『土よ』
俺の呼びかけに精霊たちが応じて《土変化》が発動する。
地面が沼のように液状化したかと思うと、散乱していた山羊魔族と擬態狼の死体が沈み込んでいく。
それらが完全に消え去ったところで地面は再び硬化し、戦闘した痕跡はどこにも見当たらなくなった。
俺は市街地を通り抜け北端までやってくると、解放されたままの門の先には再び荒涼とした平原が広がっている。
遠目に真新しい天幕や丸太で組まれたバリケードのようなものが見えた。
「あれが今日の目的地の防衛拠点か。近くに一つ目の祝福があるんだよな?」
「そうだよ。防衛拠点から東側に進むと森が広がっているんだけど、その中に封印された神殿があるんだ」
「了解。それじゃあ安全も確認できたし戻るか」
俺は肩に乗っかっている猫に返事をしてから第1535義勇兵団の元へと戻る。
「トウジ、遅かったな。何か問題があったかね?」
「いいえ問題ありません。市街地に敵はいませんでした」
山羊魔族と擬態狼はいなかったことにする。
俺の戦闘能力が露見すると悪目立ちしそうなので、できるだけ戦闘はなかったことにしたい。
なので斥候に任命されたのは都合が良かった。
先行して単独で殲滅することが可能だからだ。
勇者を救うために最前線では色々と暗躍したいので、味方と認知されていても戦力としては期待されないくらいが丁度良い。
「ふむ……では出発しようか」
ジグマールは少しだけ考え込んでから進軍の指示を出した。
「なんとか無事にたどり着きそうだな。あんた、よく一人で物陰の沢山ある市街地をうろちょろできるな。潜んでいるかもしれない邪人や闇の眷属が怖くないのか?」
「そりゃぁ怖いさ。だから誰もいなくてよかったよ」
犬人族の男が話しかけてきたので、臆病者アピールをしておく。
「あんたが敵を引き連れて逃げてきたら、俺たち亜人の戦闘奴隷が真っ先に矢面に立たされるだろうからな。防衛拠点についたら荷車一台分の積み荷を降ろして、荷車引きも数人拠点の下働きとして残されるらしい。そこに選ばれるのが一番死ななくて済む。ああ、残りてぇな……あんたは斥候として最後までこき使われそうだよな」
それはそれで都合が良いので曖昧に頷く。
犬人族の男は憐れみの表情で俺の肩を叩いてから荷車を引いた。
第1535義勇兵団が市街地を通り抜け、防衛拠点に到着したのは日が沈む直前だった。
「荷下ろしは明朝に行い、その一台と人員を残して出発する。今日は慣れない初日で皆疲れているであろうから哨戒任務は免除する。夕食を取って直ちに寝ること」
というわけで自分たちが運んできた新鮮な食料にはありつけず、防衛拠点に残っている傷みかけの干し肉や黒パン、白湯のようなスープが支給された。
俺たちは荷運び担当の亜人なので、特に食事の質が悪いようだ。
これには亜人たちも意気消沈している。
見える位置でジグマールと護衛の騎士たちが、亜人と比べれば豪勢な食事をしているもの良くない。
身分も種族も関係ないとか、どの口が言うのかと。
恨めしそうに見つめる亜人たちが見えないのかと。
このままだと心身共に良くないので、ちょっとフォローしておこう。
【ほおぶくろ:4じげんくうかんになっていて、なんでもしまっておけるよ。まちのとくさんひんもたくさんはいっているんだ】
〈コラン君〉は頬袋経由で四次元収納にアクセスするだけでなく、胡蘭市の特産品も入っている。
天幕の裏に隠れた俺は視界に広がるゲームのアイテムウィンドウみたいな画面から、〈ジンギスカン煎餅〉を選択。
口からぺい、とビニール袋で包装された煎餅を吐き出した。
「煎餅のままだと目立つか」
個包装の袋に入れたまま叩いて砕いて不揃いなクルトンくらいのサイズにする。
これを白湯みたいなスープに入れれば味が出るだけでなく、満腹感も得られるはずだ。
「え、なにしてるの」
天幕の向こうの暗闇からふらっと現れた猫が、黙々と煎餅を砕き続ける俺を見て引いている。
「部隊の皆にお裾分けだよ。煎餅のままだと怪しいだろ。そういえばこの煎餅の効果は腹持ちが良くなるだけなのか?」
「それに加えて実際の〈商品〉の煎餅よりも栄養価を高くしているから、滋養にいいよ」
「シャキサクならぬバリボリってか」
大量のクルトンもどきを作った俺は、まず犬人族の男の元に持って行った。
「これは俺の自前の食料なんだが、スープに入れて食ってみないか?」
「なんだその怪しいクズは……いい匂いだな。ちょっと入れてみてくれ」
最初こそ不審な目を向けられたが、犬人族の敏感な鼻がジンギスカンの匂いを嗅ぎ取ったようだ。
スープで煎餅をふやかし、麩のようにとろとろになったところで口に運ぶと……。
「う、美味い!」
「おっと、静かにしてくれよ。ジグマール様に知られたら取られるかもしれないからな。皆の分もあるぞ」
クルトンもどきは好評で、亜人だけでなくジグマールたち以外の人族にも振舞うことになった。
まあ初日で皆疲れているだろうし、いいだろう。
さすがに毎食分は量的に持っていておかしいし、ジグマールに気付かれるので勘弁願いたい。
今回だけと聞いて全員が悲しい顔をしたが、おっさんどもにせびられても靡かないなぁ。
……外見が二足歩行の兎である兎形族のおっさんが兎の顔でしょんぼりした時は、ちょっとだけ靡きそうになったが。
兎形族といえば、〈コラン村〉のレキやミーナたちは元気にしているだろうか。
放置してしまっているトロールのティアネも、いずれ迎えに行く必要があるだろう。
慣れない行軍で疲労しているところに空腹が満たされて、仲間たち全員が爆睡した。
「よし、行くか」
俺は哨戒の監視を掻い潜り、防衛拠点から脱出した。
目指すは猫が言っていた東の森にある、祝福が封印された神殿である。