ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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355話:少年とタカビーの原罪

 アトルランの人々にとって、神々の力は加護によって身近に感じていても、神の存在そのものは滅多に姿を現わさないので縁遠いようだ。

 もし自分の目の前に光臨しようものなら、感激のあまり五体投地してしまうくらいらしい。

 神々に振り回されている僕からすると、ちゃんちゃらおかしいのだが。

 

 リカルド、トレーズ、シヴァンと会談をした翌朝、僕たちは〈混沌教〉の本神殿に帰るため旧ラディソーマの王宮を出立した。

 季節は冬だがこのあたりはそこまで寒くなる地域ではなく、体感温度も十度は越えている気がする。

 

 天気は晴れ、そして無風。

 日光のおかげでぽかぽか陽気の小春日和。

 

 元道産子で寒さに慣れている僕としては、羽織っている外套(マント)を脱ぎたいくらいだ。

 若かりし頃、三月に東京へ遊びに行った際、みんな冬物のコートを着ていて驚いた記憶がある。

 確か気温は二十度手前くらいだったはず。

 

 僕としては上着を脱ぐどころか、シャツの袖を捲りたいくらい暖かかったのだが、一人でそれをやっていると明らかに浮くので我慢したんだよね。

 そして現在も似たような状況に置かれている。

 

「駄目ですよトウジ様。外套を脱いだら風邪を引いちゃいますよ」

 

 馬車の練習と称して御者のルリムの膝の上に座ったのが良くなかった。

 陽気と外套、そして全身を包み込むようなルリムのぬくもりで額にはうっすら汗が滲んでいる。

 

 確かに今外套を脱いで汗を冷やしてしまうと、体も冷えてしまいそうだ。

 ……次の休憩の時に御者台から降りよう。

 

「ところでその体で日に当たって暖かいの?」

 

『暖かいわよ』

 

 サシャの声で返答がある。

 僕とルリムの隣で、〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉が日向ぼっこをしていた。

 仰向けになって御者台に寝そべり微動だにしないので、某荒巻なんとかさんみたいになっている。

 

『天日干しした布団に包まれているような感じかな』

 

 などとレジータの声が聞こえてきたが、そりゃあホロカちゃんぬいぐるみは布団と同じ布と綿でできてるからね。

 布団に包まれるというか布団そのものだ。

 

「油断しすぎて鳥に攫われないようにね」

 

 ふと生前にネット上で見た投稿動画を思い出す。

 砂浜で手に持ったぬいぐるみをアップで撮影していると、餌と勘違いした海鳥にぬいぐるみを連れ去られるというものだ。

 あの動画と同様に鳥に連れ去られるホロカちゃんを想像してしまう。

 

 頭を鳥足にむんずと掴まれ、一瞬で視界から消失、そして餌じゃないとわかると上空でリリースされる。

 ウワーッ! からのビターンである。

 なんだ、やっぱり某スカルチノフさんじゃないか。

 

『何一人でにやにやしてるのよ。気色悪いわね』

 

 仕方ない、なんかうるさくてざんねんなやつのサシャの代わりに上空を警戒して……見上げると空に何かが浮かんでいた。

 噂をすれば影で、本当に鳥が現れたのか?

 

 現在は人間の姿なので〈コラン君〉の時のように遠くまで見えない。

 それは黒い点にしか見えなかったが、こちらへとゆっくり降下する動きなので鳥ではなさそうだ。

 ならばフライングヒューマノイドか? モスマンか? それともスカイフィッシュか?

 

『今度はあいつか。何の用かしら』

 

 寝そべっていたホロカちゃんがむくりと起き上がり、空を睨みつける。

 黒い点の正体が、徐々に明らかになった。

 それは見覚えのある黒ずくめの女だ。

 

 黒の上下のスーツ姿で、スカートから伸びた足も黒タイツに覆われている。

 ハイヒールも黒、ショートカットにしている髪も黒。

 瞳も黒の細目美人だが、唯一耳元で揺れるイヤリングだけが翡翠色の輝きを放っている。

 

 その黒ずくめの女こと〈較正神〉は両腕を胸の下で組み、こちらを見下ろしながら目の前に降りてきた。

 現在位置は街からはだいぶ離れた街道で、僕ら以外にも通行する人や馬車はいたはずなのだが、いつの間にかいなくなっている。

 何か人払いの結界でも張っているのだろうか。

 

 雷虎よりはかなり穏便な登場の仕方である。

 ルリムが馬車を止めると、〈較正神〉は上空三メートルくらいのところで浮いたまま、偉そうに言い放った。

 

「そこの〈混沌の女神〉の使徒に話があります」

 

「はあ、なんでしょう?」

 

「ラディソーマ竜王国の再興に協力しなさい」

 

「はあ」

 

『ちょっと待ちなさい! 何を普通に下界に干渉しようとしてるのよ』

 

 声を荒げたサシャに〈較正神〉が冷ややかな視線を向けた。

 

「私は干渉しません。干渉するのはそこの使徒です。そんなことも分からないから男神に見向きもされないのでしょう」

 

『は?(威圧) それは今は関係ないし。喧嘩売ってるのか? ああ?』

 

「まあまあ落ち着いて」

 

 二足歩行の狐のマスコットなのに四つん這いになって、やんのかステップを繰り出そうとしているサシャを抱きかかえる。

 ラディソーマ竜王国の再興に協力ねえ……。

 

「それはモーリュ辺境伯側として独立戦争に参加しろってことですか? 僕としては戦争反対なのですが」

 

「手段は問いません。戦争でも戦争以外でも構わない。最終的にラディソーマ竜王国が再興すればいいのです」

 

「それはアレフ。アレンフリューズへのポイント稼ぎですか」

 

「なんのことでしょう? この地を管理する者として早期解決を望んでいるだけです」

 

 ポーカーフェイスを維持する〈較正神〉であったが、片方の柳眉がぴくりと動いたのを僕は見逃さなかった。

 いやいや図星なんでしょう?

 

「早期解決を目指すなら帝国側に加担したほうが早いですよ。戦力は帝国側のほうが圧倒的優位なので」

 

「それではこの地の人種の多くが命を落としてしまいます」

 

「やっぱりアレンフリューズの元国民たちが大事なんじゃないですか。さっき戦争でもいいって言ってましたけど、帝国側の人たちはいくら死んでもいいんですね?」

 

「と、とにかく使徒は神の言うことを聞いていればいいのです!」

 

 僕に指先を突きつけ、高飛車に命令してくる〈較正神〉。

 うーん、この神も早々にメッキが剝がれたなあ。

 

「それに無報酬でとは言いません。私は〈較正〉を司り、偽りを正す神。協力してくれるなら、その不自然に作られた貴方の姿を元に戻してあげてもいいでしょう」

 

「なん…だと……」

 

 突然現れたゴールに、僕は思わず身を乗り出す。

 もう、ゴールしていいよね。

 

「貴方も早く戻りたいでしょう? あの〈コランクン〉という神獣の姿に」

 

「ズコー」

 

「あっ、トウジ様」

 

 そのまま御者台から転げ落ちそうになってしまい、ルリムが慌てて僕を抱きとめた。

 違う、そうじゃない……いやここでは〈コラン君〉が正しい姿か。

 僕の本当の姿は三十歳のおっさんなのだが、この世界ではそれを知る者は一人もいないのだから。

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