シンクレティーディア、通称シンクは竜族の女の子だ。
赤い髪をサイドテールにしていて、朱い瞳は眠たそうにとろんとしている。
服装も真紅のワンピースで全身真っ赤だが、素肌は新雪のような白。
額からは竜の証である一角が生えていて、ワンピースの裾からは尻尾が覗いている。
精神年齢相応に好奇心旺盛で、可愛いものが好き。
僕と行動を共にするようになったのも、〈コラン君〉の姿を気に入ったからだ。
竜族はとても強く、地上に過剰に介入しようとする神々への抑止力となっていた。
逆もまた然りで竜族が地上で暴れれば、神々の牽制が入る。
なのでシンクには常日頃から不自由な思いをさせていた。
暴れても問題のない迷宮内でのみ、《人化》を解いて竜の姿で自由に飛び回ったり、遭遇した魔獣とじゃれたり(尚相手は死ぬ)が許された。
トラブル防止のため外を出歩く時は、角と尻尾はローブのフードを被って隠している。
正体を隠すために〈コラン君〉の先輩にあたるシマフクロウの〈島袋さん〉に扮する魔術具もあるが、面白がったのは最初だけで早々に飽きて使わなくなってしまった。
〈島袋さん〉自体は可愛いので気に入っているようだが、自分が扮するということはその肝心な可愛い姿を見ることはできないわけで。
さて、そんなシンクの目の前に突然抑止対象がやってくる。
僕らはある人物に招待されて、旧ラディソーマの王宮へ向かう途中だった。
〈混沌教〉の本神殿を出立し、旧ラディソーマ、現モーリュ辺境伯領の中心部へと続く大通りを馬車で進んでいると、突如暗雲が立ち込める。
異世界でもゲリラ豪雨ってあるんだなあ、なんてぼんやりと馬車の窓から空模様を眺めていると、眩い閃光の後に轟く雷鳴。
次の瞬間には、巨大な白虎が大通りのど真ん中に出現していた。
白と黒のコントラストが映える毛並みは雷を帯びて逆立ち、大地を踏みしめる四肢は柱のように太い。
大きく裂けた顎には鋭い牙が並び、翠玉色の双眸が爛々と輝いていた。
天下の往来に突然でかい虎が現れたらどうなるだろうか。
それは勿論大混乱である。
道行く馬車を引く馬は恐慌状態に陥り暴れだし、通行する人々も我先にとその場から逃げ出す。
僕らの馬車を引く馬も暴れそうになったが、ユキヨが念話で声をかけるとすぐに落ち着きを取り戻した。
既に何度も竜や闇の眷属といった恐ろしい存在に遭遇しているお馬さんなので、耐性もついてきたのだろう。
怖い思いばかりさせてすまぬ……後で美味しい飼い葉をあげるから許しておくれ。
逃げ惑う人々と怒号がなくなると、周囲はゴーストタウンのように静まり返った。
「ひょっとしなくてもあれは雷虎だよね」
『うげ……あいつ何しに来たのかしら』
雷虎に対して苦手意識を持っている〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉に憑依したレジータが呻いた。
前に引きこもり気質のレジータを無理やり連れだしたとか言っていたのを思い出す。
この雷虎と呼ばれる白虎は〈風雷神〉に連なる小柱の神で、二度目の遭遇となる。
シンクの叔父であるアレフが積極的に地上へ介入……具体的には滅ぼされたラディソーマ竜王国を復興させようとしたので、ここいら一帯を管理する〈校正神〉と雷虎がタッグを組んで阻止しようとしたのだ。
しかし本気を出した竜の姿のアレフの
まあ下界に顕現した神の体は分体なので致命傷ではなく、残機がひとつ減ったくらいの感覚なので大丈夫らしいのだが。
「世界を守る神なのに、こんな大混乱を起こしていいものなのか?」
『ダメに決まってるじゃない。これはお仕置きが必要ね』
ホロカちゃんから今度はサシャの声が聞こえてきた。
君は一応寛容を司る女神だったと思うのだが、日頃の発言は結構不寛容である。
(とっちめていいよって~)
「ん、とっちめる!」
「ちょ、待って! アレフに暴れちゃダメって言われてたじゃないか」
アレフのそれはシンクが暴れて万が一怪我をして、同じ竜族のマリアやクレアに知られると、アレフがお灸をすえられるからという保身的な理由であった。
だが僕としてもシンクが怪我をするのは嫌なので、出来るだけ穏便に済ませたい。
馬車から降りて腕をぐるぐると回しながら雷虎に向かっていくシンク。
尻尾を掴んで必死に止めようとしたが、ずるずると引きずられた。
最近よく引きずられる僕である。
雷虎もこちらに向かってゆっくりと歩き出し、一触即発かと思いきや……。
「Guooooooooooon!(待って! あたしに敵意はないの。ほらこの通り)」
勇ましい咆哮とは裏腹に、可憐な女の子の声が副音声として聞こえてきた。
そして雷虎がごろんとその場に寝転がる。
仰向けになった服従のポーズ、いわゆるへそ天状態。
体と尻尾をくねくねと揺らしながら、こちらの様子を伺うように首を傾げて見上げてきた。
雄々しい(副音声からするとメスのようだが)外見には似合わない、それはもう媚び売りまくりのあざといポーズだ。
くっ、かわいい。
「……!?」
ふんすと鼻息も荒く、とっちめる気満々だったシンクの歩みがぴたりと止まった。
尻尾から手を放して顔を覗き込むと、シンクは普段ならとろんとしている目を大きく見開き固まっている。
そして今度はよろよろと、どこか覚束ない足取りで雷虎への歩みを再開した。
……両手を前に出してわきわきしながら。
「Gaooooooooooon!?(ちょ、なんかその竜の子怖いんですけど。ねえ私の声聞こえてる!? そっちの使徒の子は聞こえてるよね? 竜の子を止めてよー!)」
「えっ? いやまあ、止める必要はないかなあ」
雷虎はシンクのただならぬ気配を誤解しているようだ。
それでも逃げる気はないようで、必死に敵意がないアピールをしていた。
へそ天のまま四肢をぴんと伸ばして気をつけの姿勢。
そこへシンクがゆっくりと近づき、一気に飛び掛かった。
「Gyaooooooooooo?(きゃああああああ……あれ?)
「ふわあああああああ」
はい、久々にふわあを頂きました。
雷虎の白くて大きくてふわっふわの腹にダイブしたシンクが、幸せそうに頬ずりしている。
うんそうだよね。
敵意がないへそ天の虎なんて、シンクからしたらもうただのでかい猫だよね。
可愛いもの好きのシンクなら、へそ天になった瞬間に堕ちたなと思ったよ。
とっちめる結果にはならなかったが、これはこれでストレスになっていそうだ。
「Gyaooooooooooo?(これはどういうことー?)」
困惑する雷虎が僕に説明を求める視線を向けてきた。
仕方ない、答えてあげよう。
「言えることはひとつ……僕も肉球触っていい?」