370話:ゆるキャラと絶望半島
空中に放り出されたような浮遊感と共に視界が暗転する。
暗闇を抜けるとそこには荒涼とした平原が続いていた。
ここは神無き大陸カンナウルトルムの北部にあるプレイオ公国。
勇者軍 VS 魔王軍の最前線……より数十キロ手前の地点である。
「ここって緯度はオレスター王国と変わらないんだよね? なのに雪が全然ないぞ」
「東から吹く季節風が暖かいのさ。また西からの風も高い山脈が向こう側で雪を降らせた後の、乾いた空気が下りてくる影響もあるね」
「あー、日本の太平洋側気候みたいなものか」
隣にいる銀色の長い毛並みの猫から説明を受けて
オレスター王国はここから西の山脈を越えた先にあり、かつて俺は単独で北部の雪原に落とされた。
その後に兎形族のレキや雪精霊ユキヨ、闇の眷属リリン、シンクの姉ハクア、並行世界の同胞であるニールたちと出会い、邪人のトロールや外様の神〈黒茨卿〉配下ラウグストと戦い勝利する。
そこまではよかったが、〈コラン君〉の人格の核である〈義憤の神〉を取り出したことにより人格が暴走。
応急処置で〈変容と不朽の神〉の力を借りて十歳の益子藤治の姿になることで、俺は自分の人格を取り戻した。
そしてこの横で顔を洗っている猫こと〈混沌の女神〉を《神降ろし》で捕まえてとっちめた結果、俺は〈コラン君〉の姿を取り戻した。
……いや違う、本当に取り戻したいのは益子藤治さんじゅっさいの姿だ。
しかし今はまだその時ではない。
すべてが終わった暁には俺を人間に戻すと猫は約束したので、ゴール目指して最短距離で突っ走るだけだ。
とにかく時間が惜しいが、急いては事を仕損じる。
というわけで目的地より数十キロ離れた地点から、一人ぼっちでのスタートとなった。
猫が一応いるが、戦力にはならないので頭数に入れていない。
平原を振り返ると街並みが見える。
プレイオ公国と〈絶望半島〉を繋ぐ玄関口の街ステラだ。
猫はいつのまにかいなくなっていたが、気にせず俺はステラを目指す。
十分そこらで門に辿り着くと、門番は奇妙な亜人に怪訝な表情を浮かべ、提示した別大陸の冒険者証を見ると眉を顰めた。
「見覚えのない冒険者証だな。偽造じゃないだろうな?」
「第四大陸のもので、開拓船でやってきたんだ」
「戦闘奴隷か?」
「奴隷なら一人でうろちょろしてないさ。戦闘しに来たのは事実だが。義勇兵事務所がどこにあるか教えてくれないか」
「おいおい、亜人なのに義勇兵になるつもりか? ……ここだけの話、亜人は扱いが悪い。義勇兵になると最前線に飛ばされて使い潰されるぞ」
「最前線に用があるから都合がいいのさ。まあ使い潰されないように頑張るさ」
意外と優しくて親切な門番に教えてもらった義勇兵事務所へ向かう。
くたびれた木造二階建ての義勇兵事務所の扉を開けると、三十人ほどの人だかりができていた。
半分が人族で、半分が亜人だ。
人族も亜人も身なりは良いとは言えない、似たような状態だが明確な違いもあった。
亜人たちは漏れなく首輪を付けているので、全員が奴隷のようだ。
門番が言っていた戦闘奴隷なのだろう。
人だかりを掻き分けて受付へ向かうと、生え際が後退した中年男が書類に目を通していた。
俺の接近に気が付き視線を上げると、門番と同じように怪訝な表情を浮かべる。
「義勇兵になりたいんだが」
「奴隷じゃない亜人がステラにいるなんて珍しいな。自殺願望でもあるのか?」
「死ぬつもりはないぞ」
「身分証になるものを見せろ……なんだこの冒険者証は。偽造じゃないだろうな?」
「門番と同じこと言うのな。偽造を疑っておいて碌に確認もせず身分証明として認めるのはどうなんだ?」
「そんなの決まってるだろ。ここじゃ身分証の偽造なんて些細な事なのさ。仮に偽造だったとしても貴重な人手になる。職務上聞かないといけないから聞いているだけだ」
「些細ねぇ。これは第四大陸の冒険者証だ。開拓船でやってきたのさ」
「自分の意思でここまで来たのか!? やっぱり自殺願望者じゃねぇか」
「それだけ邪人や闇の眷属どもに恨みがあるんだよ」
表向きのカバーストーリーを語りつつ俺は周囲の人だかりに視線を移す。
人族は俺に興味はないようでこちらを見ていないが、亜人たちは全員が信じられないような目でこちらを見ている。
そりゃあ奴隷で無理やり連れてこられた亜人たちからすればそうだろう。
自由なのに自ら死地に来るなんて……。
そう、ここは死地である。
この大陸の開拓有史以来、ステラ以北の〈絶望半島〉は邪人と闇の眷属に支配されていた。
近隣諸国は半島から奴らが溢れ出ないように、自国で兵役を課し義勇兵を派遣している。
戦線では一進一退の攻防が続いていたが、転機は勇者召喚と共に訪れた。
勇者は各国から選ばれた英雄をパーティーに迎え入れ、〈絶望半島〉の攻略を開始する。
するとこれまで一度もステラから押し上げられなかった戦線があっさり北上した。
それは傍目には快進撃に見えただろうが内情は違う。
勇者パーティーメンバーの犠牲があってこその進撃であった。
戦力という意味であれば彼らは替えが効くのかもしれないが、当事者たちからすれば掛け替えのない仲間であり、強い絆で結ばれていたはずだ。
俺だってもしフィンやシンクが犠牲になったらと思うだけで……。
悠里は既に三人の仲間を失っている。
俺は姪の心が壊れる前に、助けに行かなければならない。
【11章のあらすじ】
・ラディソーマに到着。〈混沌の女神〉を《神降ろし》しようとするが *さがさないでください* と《交信》で拒否されてしまう
・これは酷いとレジータの提案で〈智慧の神〉にチクって《神降ろし》に協力してもらうことに
・冒険者としての活動を楽しみつつ〈嘆きの塔〉へ赴き、〈智慧の神〉の使徒シリエルと《交信》し《神降ろし》への介入を依頼する
・《神降ろし》の準備を進める中で、トウジの魔力供給で混沌教の本神殿の失われていた機能を復活させていく
・秘密の部屋の中で謎のブレスレットを発見
・旧ラディソーマ領へ戻り、モーリュ辺境伯と会談。独立戦争を起こそうとしている真意を聞く
・〈較正神〉の依頼でヨルドラン帝国とモーリュ辺境領の仲を取り持つことに
・帝都にある王城へ向かい、皇帝と直接交渉。独立の条件としてトウジが要職に就くことと、皇女エルメアを娶ることを提示される
・混沌教の本神殿へ帰った夜。皇帝が単独で襲来。その正体は並行世界の日本、妖怪が跋扈する江戸からやってきた妖狐の橘梓だった
・遂に《神降ろし》を実行。〈智慧の神〉の協力を得て〈混沌の女神〉からトウジを避けていた理由を聞き出す
・それは姪の悠里がアトルランに勇者として召喚されていて、心身共に危機を迎えているからであった
・トウジ、ブチ切れる