人々は塔を立て祈りを捧げたのであった。
まったくもって
そういった背景から、〈嘆きの塔〉は宗教施設として機能していて、五大宗教がショッピングモールのテナントの如く入っていた。
五大宗教とは〈地神教〉〈智慧教〉〈試練教〉〈混沌教〉〈創神教〉のことで、各大陸を守護する中柱の神を崇めている。
厳密には五つ目の大陸カンナウルトルムは守護神不在の大陸なので、〈創神教〉のみ別枠扱いなのだが。
そしてやってきたのが〈智慧教〉の社務所だ。
「これはこれはリーシャ様。ようこそいらっしゃいました。《交信》をするとのことですが」
出迎えてくれたのはふくよかな中年女性で、リーシャの隣にいる僕に視線を送った。
見知らぬ子どもに警戒、というよりは好奇の眼差しが向けられている。
「急ですまないが祭室の人払いを頼む。中には私とリーシャ高司祭、そしてこちらの少年だけで入る」
地下の転移装置の存在は秘匿されていた。
〈嘆きの塔〉の関係者で知っているのはモエとティッシ、リーシャとネローマ、そしてまだ会ったことがないが〈試練教〉を束ねる司祭のシェスタという女性だけだという。
「はい。事前に伺っていましたので、準備はできておりますが、そちらのお方は……」
「デクシィ侯爵家に縁のある方です。他言無用でお願いします」
「しょ、承知しました」
デクシィ侯爵家と聞いて中年女性は表情を引きつらせる。
こちらを詮索したそうな雰囲気は消し飛んでいた。
宗教組織においても、侯爵家の威光は遺憾なく発揮されているようだ。
「マグダとティッシは《交信》が終わるまでこの前室で待機していなさい」
「承知しました。ティッシちゃん、おばさんとお茶でもしていましょうか」
マグダとよばれた中年女性は一礼するとティッシに笑顔を見せて、手を引き部屋の端にある茶棚や机のある一角へと連れて行く。
以前のティッシやモエは〈嘆きの塔〉内でのヒエラルキーが低く、下働きのような扱いを受けていたと聞いていたが、現在は改善されているようで良かった。
僕が〈コラン君〉の姿だったならば、ティッシと仲良くしてくれたお礼として饅頭や羊羹を茶菓子として進呈もできたのだが。
三人で奥の扉をくぐるとそこが祭室で、二十メートル四方ほどの広い部屋だった。
壁際には蜀台が並び、中央の祭壇には〈智慧の神〉の像が鎮座していて、その前に巨大な杯が置かれている。
杯の中は白い灰で満たされていた。
〈智慧教〉の《交信》は書面にしたものを焚き上げるスタイルらしいので、灰はその名残りか。
床には一人が寝そべられるくらいの大きさの絨毯がいくつも敷き詰められている。
〈智慧の神〉の像を中心にして放射状に配置されているので、先ほどのネローマのようにこの絨毯の上で五体投地して祈りを捧げるのだろう。
「通常であればこの清められた紙片に神への願いをしたためるのですが、どうなさいますか?」
『紙はもらうわ。私が神力を込めるので白紙のまま焼いてちょうだい』
僕の背負うリュックから声が聞こえてきたので、床に下ろして口を開ける。
そこからは〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉に同居しているレジータとサシャ、だけでなくフィンとユキヨも飛び出してきた。
「ぷはあ。暑苦しくはなかったけど狭かった」
(ここにはいろいろあるね~)
一応護衛としてついてきたつもりらしいが、僕のことはそっちのけで祭室内を物珍しそうに飛び回り物色している。
「白紙の紙片にレジータが神力を込めるので、それを焼いてください」
「畏まりました」
僕が通訳をするとネローマは跪くと、俳句を書くのに適していそうな縦長の紙片をレジータに向かって差し出す。
レジータが紙片にちょこんと触れば、準備完了だ。
『万識を観測せし慧神よ 篤信たる従属に 正しき羅針を授け給え』
詠唱により構成が展開される。
そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現した。
《交信》を唱えたネローマが紙片を杯にくべると、火種もないのに燃え上がる。
しかも紙切れを燃やしただけとは思えない程の火力で、杯の中に火柱が立ち上った。
「ああ、なんと神々しい炎なのでしょう。〈魔識眼〉で見えていた神気が顕在化したかのようです」
「へえ、神気ってこんな色だったのか」
色の付いた炎といえば、理科の例の実験を思い出す。
割と強引な語呂合わせがあったけど、なんだったっけ……思い出した。
「リアカー無きK村で、動力に馬力借ろうとするも、くれない」
「え、なんて?」
突然謎の呪文を唱えたので、フィンが訝しげに首を傾げている。
ちなみに神気はナトリウムを燃やした時と同じ黄色い炎だった。