「来ちゃった」
「いや、来ちゃったじゃないが」
昨日の今日で再び梓がやってきた。
しかも時刻は夕方で、皆で夕食を採っている場面に颯爽と現れる。
「この子だれ?」
「ん、かわいい」
(あれ~?)
好奇心の塊であるフィン、シンク、ユキヨが食事を中断して梓を素早く取り囲む。
「耳と尻尾、触っていい?」
「いい?」
「いいけど優しく触るのじゃぞ」
「あら、こんな時間にどこの子かしら。トウジ様の知り合いなのですか?」
「ええ、まあ……」
ジュリアの質問に僕は曖昧に答える。
ここは〈混沌教〉の本神殿なので、住み込みではない信者の出入りがある。
その中には家族連れもいるので、たまにこういった子どもが迷子になることもあるそうだ。
「毛がふわっふわだー」
「うちの子にする」
「お、あっさり許可が取れたのう。やったのじゃ」
「いやいや、何の許可だよ」
(あれれ~? この感じなんだろう)
ユキヨが一人だけ首を傾げている。
彼女は
(あ、わかった~。こうて)
「ほらほら、食事中に行儀が悪いぞ。それにお互いに自己紹介がまだじゃないか。耳と尻尾を撫でるのは全部終わった後だ」
「儂は狐人族のアズサちゃんじゃ! よろしくなのじゃ。儂もご相伴にあずかってもいいかの?」
前回は貴族らしいドレス姿だったが、現在は質素なワンピース姿で一般人を装っている。
梓はちゃっかり夕食をご馳走になるだけでなく、食後は僕らの部屋にまでやってきた。
「おい、どういうつもりだよ」
「ん? ただ単に遊びに来ただけじゃよ? 前に言った通り儂は孤独だからの。こうやって誰かと食事を共にしたもの久しぶりじゃ。やっぱり食事は皆でわいわい摂るのが一番楽しいのう」
なんて言いつつ寂しそうな眼をするのはずるい。
改めてフィンとシンク、追加でアナに狐耳や尻尾を撫でまわされているが、お返しと言わんばかりにフィンの妖精の翅をつんつんしたり、シンクのひんやりとした竜の尻尾に触っている。
狐人族と名乗っているので、先日言っていた通り正体を隠すつもりなのだろう。
謎の亜人の子どもの突然の来訪だ。
ルリムやオーディリエといった大人たちは疑問があるだろうに、細かい追及はぜずに面倒を見てくれるのはありがたい。
一通り遊んで就寝時間になったところで、僕と梓はリリンの部屋へと向かった。
「あら、いらっしゃい」
「リリンお姉さん、煎餅を所望するのじゃ」
リリンの用意してくれた紅茶と、コラン君印の〈ジンギスカン煎餅〉をご馳走になる梓。
「お姉さんの紅茶は美味しいが、この独特な風味のある煎餅の愛称はイマイチじゃのう。緑茶が恋しいのう」
「さすがに緑茶はこの世界で見たことがないわね」
元孤児のリンと会話したい一心で、リリンはこの世界の言葉を遂に習得していた。
やはり目標があると何事でも励みになるようだ。
「む、お姉さんは緑茶を知っておるのか。闇の眷属とはいったい何者なんじゃ」
「この世界の人間が勝手に闇の眷属と呼んでいるだけだもの。そういう貴女も私の魔力を嫌がらないのね」
「儂は藤治と同じ異邦人じゃからな。魔力の質の差を感じ取れたとしても、違うというだけで忌避感はないのう」
「アトルランの人々が闇の眷属の異質な魔力を忌避するのは、長い年月をかけて得た進化の証みたいなものかもね。あれだよ、闇の眷属の魔力に忌避感を覚えない遺伝子を持つ個体は淘汰されて、忌避感を覚える個体は闇の眷属と遭遇したら逃げたり戦ったりするから生き残る、みたいな」
「いでんし?」
梓が聞いたことのない単語に首を傾げている。
彼女は西暦でいうところの1960年代にこのアトルランへとやってきているので、科学的知識は乏しいようだ。
「あー、ここは楽しいのう。毎日でも来たいのじゃ。片道三時間はかかるがの」
「往復で六時間も……。そういえば今日は早かったな。皇帝の仕事をサボったのか?」
「別に毎日忙しいわけじゃないからの。暇なときは姿や身分を偽って下町に下りたものよ。皇帝の玉座に座ってばかりいても、下々の実情はわからん。儂が下町を歩くと、どういうわけかよく事件に遭遇してのう。不正を働く貴族を成敗したり、人攫いの組織を壊滅させたりと大忙しよ」
「いやいや、どこの八代将軍だよ」
「八代将軍? そういえば藤治の日ノ本は儂の日ノ本とは似て非なる世界だったの。そちらの江戸はどんな江戸だったのじゃ?」
「日本史はあんまり得意じゃないんだが……まず江戸はなくなったぞ」
「な、なんじゃってー!」
暫くの間、お互いの日本の歴史について語り合う。
わかったのは妖怪がいる世界といない世界では、似たようなイベントが発生したとしても、結果はかけ離れたものになるということだ。
「黒船ぇ? そういえば母上が極大妖術【狐火焔】で焼き払ったり追い払ったりしてたかのう」
「あらら、開国失敗したのね……」
「っと、そろそろ帰宅の時間じゃ。そういえばモーリュ辺境伯たちにもう相談したのか? 結論は出たのか?」
「出たけど、今聞くのか?」
「別にええじゃろ。むしろ先に聞いておいて、根回ししておいたほうがお互いに楽じゃろ。ああ、帝国に不利だったり騙す内容でも構わないからすべて教えてくれ。それを踏まえて儂は藤治の益になるよう動くからの」
と言うので僕は要職に数年だけ就き、結婚ではなく婚約までで妥協して欲しい旨を伝えた。
「ふむ、まあそんなところじゃな」
「いいのか? その場しのぎのような返事だけど」
「最低限の体面は保てるし、数年後の状況もまた変化しているかもしれんしの。何ならその時に正式に藤治が国に残り儂を娶ればよいのだ」
「ヘルカと同じことを言うねえ」
梓の僕への執着は、ほぼ同じ? 日ノ本の同郷だからだ。
僕もまた故郷に帰れない身で共感できるから無下にできなかった。
数年後のハンサムな僕が、突如打開するアイデアをひらめくことに期待しよう。