「大丈夫ですか!? トウジ様」
「う、うん、だいじょうぶ……」
僕は今、オーディリエの腕の中でぐったりしている。
何故そんなことになっているかといえば、ほんの十数分前の僕が迂闊だったからだ。
「ねートウジ、ちょっと空とんできてもいい?」
「いいけど、地上に迷惑かけないように空の高いところを飛ぶんだぞ」
人を背中に乗せたら自由に飛べないからだろう。
シンクが事前に自由飛行の申し出を受けた。
まあ〈較正神〉の許可を得ているしいいだろうと返事をしたのだが……。
「あー! 私も行く!」
(ユキヨも~)
「てかトウジも行こうよ! きっと楽しいよ」
(そうだよ~)
なんてフィンとユキヨが言うものだから、ジェットコースター感覚で参加したのが致命傷となる。
竜族の本気の飛行はやばかった。
急加速、急旋回、急上昇、急停止のオンパレードで、戦闘機のパイロット並みの、いやそれよりも強烈なGを体に受けるはめになってしまったのだ。
「うおおおおおおおおお、ストップ、一回ストップ! 死ぬっ。死ぬからっ」
「Gyaoooooooooooooooon!(ん”---------ッ!)」
「きゃああああたーのしーーーーーーー」
(あ~~~はははははは)
アクロバット飛行に夢中で、三人に僕の言葉は届かない。
シンクの体を覆っている謎障壁のおかげで気圧と気温は維持されているが、Gに関しては対象外。
調子に乗ったシンクが成層圏まで上ったのだろう。
上空は暗く、弧を描く地平線には青白い大気の層が見えた。
その頃には僕の意識は朦朧としていて、視界がモノクロから真っ暗になりつつあった。
ここでようやく僕の異変に三人が気が付き、慌てて地上へと降り始める。
というかフィンとユキヨは何故平気なんですかね。
体が小さいからGの負担も少ないのか? なんてぼんやり考えながら意識を手放した。
そして目を覚ますと地上でオーディリエに抱きかかえられていたというわけだ。
内臓を損傷して吐血したのか、僕の口元とオーディリエの胸元が真っ赤になっている。
気を失っている間に治癒魔術と、緊急時のために保存してあった〈コラン君〉謹製の回復アイテムである〈ハスカップ羊羹〉のかけらが口に突っ込まれたようで、体は問題なく回復していた。
しかし強烈なGに晒された恐怖の記憶が蘇り、体はがたがたと震えだす。
本当に迂闊だった。
誘われたからって考えなしに竜の本気の飛行に付き合ってはいけなかった。
〈コラン君〉の体ならまだ耐えられたかもしれないが、今はただの子どもの体なんだし。
さて、自身のメンタルもだが、それよりも先にケアしないといけないのは、オーディリエに引っ付いている僕の背中に引っ付いているシンクだろう。
気合で体の震えを止めてシンクに向き直ると、その顔は涙と鼻水で酷いことになっていた。
自分のせいで僕が死にかけたことに相当ショックを受けているようだ。
「ごべんなさい」
「や、やるじゃない(ニコ…)」
カラ元気で笑顔を作ってシンクを抱きしめた。
服が涙と鼻水と血糊でえらいことになるが今は気にしない。
落ち着いたら「やべー」(やっちまった)といった感じでばつが悪そうにこちらの様子を伺っているフィンとユキヨに、《洗浄》の魔術で綺麗にしてもらうからな。
なんてこともあったが、改めてシンクの背に乗って帝都へと向かう。
シンクはおっかなびっくりだし、僕は体が再び震えだしたりするのも仕方ない。
こっちのタイミングでよいので帝都の皇帝がいる王宮に向かえば、〈較正神〉が先方には神託で通知してくれるそうだ。
そこまでやるならもう神の名においてラディソーマ独立を命令しちゃえばと言いたいが、直接干渉はNGという神々のルールがあるためできない。
ただ直接でなくても〈較正神〉の指図で僕らが現れれば、帝国としても〈較正神〉の意向については理解するだろう。
直接干渉されないとはいえ、神の不興を買うのは現地人からすると忌避しそうだが、果たして帝国はどうだろうか。
ちなみに皇帝との交渉にあたって僕に作戦はない。
ノープランだ。
だって僕に国の長と交渉できるような情報も手腕もないもの。
強いて言えば相手からどうすればラディソーマ独立を許すかの条件を聞いて、お互いが納得できる妥協点を探すことが作戦だろうか。
王宮には僕とシンク、フィン、ユキヨ、オーディリエ、そして神二柱が憑依した〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉で乗り込む。
リリエルは巫女の準備で忙しいし、ルリムとアナは魔術具でカムフラージュしているが邪人なので、本人たちには申し訳ないが余計なトラブルを避けるために残ってもらった。
ヘルカは僕らが擁護する旧ラディソーマの王族なので、こちらも待機をお願いした。
当事者がいると感情的になり話がこじれる可能性もあるので、あくまで第三者として仲裁するスタンスのほうがいいだろう。
「面倒ごとに巻き込んじゃってごめんね」
「いいえ、トウジ様の行くところであれば何処へでもお供します」
初めての空の旅に緊張していたオーディリエも、今は眼下に広がる雲海を珍しそうに眺めていた。
「でも相手はヨルドラン帝国の皇帝だから憎いでしょ。だってオーディリエの故郷は……」
オーディリエの故郷は帝国によって滅ぼされている。
小さい集落だったらしいので、皇帝も直接は知らないことかもしれないが原因には違いない。
故郷を失ったせいでオーディリエは娘と共に冒険者となり、悪人に捕まり娘を失ってしまった。
なので皇帝はその遠因でもある。
色々な意味で簡単に復讐できる相手ではないので、もし皇帝と会いたくなければ来なくていいと伝えたが、オーディリエは首を横に振った。
「恨みがないと言えば嘘になります。ですが仮に相打ち覚悟で復讐を遂げたとしても、帝国が荒れて余計な混乱を起こし、結果的に国民を不幸にさせてしまうかもしれません。帝国には古い友人やマリウス様、クルール様たちがいます。彼らを思えば迂闊なことはできないでしょう」
「そっか。ならせめてこれ以上被害が出ないように、他国への侵略を止めるよう説得してみようか。あとオーディリエの妹も探させよう。皇帝命令ならすぐ見つかるんじゃないかな」
オーディリエの妹は生きている唯一の肉親で、故郷が滅ぼされる前に人族の男と駆け落ちした。
なので今もどこかで生きているはずだった。
前々から探すと言って全然探せてないので、こうなったら使えるものは何でも使ってやろう。
「さすがに今回の目的とは関係なさ過ぎませんか?」
「〈較正神〉のお願いでやってるんだから、多少強引でもいいさ。問題は話のもっていき方だけど、まあ頑張るよ」
「……ありがとうございます」
僕が力強く頷くと、オーディリエは嬉しそうに微笑んだ。
普段のオーディリエは天真爛漫なルリムとは違って、あまり感情を表に出さない。
だからこの笑顔は不意打ちだった。
もしかしたら辛いことがある前は、こんな風に笑っていたのだろうか。
なんて考えてしまうと涙腺が潤み、目から汗が出そうになってしまう僕(おっさん)であった。