ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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346話:少年となんということでしょう

 一応僕は〈混沌の女神〉の使徒ということになっている。

 別に猫からは使徒として働けとは言われていないが、〈混沌教〉の信徒からすれば崇め祭る存在だ。

 

 フィンたちにせがまれて本神殿内を探検していると、すれ違う信徒たちが毎回跪こうとするので、やめるように周知徹底させるまでが大変だった。 

 

 本神殿には五十人程度の人が住み込みで働いている。

 〈混沌教〉が旧ラディソーマで国教の如く流行っていたのも今は昔(今となっては昔のこと)。

 

 全盛期は五百人近くの人がいたそうで、本神殿はその全員を収容できるくらい……例えるなら現代の小学校ぐらいの広さがあった。

 現在は収容量の一割程度しか人がいないので、九割が空き部屋。

 

 すなわち探検し放題なのであった。

 

「倒壊するほど脆くなっている箇所はないとは思いますが、勝手に壁や扉には触らないでくださいね」

 

「「(「はーい」)」」

 

 探検隊を引率するジャンヌの注意事項に、フィン、シンク、ユキヨ、アナのキッズたちが元気よく返事をした。

 

「大丈夫。致命傷でも即死じゃなかったら私が治すから」

 

 自称引率側のフレンが、自分の手首に手刀を当てるジェスチャーをしながら言う。

 事情を知らないジャンヌが物騒な言動に首を傾げた。

 

 リージスの樹海の竜巫女たるフレンの血液には、触れるだけで対象の怪我を治す効果があった。

 しかもその効果は自分自身にもあり、大量出血や欠損しても勝手に再生する。

 なお原理は本人にも説明不可能な模様。

 

 もしフレンの血の性能が公然の事実となれば、世の権力者に狙われること間違いなし。

 研究機関に拘束され実験動物のように扱われる未来を幻視する。

 フレンは長い年月を生き続けている影響なのか、感情の起伏が乏しく日がな一日ぼーっとしていることが多かった。

 

 だから仮に拘束されても気にせず、のほほんとしてそうなのが逆に怖い。

 万が一探検中に事故があっても、それこそ即死でなければ僕の《治癒》で対応できるから、彼女の出番はないだろう。

 

 〈混沌の女神〉の本神殿は信仰区画、居住区画、教育区画に分かれていた。

 

「信仰と居住はわかるけど、教育ってなんです?」

 

「かつては信徒やその家族相手に、無償で簡単な読み書きと算術を教えていたそうです。知識があればより良い仕事に就くことができます。無償なのは〈混沌教〉の布教を兼ねていたからだと、私の祖母は言っていました」

 

 ジャンヌの説明を聞きながらやってきた教育区画は、まさに教室といった間取りをしていた。

 正方形の大部屋が三つ並び、中には朽ちた木製の椅子や机が散乱している。

 ジャンヌの祖母の代の頃には信徒が減り教育区画も閉鎖されたそうなので、少なくとも半世紀以上は経過しているだろう。

 

「おわっぷ」

 

 教卓だったと思われる木の塊に座ろうとしたフィンであったが、お尻が触れた瞬間に砂のように崩れてなくなってしまう。

 堆積していた埃や木屑が舞い上がり、彼女の体を真っ白にした。

 ジャンヌに勝手に触るなと言われたそばからこれである。

 

(ぷっ)

 

「あ、今笑ったわね!」

 

(きゃ~~~)

 

 フィンと一緒に教室内を飛び回っていたユキヨであったが、教卓の崩壊からは華麗に回避していた。

 しかしフィンを見て笑ったせいで彼女に追いかけられ、抱きつかれ、結局埃だらけになる。

 

 シンクとアナは朽ちずに残っていた黒板に拾ったチョークでお絵かきをしていた。

 壁から外れて立てかけた状態になっている、妙に大きな黒板だ。

 

「これは?」

 

「トウジ」

 

「これは?」

 

「おかあさん」

 

 どちらも名状しがたい何かで、ずっと見ていると正気度が下がりそうだが、本人たちがそう言うのだからそうなのだろう。

 とりあえず僕とルリムに触手はないので、二人とも描き足すのはやめようか。

 

 というかこの世界にも黒板があることに驚いた。

 学生の頃にお世話になった黒板より黒く、経年劣化でひび割れている。

 

 引率のはずのフレンはフィンたちを見守るでもなく、教室の天井の隅をじーっと見つめている。

 猫かな?

 

「され、そろそろ次に行きますよ」

 

「「(「「はーい」」)」」

 

 引率約一名もキッズに加わり、次にやってきたのは居住区画にある大浴場だ。

 といってもここも使われておらず、痛んだ石畳や石壁は一部崩れていた。

 

 先ほどの教室二部屋分くらいの広さの空間に、浴槽と洗い場が並んでいる。

 浴槽と洗い場のそれぞれに小さな噴水のような吹き出し口があるので、ここからお湯が出る仕組みなのだろう。

 

「先日お話しました通り、昔は信徒たちの魔力供給でこれらの設備は維持されていましたが、現在の五十人あまりではそれも難しいのです」

 

「魔力供給ってどこでするんですか?」

 

「主要施設ごとに魔力供給する部屋があります。大浴場のものはこちらに」

 

 隅にある小部屋へと案内される。

 普通の入浴施設ならボイラー室に相当しそうだが、その部屋は中央に崩れかけた石像があるだけだった。

 

 石像の高さは子どもの僕と同じくらいで、両腕はミロのヴィーナスのように欠けている。

 腕の付け根の角度からすると両腕を広げていたのかもしれない。

 胸元は長い髪で、下半身は一枚の布を纏い隠していた。

 

「この混沌の女神像が魔力の供給先となっています」

 

 混沌の女神像とか字面だけなら外様の神と相違ないが、これでも大陸のひとつを任されている中柱の神である。

 偉い神なのだから、僕との面会を拒絶して逃げ回るとかやめて欲しい。

 逃げ回る相応の理由があるのかもしれないが……なんか嫌な予感がしてきた。

 

 この女神像に祈りを捧げることによって魔力供給ができるとのことなので実演してもらう。

 ジャンヌが跪き祈りを捧げると、女神像がほんのりと輝いた気がした。

 

「このように私一人の祈りでは何も起こらず……」

 

「あぶない!」

 

 ジャンヌに視線を戻すと彼女の顔面は蒼白で、体がふらつき今にも倒れそうなので慌てて支える。

 

「病弱と聞いていたのに魔力を使わせちゃってすみません。少し休憩しましょう」

 

「はいはーい。私も祈ってみたい」

 

「具合が悪くなる前にやめるんだぞ」

 

「あ、僕もやってみたい」

 

 試しに皆で祈ってみることに。

 フィンとアナが祈ると女神像の輝きが僅かに増した。

 

「んおおおお、吸われる吸われる」

 

「ほんとだ……!」

 

 割合は不明だが多少なりとも魔力供給されたはずなので、大浴場に戻ってみたが目に見える変化はない。

 シンクとユキヨ、フレンが参加しても女神像が一昔前の蓄光玩具みたいに光るだけだった。

 

「数百人規模用の施設みたいだし、数人程度じゃ焼け石に水かなあ」

 

「ん、トウジもやってみる」

 

 どれどれ……お、本当だ、魔力が吸われる感覚がする。

 どんな感覚かと言われるとうまく説明できないのだが、確かに吸われている。

 どんどん吸われるが、まだ大丈夫、大丈夫……。

 

「あ、あの、トウジ様?」

 

 女神像が自動車のLEDヘッドライトばりに輝きだし、ジャンヌが不安そうに声をかけてきたところで、大きな揺れが体を襲う。

 何事かと部屋を飛び出すと、目の前に広がる光景に驚いた。

 

 大浴場の痛んだ石畳、石壁は新品のように蘇り、噴水からは掘り当てた源泉のようにお湯がじゃぶじゃぶと噴き出していたのだ。

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