「諸君、〈絶望半島〉にようこそ。私は第1535義勇兵団の長を務めるマーチス・ジグマールだ。戦場では身分も種族も関係ない。団結して仇敵である邪人と闇の眷属どもを〈絶望半島〉から殲滅するのみである。さすれば諸君は各々の祖国から英雄として認められ、栄誉ある凱旋をすることができるだろう」
いかにも歴戦といった風貌の騎士が、ずらりと並んだ義勇兵の前で演説をしている。
傷だらけの鎧を着込んだ偉丈夫で、顔や腕にも大小様々な傷痕があった。
「ふん、何が身分も種族も関係ないだ。ならこの首輪を外せっての」
俺の横に並んでいた犬人族の男が小声で悪態をつく。
戦闘奴隷として無理やり連れてこられたと思われるその男は痩せぎすで薄汚れていて、とてもじゃないがまともに邪人と戦えるとは思えない。
この男だけじゃなく他の亜人も人族も似たような有様で、本当に邪人を倒すつもりがあるのかと疑問を覚える。
「おいあんた……鼠人族と翼人族の混血でいいのか?」
「まぁそんなところだ」
「わざわざ別大陸から来たらしいが少し遅かったな。俺たちが前線に着く頃には、勇者様とやらが〈絶望大陸〉から邪人と闇の眷属どもを滅ぼしてるさ」
「勇者の仲間にも犠牲が出ていると聞いたが?」
「勇者本人が無事なら問題ないだろ。減った仲間はまた各国の英雄を送り込むさ。俺たちみたいな数合わせの人員じゃなくてな」
「まさかもう勝った気でいるのか?」
「そりゃそうだろう。今まで一度も〈絶望半島〉に侵攻できなかったのに、勇者の登場であっという間に半島の半分くらいまで戦線が上がったんだ。制圧するのも時間の問題だろ」
戦況だけ見れば確かに快進撃だが、少なくとも末端の兵士たちは勇者の実情を知らないようだ。
というか知らせる必要もないのだろう。
各国の上層部は知っているかもしれないが、こっちは知っていて強行している可能性が高い。
だとしたら許せん。
猫同様に天罰を与えなければ。
俺が配属されたジグマール率いる第1535義勇兵団は、補給物資を持って〈絶望半島〉の各防衛拠点を補充して回るのが仕事だった。
そして最終目的地が勇者のいる最前線となる。
既に制圧した地域内で補給物資を運ぶ部隊なので、ジグマールは演説で栄誉がどうのとか言っていたが、戦力は二の次なのだろう。
第1535義勇兵団は俺が義勇兵事務所で見かけた三十名、ジグマールと直属の騎士五名、そして俺の総勢三十七名。
物資を大量に積んだ荷車が六台、これを俺を含めた三十一名で引いて運ぶ。
馬に乗ったジグマールの騎士たちを護衛役にして街を出発。
ステラの街の外は見晴らしの良い荒涼とした平原が続くが、三時間も歩くと無数の建物が見えてくる。
ここはかつて邪人たちが暮らしていた市街地であった。
「そこの君、名は何だ」
「トウジです」
「よしトウジ、亜人なら耳も鼻も良かろう。君を斥候に任命する。あの市街地の向こう側に一つ目の防衛拠点がある。そこまでの安全を確認してくるのだ」
「わかりました」
特に断わる理由もないので、俺は頷いて単独で市街地へと侵入する。
邪人も外様の神を信仰しアトルランに住むすべての生物と敵対しているとはいえ、その生活様式に大きな差はない。
だから街並み自体は馴染みのあるものだが、戦禍の跡は見て取れた。
木造の建物は焼け落ち、石造りの建物は崩れ、血が乾いたような痕があちこちに付着している。
「一つ目の祝福はさっきジグマール君が言っていた防衛拠点の少し先にあるよ」
いつのまにか半壊した家の軒先に猫がいて話しかけてくる。
「結構近い位置にあるんだな」
「その次は今の最前線付近だけどね」
「祝福とやらがある場所なら、〈時と扉の神〉の転移の力を使っても外様の神に見つからないんだな?」
「うん。向こうからしたら神気の源泉である龍脈を取り返された、という風にしか判断がつかないのさ」
このアトルランと呼ばれる異世界は創造神によって作られた。
そして地中には創造神の力の源である神気が人間の血管のように流れているそうだ。
殆どの神気は地中の奥深くを流れているが、ごく一部では地表近くを流れていたり、地面から噴出していたりした。
そういった場所を祝福や龍脈と呼び、神聖な場所として神殿が建てられる。
邪人と闇の眷属に占領されている〈絶望半島〉においては、祝福は封印されていた。
『祝福に着いたら教えてね。〈時空の扉〉を設置するから』
どこからともなく……いや、四次元頬袋から女性の声が聞こえてくる。
ここで俺こと〈コラン君〉の能力をおさらいしておこう。
〈コラン君〉は前世で住んでいた北海道胡蘭市のご当地ゆるキャラで、エゾモモンガとオジロワシをかけ合わせた姿をしている。
そして〈コラン君〉の公式ホームページ(子ども向け)のプロフィールにある一文がこれだ。
【ほおぶくろ:4じげんくうかんになっていて、なんでもしまっておけるよ。まちのとくさんひんもたくさんはいっているんだ】
ゲームのアイテムウィンドウのように、俺の視界だけに広がっている画面から四次元頬袋の中身が確認できる。
声の主は四次元頬袋の中にいた。
黒いドレスに黄金の結晶が翅を生やした妖精のような姿をした〈時と扉の神〉レジータだ。
他にも神が三柱ほど四次頬袋内に駐在しているが、それは今は置いておく。
前から疑問だったことを猫に聞いてみる。
「四次元頬袋は非生物しか収納できないみたいだけど、神々が何故か収納できるのは仕様なのか?」
「そうだよ? だって神は通常の生物より高次な存在で、生物の定義からは外れているからね」
「神と生物と非生物なら前者ほど高次だと思うんだが、生物だけ収納不可って変じゃないか?」
「え、どこが?」
猫が首を傾げている。
「普通こういうのは収納できる容易さが基準となるんじゃないのか? だから神が収納できるのは変だと―――」
議論を続けようとしたところで、エゾモモンガの耳が斜め前方の廃屋からの物音を拾った。
どうやら他の〈コラン君〉の能力もおさらいする必要がありそうだ。