ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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363話:少年と天帝妖狐

 帝都から〈混沌教〉の本神殿へと帰ってきた日の深夜のことだ。

 トイレに行きたくなって目が覚めた僕は、同じベッドでまとわりついて寝ていたフィン、シンク、ユキヨを引きはがして部屋を出た。

 

 本神殿の照明は魔力供給により管理されていて、現在は消灯モードになっている。

 ただし人感センサーのような機能もあるらしく、僕の動きに合わせて廊下に明かりが灯っていく。

 妙にハイテクである。

 

 子どもの頃の僕は怖がりだったので、廊下の明かりを全部点けないとトイレに行けなかったものだ。

 もちろん今の見た目は子どもだが、中身は大人なので怖くない。

 

 トイレを済ませて廊下に出ると辺りは再び闇に包まれていたが、僕に反応して頭上の明かりが点いた。

 半分寝ぼけたまま部屋に戻る道すがら―――暗い廊下の先に何かが見えた。

 

 大人ぐらいの背丈のある白い人影で、ぼんやりと佇んでいる。

 それが人ならばセンサーが反応して明かりが点くはずだ。

 点かないということはつまり……。

 

 寝ぼけ(まなこ)による見間違いだろうと、頭を振って目を凝らしてみたが、やはり何かがいる。

 神のお膝元である神殿でも幽霊は出るのだろうか? 悪霊の類ではなく神殿関係者だとしたらありえるのか? この世界の幽霊はアンデッドモンスター的な扱いでいいのか?

 

 色々な考えが脳裏をよぎるが、足を止めた僕を向こうは待ってくれなかった。

 白い影は水平移動してこちらに突っ込んでくる。

 

「ひぃぃぃぃ」

 

 これは大人でも普通に怖い。

 だから情けない悲鳴を上げても仕方がないと思うんだ。

 

 尻もちをついた僕を白い影が見下ろしてくる。

 遠くではわからなかったが、その人物の顔を僕は知っていた。

 

「え、皇帝?」

 

 ヨルドラン帝国皇帝グルエルだった。

 ただし顔は間違いなく皇帝で服装も日中に見たものと同じだが、全体的に薄っぺらい。

 まるで音楽室の作曲家の肖像画が額縁から飛び出してきたみたいだ。

 

「やはり間違いない。日ノ本の言葉じゃ。よもや故郷の言葉を意識しないと聞き取れなくなっているとは。この世界に馴染みすぎたか」

 

 皇帝が喋ったのか?

 それにしては甲高い声で女の子みたいだし、口調も変だ。

 

「てか日ノ本だって? それはまさか……」

 

「そうじゃ。皇帝とは世を忍ぶ仮の姿」

 

 不意に皇帝が消えた、いや、縮んだ。

 僕が視線を下げると皇帝が小さな女の子に変身していた。

 

 黒髪のおかっぱ頭に黒い瞳。

 頭頂部からは茶色い獣の耳が生えていて、淡い色調の貴族子女然としたドレスのスカートの裾から尻尾が飛び出している。

 

「嗚呼、今日という日をどれだけ待ち侘びたことか。日ノ本の同胞(はらから)よ! この世界で共に栄華を極めようではないか」

 

 そう言って尻もちをついたままの僕に抱き着いてくるが、こっちは未だに混乱状態だ。

 

「ま、待ってくれ。君は狐人族じゃないのか?」

 

「儂は妖狐。この世界の狐人族とは似て非なるものじゃ。お主も日ノ本の同胞なら妖狐一族が代々幕府を支えてきたことは知っておるであろう」

 

「妖狐……日ノ本……幕府……あー、大体わかってきたぞ」

 

 これはあれだ、ニール先輩と同じパターンだ。

 先輩異邦人であるニール・ノナカは、日本連邦国北海道第七師団特攻連隊所属(長い)の超能力を操る人造人間だった。

 

 もちろん僕の住んでいた日本は連邦国じゃないし、超能力も人造人間も存在しない。

 ニール・ノナカは並行世界(パラレルワールド)の日本からアトルランにやってきた異邦人だったのだ。

 

「まずは自己紹介しない? 僕は益子藤治。出身は北海道だ」

 

「儂は橘梓(たちばなあずさ)じゃ。ん、ほっかいどうとはどこじゃ?」

 

「蝦夷って言った方が伝わるかな。西暦何年にこっちに来たの?」

 

「おお、蝦夷か。儂がこの世界に来たのは今から60年前、1960年頃じゃな」

 

 うん、1960年まで江戸が続いているわけがないので、過去の日本ではなく並行世界の日本であることが確定した。

 というか西暦は通じるのか。

 

「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、僕は橘さんの同胞のようで同胞じゃないんだ」

 

「どういうことじゃ?」

 

「とりあえず、ここじゃ何だし場所を変えて話そうか」

 

 橘を連れてとある部屋までやってくる。

 そこでは窓から見える夜空の月を肴にして、夜行性のリリンが紅茶を飲んでいた。

 

「あら、こんな夜更けにどうしたの? その子は誰? また何処からか拾ってきたの?」

 

「藤治殿、この童女は何者じゃ? 何やら面妖な気配じゃが」

 

「彼女はリリンだよ。詳しい紹介は追々するとして、まずは落ち着こう」

 

 ないとは思うが、橘と敵対することも考慮してリリンの元へやってきたのだ。

 当然黙っておく。

 

「リリン、僕らにも紅茶を頂戴。あと饅頭も一個でいいから出してくれる?」

 

「人使いが荒いわね。別にいいけど」

 

 文句を言いつつも楽しそうにリリンが紅茶の準備をしてくれる。

 闇の眷属であるが故に他者との交流が限られるため、人恋しさはあるようだ。

 

 紅茶好きのリリンのために、この部屋にはお湯が作れる魔術具が備えてある。

 用意してくれたジュリアには感謝だ。

 

「紅茶を待っている間に饅頭でもどうぞ」

 

「饅頭って、あの饅頭か?」

 

 〈コラン君饅頭〉はこしあん入りのオーソドックスな饅頭なので、ほぼ同胞の橘の口に合うと思ったのだが……。

 橘は饅頭を一口齧ると、ぽろぽろと涙を零して嗚咽を漏らし始めてしまった。

 

「うぅ……すごく美味しい。懐かしい味なのじゃ。故郷を思い出す……皆は元気だろうか。60年も経っているから儂の知る者は既に死んでおるか」

 

「あーあ、トウジが泣かせた」

 

「いや、僕は良かれと思って……」

 

 泣かせたのは事実なので、反論はできなかった。

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