僕が少年の姿になっているのは、暴走した〈コラン君〉から人格を取り戻すための緊急避難だ。
だから〈較正神〉に〈コラン君〉の姿に戻してもらっても、再び人格を奪われてしまうだけなので意味がない。
ちゃんと〈コラン君〉の製造者である猫(混沌の女神)が責任を取るべきである。
「この姿は自力でなんとかするので大丈夫です。それに協力しろと言っても、僕に帝国を説得できるとは思えないのですが」
「貴方は自分の能力を過小評価しています。使徒という立場は、下界に干渉できる存在の中でも上位の存在。内包している魔力を解き放つだけで人種の国を制圧することも可能です」
そうかなあ? 過去の対戦成績を思い出してみる。
外様の神や竜族は除外するとしても、第三位階冒険者のシナンといい勝負で、第一位階冒険者のオグトには劣勢だった。
【暗影神の加護】を持つ〈影の狩人〉には殺される直前だったし。
「納得のいかない顔をしていますが、貴方は本当に自分の力を有効に使っていますか? 心のどこかで力を抑えていませんか? 〈コランクン〉という姿形に囚われていない今なら、より多くの魔力を自由に扱えるはずです」
おおっと、〈コラン君〉の姿はまさかの
いやでも〈四次元頬袋〉や〈商品〉を取り寄せたりする固有の能力が便利なので、それらに膨大な魔力のリソースが割かれていたとしても不思議ではないか。
「ラディソーマ竜王国の再興の方法は任せます。神に人種の国政といった些事はわかりませんから」
些事って言っちゃってるけど、それが〈較正神〉が心証を良くしようとしているアレフにとって大切なものだと気付いていないのかね?
ちょいちょい高慢さが見え隠れする神様である。
「協力してくれるなら報酬の前払いとして、成功報酬とは別にして私の管理域においての制空権を与えましょう」
「制空権?」
「つまり、空を自由に飛んで良いということです」
はい、タケコ……じゃないか。
〈較正神〉の視線の先には、馬車の窓から身を乗り出し、僕らの会話を黙って聴いていたシンクの姿があった。
「竜のすがたで飛んでいいの?」
「特別に許可しましょう。ただし人種に姿を目撃されない高高度のみです」
「ふおおおお」
故郷であるリージスの樹海を出てからは、竜としての力を制限されがちなシンクである。
本人は主張しないがストレスはそれなりに蓄積しているようで、最近は行動が暴走気味にもなっていた。
一応 〈残響する凱歌の迷宮〉の内部で竜の姿に戻り、空を飛ぶ機会を儲けてはいるが、迷宮の疑似的な空と本物の空では解放感も違うか。
というか本人が目をきらきらさせ、すっごく嬉しそうにしているので、もう断れない雰囲気が出ている……。
僕とシンクの反応を見て〈較正神〉は手ごたえありと判断したのだろう。
畳みかけてくる。
「まず帝国と話し合いを望むなら、その場を私が設けます。神託を下すので帝都の王宮に空から訪問するとよいでしょう。先ほどは高高度のみと言いましたが、特別に王宮には竜のまま降りることを許可しましょう」
完全に示威行為じゃないですかやだー。
「はあ……分かりました。話し合いまでなら協力しましょう。それで駄目でも知りませんけど」
「成功した時の報酬はどうしますか? 希望があれば言ってみなさい」
「う~ん、それでは―――」
というわけで、急遽帝都行きが決定してしまった。
満足そうに帰っていく〈較正神〉を見送り、ひとまず予定通り〈混沌教〉の本神殿まで戻った。
準備を整え翌日には帝都へ向かうことになる。
通常なら馬車での長旅になるが、今回は竜の姿に戻ったシンクの背中に乗ってひとっ飛びなので、その気になれば日帰りも可能だ。
皇帝との交渉次第だが、こちらも《神降ろし》が控えているので、さっさと終わらせてしまいたい。
ちなみに帝都近郊のラーナムまでなら、ルリムの《長距離転移》で行けるのだが、空を飛べることになってうっきうきのシンクには言えぬ……。
「えっ! シンクちゃんの背中に乗って帝都まで行くんですか! いいなあ」
そう言いながら僕を膝の上に乗せて頭を撫でてくるのは、〈混沌教〉の巫女服姿のリリエルだ。
熾烈な? 《神降ろし》の巫女争奪戦に勝ち抜いた彼女であったが、裏事情というか真実のところは消去法で選ばれただけである。
他の候補としてヘルカとジュリアがいたのだが、その二人は神殿の運営管理等で忙しい。
二人とも巫女という役目を栄誉と捉えていて意欲的だったが、他者に仕事を押し付けてまで巫女をやってもらうのはよくないだろう。
一方でリリエルは僕の同行者という立場なだけで、ぶっちゃけ暇をしている。
護衛という側面もあるが、それはシンクやフィン、ユキヨで間に合っていた。
一応リリエルを積極的に選んだ理由もある。
リリエルは過去に〈混沌の女神〉と邂逅していて、死にかけたところを助けられている。
その際に失った右腕を〈混沌の女神〉の力で再生され、髪色も淡黄色から銀色に変化していた。
つまり体が〈混沌の女神〉の魔力に馴染んでいるのだ。
さらに当人から「混沌の巫女になってもらうよ」とも言われていた。
一見すると予言のようだが、そもそも巫女になって《神降ろし》するのは〈混沌の女神〉のやらかしを咎めるためだから、多分これは偶然だろう。
《神降ろし》は新月の夜に行われる。
〈混沌教〉の本神殿にある月至の祭殿にて、新月になる五日前から儀式が始まる。
祭殿中央の霊廟に〈巫女〉が籠り、その周囲を他の信者が囲い、祈りと魔力を交代で捧げ続ける。
そして新月の夜を迎えると霊廟と月へ至る道が開かれ、神が〈巫女〉の体へ降臨する、という流れだ。
新月は七日後に迫っており、既に儀式の前段階に入っている。
最近復活した浴場で身を清め、日没から夜明けまでは断食もしていた。
というか断食とかいる? 降ろされる神そこまで考えてないと思うよ(真顔)。
どちらかと言うと、こういうのは降ろす側、儀式をする側の気持ちの問題なのかもしれないな。
「断食とかいりますかねえ。お酒も飲めないからしょんぼりですよ」
気持ちの問題……。
「最近飲み食いしすぎで腰回りが、とか言ってたじゃない。儀式のついでに減量できてよかったじゃん」
「あははははははは嫌だなあトウジ様、私は太ってないですよ。ほらほら触って確かめてください」
「ちょっ、やめっ」
ハラスメントを仕掛けてくるリリエルから逃げまどい、日暮れ前の早めの夕食を済まし、添い寝をせがまれたのでその日は一緒に寝た。
僕のせいで巫女をやらせてしまっているので、多少サービスはしないとね?
いつも通りのリリエルといえば、いつも通りなのだが。