「先日はたいしたおもてなしも出来ず申し訳ありませんでした」
「いえいえ、僕たちにも急ぎの用事がありましたので」
夕食が終わり僕とヘルカ、トレーズとシヴァンは食後の紅茶を飲みながら会談を続けている。
美味しいものをたらふくご馳走になり、すっかり眠くなったシンク、フィン、ユキヨはルリムに任せて一足先に客室に戻ってもらっていた。
「ヘルカリード殿もお元気そうで安心しました。シヴァン殿を見ていたかから理解しているつもりでしたが、〈地母神〉の神殿に入られる前と変わらず少女のように若く美しいままだ」
「そういうトレーズ様はすっかり素敵な大人ね。これが人族と竜人族の寿命の差かしら。もう昔みたいにヘルカ姉とは呼んではくれないの?」
「お、それはいいな。私もまたシヴァン兄と呼んでもらいたいものだ」
「はは……この老いた見た目でお二方を兄姉呼びはさすがに変でしょう」
ふむ、どうにもこの三人の関係は不思議だ。
寿命の差もそうだが、トレーズがシヴァンとヘルカを敬っているのがおかしい。
方や現在のこの地を治めるモーリュ辺境伯家の次期当主で、もう片方は滅ぼされた某国の元王子と王女だ。
どう考えても前者のほうが立場は上だし、滅ばされたシヴァンたちから見ればトレーズは憎む相手ではないのだろうか。
「三人は随分と仲が良いみたいですね」
「敵同士なのにおかしく見えるかい? 使徒殿。そうだね、もし三十年前にモーリュ伯爵家がこの地に来ず、ドラスト子爵家の支配が続いていたなら、とっくに帝国へ反旗を翻していただろう」
「三十年前……ということは、最初の十年くらいは違う貴族、そのドラスト子爵家というのが統治していたのですか?」
「その通りだ。ドラスト子爵家は排他的で、悪い意味で典型的な貴族だったのだよ。ヨルドラン帝国の皇族の末席に連なる貴族なのだが、旧ラディソーマ王家と国民を虐げ圧政を敷いていた。帝国の本領から人を流入させ、現地人である旧国民を奴隷のように扱った。元王族としてこれほどの屈辱はなかった。特に怒り狂うヘルカを抑えるのに苦労したよ」
そう聞いてヘルカの方を向けば、当時を思い出しているのか可憐な顔に怒りを滲ませていた。
「今でも昨日のことのように思い出せるわ。兄上が止めなければ、あの憎きドラスト子爵の顔面を引き裂いてやったのに」
「そんなことをすれば、旧王家と民の扱いは更に悪化していただろう。その後ドラスト子爵家が取り潰されモーリュ伯爵家が来たのだから、結果としては十年我慢して正解だった。圧政から救ってくれたモーリュ伯爵家には、敵ではあるが感謝しているんだ。それにトレーズとは子どものころから一緒に暮らしているから、もう家族みたいなものさ」
「そのドラスト子爵家ですが、外患誘致の罪で取り潰しになっています。ただそれが真実かはわかりません。前々から圧政を敷く悪しき貴族で有名でしたので、帝国の端であるこの地へ追いやられたのも、外患誘致という
「モーリュ辺境伯は不正を嫌い、実直な政治で評判だと聞いていますが」
僕が前にヘルカから聞いた情報を口にすると、トレーズは苦笑いを浮かべていた。
「実直すぎるのも貴族としては良くないのですよ、〈神獣〉様。清濁併せ呑むバランス感覚が貴族には必要です。父リカルドにそれはなく、真面目過ぎて帝都を追い出されました。いずれドラスト子爵家のように何らかの理由で粛清されるために」
「うーん、今更だけど貴族って面倒くさいなあ。見栄やプライドが邪魔をしてやり取りは婉曲なのに、失敗した時は一発退場。極刑だけが責任の取り方じゃないでしょう。自分の失敗は自分で取り戻させるようにすればいいのに。本人たちはまだしも、それに巻き込まれる下々が可哀そうだよ」
一発で
もっと
「失敗については面目ありません。独立戦争を大義名分とした粛清は帝国の筋書き通りで、何年も前から把握していました。当初はそれを受け入れ、父と私を含めた最小の軍を編成して討ち取られるつもりでしたが、状況が変わってしまいました」
「アレフおじ……初代ラディソーマ国王アレンフリューズ様が現れたせいですか」
「いいえ、確かにアレンフリューズ様の出現は想定外でしたが、そうでなくても私たちは本気で独立戦争を仕掛ける気でした」
あれ、そうなの?
でも確かにアレンの出現より先に、領外から兵士代わりのならず者を集めていたな。
これにはヘルカも疑問を覚えたようだ。
「それは本当なの? リカルド様が帝国に、いいえ皇帝に逆らうとは思えないわ。だって私にはいつも皇帝の命令であればどんなことでも、たとえ逆賊として葬られることになっても、帝国の繁栄に繋がるなら構わないと言っていたのに」
ヘルカはリカルドのことを帝国のためなら汚名も被る人だと言っていた。
またトレーズは典型的貴族で、平民を見下し気味で野心もあると聞いていたが、実際に話してみるとそうでもないような気がする。
「父も昔は苛烈な性格でしたが、年を追うごとに牙が抜けて、すっかり丸くなってしまいました。帝国のために民に尽くしていましたが、次第に民そのものへ尽くすようになっていきました。三十年もこの地で暮らせば、もうここが故郷のようなものです。情が湧くのも当然でしょう」
「つまり民のために独立戦争を本気で起こすと。でもそれが何故民のためになるんです? 戦争を起こせば民にも被害が出ると思うけど」
「それはこの地が粛清用だからです。モーリュ辺境伯家が粛清された後、また別の粛清予定の貴族が派遣されてくるでしょう。次の領主や、そのまた次の領主がドラスト子爵家のように圧政を敷いた挙句に粛清されたりすれば、民をひたすらに苦しめるだけです。だから帝国から独立して、自分たちで直接民を守ることにしたのです」
ふうむ、なるほど。
現状だけを見ればトレーズたちだけ粛清されれば被害は最小限だが、中長期的に見れば帝国から独立したほうが民のためになるというわけか。
トレーズもこう言っては失礼だが、見た目の印象からすると腹に一物もっていそうだったが……。
「トレーズさんも若い頃より丸くなりました?」
「え? そうですね……若気の至りはあったかもしれません。帝都から辺境への都落ちでしたから、今思えば子どもだった私は不満を隠しきれていませんでしたね。シヴァン殿とヘルカリード殿からは可愛げがなく見えたでしょう」
「そこも含めて可愛い弟分だったぞ」
がははと笑うシヴァンの後ろで、ヘルカは僕の質問の意図を理解しておろおろしている。
大丈夫、ヘルカのトレーズへの辛口評価は黙っておくから。
「人種は三十年足らずで姿も心も変わってしまうのね」
取り繕うわけではないだろうが、長命種故の特大のジェネレーションギャップを感じてヘルカが寂しそうに呟いた。
「それは仕方のないことです、ヘルカリード殿。時の流れだけは種族を問わず平等に流れるのです。なので〈混沌の女神〉の使徒である〈神獣〉様からすれば、我々の人生など小指の爪程の長さなのでしょうね」
いやいや、生前を合わせても僕がこの中で一番若いよ?
見た目通りではないし、説明するとややこしいからしないけど。
「というわけで、絶対に負けられない戦いがここにある! だからアレンフリューズ様が現れた時は神の思し召しだと思ったのだがなあ」
某BGMが聞こえてきそうなセリフを言うシヴァン。
追加で「むむむっ」とか言い出しそうだ。
「むしろ神的には許されないですよ。現地管理者の〈較正神〉を退けたとしても、この第四大陸全体を管理する〈地母神〉が黙っていないかなと」
「やはりそうか……」
アレフが退いた本当の理由は言えないが、アレフが地上に干渉し続ければ大事になっていたかもしれない。
ラディソーマ建国当時にカレー券は確実に一枚貰っているだろうから、今回は大人しくしてもらおう。
ただ戦争となれば、セリとリン兄妹のような被害者が増え続ける。
できるならなんとかしたいが、僕にできることなんて知れてるしなあ……。