「強者の考え、ですか……」
あまり自覚はしていなかったが、一般人と比べたら僕は強者側なのだろう。
それに僕の周りには常に僕より強い存在がいて、守られているという安心感がない、と言えば嘘になる。
例えば僕が〈コラン君〉ではなく生前の益子藤治の姿で、加護や魔術も使えず仲間もいない状態でリージスの樹海に放り出されたとしよう。
……うん、最初に遭遇した灰色狼に食い殺されていたな。
どうにかこうにか樹海から脱出して、どこかの村や町で暮らし始めたとする。
それで隣人が自称善人の邪人だったならばどうだろう。
普段は友好的であっても、意見が違えて口論となることもある。
殺意とまではいかなくとも敵意を向けられた時、僕は僕を一方的に屠れる相手に毅然とした態度を取れるだろうか。
僕の目標は益子藤治の姿に戻ることなので、〈コラン君〉の力を失う覚悟はしているつもりだ。
だが益子藤治という弱者の姿で、この異世界で独り立ちして生きていく覚悟は本当にあっただろうか。
ずっとフィンやシンクの力を頼ろうとしていなかっただろうか。
「トウジ殿の考えは間違えではない」
己の浅はかな考えに打ちひしがれていると皇帝が言葉を続ける。
「帝国の民全員の安寧を望むのであれば、民一人一人の声を聞き、個別に対処していくしかない。だがそれには大きな労力と歳月を要する。帝国の法である程度は制御できるが、末端までは行き届かない。故に旧ラディソーマ、現モーリュ辺境伯、及び周辺の反乱分子を粛清があったのだ」
「結局多数のために少数を切り捨てる、ということになるんですね」
「第二皇女エルメア様がいらっしゃいました」
ここでようやく皇女の登場となった。
扉が開くと、一度見たら忘れられないインパクトのある少女が立っている。
黄金色の髪に瞳に
前回は質素なのに高級感が漂う薄桃色のドレスを着ていたが、今回は白を基調としたドレスだ。
装飾として細かいレースや宝石が散りばめられていて、目がちかちかする。
そして燦然と輝くのは小さい顔の左右で揺れる縦ロールであった。
護衛としては前回もいた鼠人族のグレッタが侍っている。
相変わらずとにかく目立つ黄金の鎧を着込んでいて、室内なのにフルフェイスの兜を装着していた。
何故それでグレッタと分かるのかといえば、兜の頭頂部に鼠耳用の丸い膨らみがあるからである。
それにしてもいったい何座なんだ……って前回も思ったな。
エルメアは僕を見ると一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔に戻った。
「〈較正神〉に選ばれし使者であり、〈混沌の女神〉の使徒たるトウジ様。この度は遥々このような所にお越しいただき、ありがとう存じます。そして帝国内部の不和に巻き込んでしまい、大変申し訳ございません。この償いは私が妻となり、トウジ様に誠心誠意お仕えしますので、どうかお許しください」
「あの、まだ同意はしていないので……」
「やっぱりグレッタのほうがいいですか?」
「いえ結構です……」
またもや本人の与り知らないところで断られたグレッタが、ぷるぷると震えながら腰に下げた剣の鞘に手をかける。
同情はするが今回もエルメア皇女の戯れなので我慢してほしい。
「ふぁめ……トウジは私と
それまで帝国の高級お菓子に夢中だったシンクが、条件反射のように声を上げる。
崩れやすそうなクッキーを沢山頬張っていたので、テーブルの上にクッキーのかけらが大量に落ちていた。
「皆で結婚、番になればよいのです」
「ん、ならいい」
いいのか……いやよくないよ? 僕の意思は?
エルメアはエルメアで番という若干ワイルドな表現に頬を赤らめていた。
「本当に人の姿になられましたのね」
「これは仮の姿ですが」
真の姿は三十歳の冴えないおっさんである。
その姿を見たらきっと政略結婚すら嫌になるはずだ。
「やはり早く〈神獣〉様の姿に戻りたいのですね」
「ええ、まあ……」
本当はそっちではないのだが、僕が転生者の益子藤治であることは非公表なので、誤解させたままにしておく。
で、何故エルメアは両手を前に出してわきわきしているのだろう?
「エルメア様?」
「私のことは呼び捨てで構いませんわ。未来の旦那様ですし、まだ幼いですしいいですわよね」
などと言い訳めいたことを言いつつ、豪奢なドレスを着ているとは思えない軽妙な足取りで僕の前までやってきた。
そしておもむろに抱き上げ、頬ずりしてくる。
「!? エルメアさマ、ナリマせん!」
「うふフ、可愛いいデスわね」
『え、なんだ急に』
グレッタが慌てているが、僕も慌てている。
急にグレッタやエルメアの言葉が聞き取りにくくなったからだ。
「あら、トウじ様のことばガ」
だが同時に僕の言葉も二人には聞き取れなくなったようなので、原因は判明した。
『《意思伝達》が解けたのか。でも何故だろう?』
僕はこの世界に転生する時に、猫こと〈混沌の女神〉に〈コラン君〉というゆるキャラをモチーフにした加護を与えられている。
戦闘能力を含めて色々な便利機能はあったが、何故か言語の翻訳機能がない。
なので最初に出会った異世界人であるフィンとのコミュニケーションに苦労した。
現在は翻訳機能のある魔術 《意思伝達》を毎日かけてもらっている。
そのおかげで僕の日本語も勝手に翻訳されて皆と普通に会話できていたが、何故か突然解除されたようだ。
「あッ、ワたくしのせいですわ。申シ訳あマません。アん殺や洗脳ぼうシのために解じゅの指輪をしテイますの」
『なるほど、さすがは皇族ですね。って今は日本語だから通じないか……あれ?』
ここで僕はもう一人慌てている、というか驚いている人物がいることに気が付いた。
立ち上がり目を見開いて僕のことを見つめている。
それは皇帝グルエルだった。