邪人と闇の眷属は共に外様の神の勢力だが、決して一枚岩ではない。
種族によってはお互いを家畜や奴隷のように扱っている。
廃屋に潜伏していたのも主従関係にありそうな連中だった。
主と思われるのは二足歩行の黒山羊頭の怪物で、下半身は山羊の毛皮と蹄、上半身は筋骨隆々な人間の体をしている。
錆びついた大鎌を肩に担ぎ、こちらを値踏みするように見つめていた。
そして黒山羊頭に追従しているのは二匹の狼……のような何かだ。
背中がぱっくりと裂けていて、そこから触手のようなものが数本飛び出しグネグネと動いていた。
「邪人の
「そりゃぁ背中から何かが飛び出してるしなぁ」
「ギヒ、ギヒヒヒヒ」
別の廃屋の屋根の上でゴロゴロしながら説明する猫と喋っていると、山羊魔族が奇声を発した。
それが号令だったのか、二匹の擬態狼が襲い掛かってきた。
「山羊魔族の方は知能が低そうだな」
「邪人もピンキリなのさ。元々の山羊人族は知的で温厚な種族だったんだけどね。邪神に支配されて理性が吹き飛んでるんだ」
邪人とは元々は創造神に作られた種族だが、裏切って外様の神を信奉するようになった存在だ。
こんなやつがルリムやアナといった闇森人と同じだとは思いたくなかった。
片方の擬態狼が飛び掛かり噛みつこうとしてきたので、飛び退いて躱す。
近くで見て気が付いたが、擬態狼からは普通の狼のような息遣いが感じられない。
顎には鋭い牙が生え揃っているが、それは生き物の口というよりはトラバサミのような無機質な印象を覚えた。
もう片方の擬態狼は右側面に回り込みながら飛び掛かってきたので、今度は自慢の黄色い鳥足で蹴り上げて迎撃する。
【あし:こくようせきのようにかがやくあしのつめは、どんなものでもきりさくよ】
ごう、という風切り音と共に鋭い足の爪が擬態狼の顎下に直撃した。
決まった、サマーソルトキックが。
このアトルランに転生した直後もこうやって灰色狼を撃退したことを思い出す。
俺は勢いのまま宙返りをしてから着地する。
顎下を切り裂かれた擬態狼は空中で絶命……しておらず、こちらを同じように宙返りをしてから着地した。
顎というか鼻先から縦に四つに裂けて、頭部も触手のようにグネグネし始める。
「こわっ、食事中のクリオネみたいになってるしっ」
ぼやきながら真上へと跳躍する。
紙一重の差で俺がいた場所を水平に振るわれた大鎌の刃が通過した。
擬態狼と連携して山羊魔族が攻撃してきたのだ。
俺はオジロワシの翼を必死に羽ばたかせて、少しだけ上昇する。
【つばさ:オジロワシのつばさでそらをとべるよ。でもからだがおもいからすこしのあいだだけなんだ】
これまでに比べて色々とバージョンアップしている〈コラン君〉だが、こればかりは仕様なので変わらなかった。
空を自由に飛べなくて無念である。
五メートルほど浮き上がれば攻撃は届かないだろうと思いきや、擬態狼たちが背中の触手をこちらへ伸ばしてきた。
俺は準備を中断して、四次元頬袋から使い馴染みのある
〈コラン君〉の口から萎んだ風船のように出てきた大剣が、一瞬で膨らみ元に戻る。
これは隕鉄と呼ばれる金属で作られた剣で、盾にもなりそうな分厚い刃は全長二メートル弱と、縦にも横にも大きい。
これまでに何度も活躍してきた愛剣だ。
俺は魔力を籠めて青白く発光した大剣を振るい、伸びてくる擬態狼の触手を斬り飛ばす。
触手の先端は針のように細かったが切断面は指二本は入りそうな太さがあり、中は空洞で管状になっていた。
触手を突き刺した相手の体液を吸うつもりなのだろうか。
見た目もやることもグロテスクだ。
大剣を持ち羽ばたくことをやめたので、自由落下が始まる。
「ギヒヒヒッ」
地上で待ち構えていた山羊魔族が大鎌を振り上げてきたので、大剣で迎え撃つ。
純粋な質量でもやや優勢ではあったが、それ以上に武器の性能の差は顕著だ。
魔力を纏い切れ味の増した大剣を振るうと、錆びた大鎌の刃などなかったかのように通過し、その先にいる山羊魔族の胸元まで到達した。
「あっぶね」
「キヒィィィィィ」
あまりにも抵抗なく大鎌を切断したため、刃先が真っすぐ飛んできたので仰け反って避ける。
山羊魔族は胸を浅く斬られただけだというのに、刃の欠けた大鎌を放り投げ情けない悲鳴をあげて逃げ出した。
「いやいや逃がさんよ」『風よ』
詠唱により構成……は先方にお任せする。
魔力を提供することにより、精霊を媒介として事象が発現した。
不可視の刃が山羊魔族に背後から襲い掛かる。
きん、という甲高いどこか金属めいた音がすると、不意に山羊魔族が前のめりに転倒した。
慣性に従い体は前方へ滑っていくが、支えを失った黒山羊の頭は横に転がっていく。
そう、俺は少年形態のときに覚えた精霊魔術が使えるようになっているのだ。
いわば戦力アップした〈コラン君 Mk-Ⅱ〉である。
背を向けて逃げる知的生物を一方的に攻撃することに躊躇がないと言えば嘘になる。
しかし邪人と闇の眷属は野放しにしてはおけなかった。
ルリムとアナ、リリンのような存在は例外中の例外なのだ。
「よし、次は擬態狼を……って、ぐええ」
襲ってこないと思ったら、擬態狼は山羊魔族の死体に群がっていた。
俺にも伸ばしてきた触手を死体に突き刺し、先ほどの予想通り体液を啜り始めた。
「本当に一枚岩じゃないのな」
遭遇当初は主従関係に見えたのだが、死体になってしまえばただの餌なのだろう。
『風の精霊のみなさん、やっちゃってください』
食事に夢中になっている擬態狼に向かって、俺は精霊魔術の《風刃》を放った。