《交信》の効果はすぐに現れる。
燃え上がる黄色い火柱の頂上が輝き、純白の両翼を大きく広げた天使が光臨した。
天使というのは比喩ではなく見たままの感想である。
両翼からは天使の羽が舞い散り、暫く空中を漂ってから光の粒子となって消えた。
天使の翼の持ち主はうら若き乙女で、天使の名に負けない美貌の持ち主だ。
肌は陶器のように白く艶やかで、顔の造詣は一流の芸術家が造った彫像のように美しく欠点が見当たらない。
ウェーブのかかった明るく長い金髪は、まるで水中を漂うかのように空中で広がっている。
薄手の白いローブを幾つも重ねたような装束を纏い、それには細かな金の刺繍が至る所に施されていた。
「おお……シリエル様。まさか〈智慧の神〉の使徒にもお目通りが叶うとは」
ネローマが呟きながら跪くと、リーシャもそれに倣った。
シリエルと呼ばれた天使はゆっくりと火柱から降りてきて、跪く二人を見ながら鷹揚に頷く。
ザ・天使という佇まいは神々しく、崇めたくなるのも頷ける。
などと思いつつもぼんやりと眺めてしまっている僕なのだが。
ユキヨは僕の横で(ほえ~)といった感じで、ぽかんと口を開けて一緒に眺めている。
フィンはシリエルの舞い散る天使の羽に謎の対抗心を燃やして、自らの蝶の翅を羽ばたかせ輝く鱗粉を撒き散らしていた。
いや本当になにしてるの……。
シリエルは軽くこちらに視線を送ってから、〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉に向かって跪く。
『〈時と扉の神〉並びに〈寛容と曖昧の女神〉からの召喚を受けて〈智慧の神〉の使途シリエル、参上致しました』
『召喚に応じてくれてありがとう。早速だけど〈智慧の神〉へ伝言を頼まれて欲しいの』
『はい。何なりと』
レジータが《神降ろし》する経緯を説明した。
僕が〈混沌の女神〉に色々と振り回された挙句、面会拒否をしてきたので〈智慧の神〉の力を借りたいという内容だ。
神の言葉で説明しているので、ネローマやリーシャたちには伝わっていない。
何故神の言葉がアトルランに住む人々とは違うのかといえば、影響力が強すぎるからだそうだ。
確かに僕に対しても狂信的な人たちが多々いるので、神の言葉ともなれば大きな影響を与えるに違いない。
神サイドも下界への干渉には制限があるようなので、普段は《交信》のようなまわりくどい連絡手段を使っていた。
『なるほど、事情は理解しました。〈混沌の女神〉にも事情があるのでしょうが、さすがに無責任といいますか……。同じ使徒として同情を禁じえません』
シリエルが伏し目がちに僕の方に顔を向けると、長い
まるで絵画の一場面が飛び出してきたかのようだ。
僕は使徒としての指名を与えられたわけではないが、せめて自身の体の状況について報告と相談はさせて欲しかった。
『わが主ならトウジ殿の願いも聞き入れてくださるでしょう。ですが一つだけ条件があります』
「条件?」
『はい。私に智慧を授けてください』
「智慧を授ける?」
意味が分からず鸚鵡返しする僕を、シリエルの蜂蜜色の瞳が見据える。
『トウジ殿は〈混沌の女神〉の手によってアトルランとは違う世界からやってきたのですよね? ということはその世界の知識を大量に持っていると推察します。その一端を私に提供して欲しいのです』
「漠然と知識と言われても幅が広すぎるんだが」
〈智慧の神〉の使徒なだけあって、知識欲に溢れているということなのだろうか。
『異世界の話であれば何でも構いません。ただしいきなり専門用語を使われても分かりませんので、そこだけは考慮して頂ければと』
うーむ、異世界ならではの知識を所望しているようなので、アトルランと地球の違いから説明してみるか。
長くなりそうなので、皆で祭室内にある絨毯に座り込む。
リーシャとネローマも他言無用を誓ったのでこの場に残ってもらった。
神や使徒の前で誓ったのだから、さすがに守ってくれるだろう。
「まず決定的な違いとしては、僕の住んでいた地球には魔素がない。仮にあったとしても微量過ぎて、魔術や魔獣の類は少なくとも世間一般的にはないという認識だった」
超常現象や宇宙人の存在の有無について、僕は肯定派である。
理由としては悪魔の証明と同じで「無い」ということを証明することはほぼ不可能であることと、未知なものが存在していたほうが浪漫があると思っていたからだ。
それにラノベやゲームをこよなく愛していたので、僕としてはどんと来い超常現象だったのだが、生憎と霊感はゼロだった。
もし超常現象を経験できるなら出来るだけ論理的に、再現性を保ちつつ検証したかったのだが、きっとそういう思考を持っている限り関われないのだろう。
なんて思っていたが、猫を踏んで転生したことにより超常現象が「有る」ことを身をもって知ったのであった。
人生とはどうなるかわからないものである。
『それではどうやって暮らしていたんですか? 魔素がなければ色々と不便だと思うのですが』
「代わりに科学が発達していたんだ。僕からするとこちらの世界のほうが不便に感じるくらいだよ」
衣食住や生活様式のほかに、電気、水道、ガス、通信、交通といったインフラについて説明していく。
使徒であっても地球の情報は一切知らなかったようで、シリエルは興奮を隠せない、わくわくとした表情をしている。
纏っていた神秘的な雰囲気はどこへやらだ。
『つまり電気や石油といったものを魔素の代わりのエネルギー源として道具を動かし、人々は豊かな生活を営んでいるのですね』
なお詳細を説明するには僕の学力が足りないので勘弁してもらった。
電気はレモンのような果物に銅版と亜鉛版を刺せば、果汁が電解液となって電力が発生するということ。
石油は太古の植物や藻の死骸が地中で高圧、高温に晒されて出来た原油を精製したもの、といった説明で精一杯だ。
「豊かな生活といえば、娯楽も圧倒的に地球のほうが発展しているね。テレビに映画、ゲームに漫画、小説、音楽。スポーツや観光、何でもござれだね」
これらもひとつずつ概要を説明したのだが、シリエルがその中のひとつに反応した。
『その野球という武術について教えてください』
「いや武術じゃなくて球を使った競技だからね?」
スポーツの中には武術も含まれると説明してしまったので、野球も武術と勘違いしているようだ。
『ふむふむ、相手が投げた球を打ち返すと。その打ち返した球で相手を倒すのですね。そして最後まで倒れなかったものが勝者と』
「いやいや、そんな物騒な競技ではないよ。ピッチャー返しもたまにあるけど、それが目的ではないから。打球が転がる間に塁を回って点を取る競技なんだ」
『そうですか。それは残念です』
あからさまにしゅんとするシリエル。
野球のどこにシリエルを熱くさせる要素があったのか。
気になって聞いてみると、シリエルはおもむろに立ち上がり右手を天に翳した。
すると手のひらが黄色い神気で輝き、その中から長細い物体が横倒しの状態で、左右に伸びるようにして現れた。
先端に拳大ほどの輪があり、同じ大きさの輪が六つ通っている。
柄を握ったシリエルが振ると輪が擦れて、しゃん、という軽やかで厳かな音が鳴り響いた。
それを一言で説明するなら錫杖なのだが、普通の錫杖とは違う部分もある。
棒の部分には無数の乱杭歯が付けられ、いわゆる釘バット状態になっていた。
『何を隠そう、私の武器はこのロッドでして。棒術には心得があったので親近感を覚えたのです』
細腕で重たそうな錫杖をぶんぶんと素振りしながらシリエルが微笑む。
おおっと。
どうやら彼女は撲殺天使だったようだ……。