今際の際、トロールは笑っていた。
あくまで俺の感想だが、嗤ってはいなかったと思う。
やはり頑丈だったのは鎧だけであり、トロール本体には〈月明剣〉が通用した。
傷ついた鎧の隙間から青白く発光した刃が侵入し、トロールの心臓を貫く。
好敵手と戦い敗れるのは本望、といった晴れ晴れとした表情のまま、金髪の偉丈夫は立ったまま絶命していた。
「……で」
「すぅぅぅぅぅぅぅ」
「これは一体」
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
トロールさえ倒してしまえばこっちのもので、体勢を立て直した勇者軍によって魔王軍は掃討された。
俺は第1535義勇兵団の元に戻り状況をジグマールに報告。
安全が確保されたので勇者軍と合流したのだが……。
蒼々とした《爆裂火球》を放っていたあの少女が、俺の腹に抱き着いて顔を埋めていた。
それだけでなく深呼吸をしている。
猫吸いかな?
一時はトロールに斬られて血まみれになっていた腹だが、《浄化》が使えるようになる愛用の魔術具、通称聖杯を使って綺麗にしてある。
だから汚くはないし、むしろこの中で一番清潔まである。
そんなお日様の匂いがしててもおかしくないエゾモモンガの灰褐色の腹を少女は堪能していた。
「ひ、姫さま……」
側近らしき壮年の義勇兵が声をかけると、少女はようやく腹から顔を離した。
青い髪をツインテールにしていて、顔立ちも可愛らしいのだが表情から得られる感情は乏しい。
というか無表情だ。
そして表情と同じくらい平坦な声音で俺に要求してくる。
「貴方、うちの子になりなさい」
「いや、ならないが?」
「まさか単騎であの〈魔術喰らい〉を倒してしまうとは。大金星ですよ。私も助けられた恩を返さなければなりません。我がイルグリッサ王国の賓客として迎え入れましょう。このままこちらの部隊に編入なさい」
「だからお断りしますって。あと俺の腹を撫でまわすのやめてもらえます?」
少女は会話している間もずっとエゾモモンガの毛皮を撫でて感触を楽しんでいた。
世が世なら、相手が相手ならセクハラ案件である。
「セイヴァス、なんとかしなさい」
「クラリス様、無理を言わないでください。義勇兵の引き抜きは禁止されています。〈絶望半島〉攻略のために各国から精鋭が派遣されているわけですから、簡単に引き抜きをしてしまうと国家間のパワーバランスが崩れ争いの火種になります」
「こちらは勇者の仲間を輩出しているのですよ、それくらいの融通を効かせてもいいでしょうに」
少女と側近はそれぞれクラリスとセイヴァスという名前らしい。
勇者の仲間を輩出しているというのは気になる情報だ。
それはつまり姪っ子の悠里の仲間だということなので、そこだけ確認したかったがジグマールが会話に割り込んできた。
「どこの誰か知らないが、編入などという勝手な振舞いはやめてもらおうか」
「自己紹介が遅れましたね。私はイルグリッサ王国第二王女。クラリス・イル・グリッサです。以後お見知りおきを」
「……私はマーチス・ジグマール。プレイオ公国のジグマール辺境領の一族の者だ」
義勇軍の中では王族貴族といった身分は考慮されない。
相手は一国の王女だったが、ジグマールは対等な立場だという態度を崩さなかった。
一瞬たじろいだように見えたけど。
クラリスは腕を組むと、伸ばした人差し指を頬に当てて首を傾ける。
相変わらず無表情のまま。
「あら、公国の方でしたか。ジグマール辺境領といえば公国西端に位置し、背後には人類未踏の大山脈が広がっていますわね。こう言っては失礼かもしれませんが、セイヴァスの言うような国家間の争いからは縁遠い地域ですし、このモコモコした亜人さんを譲って頂けないかしら。勿論お礼はします」
「我が領が国家間の争いに遠いとしても、突然〈魔術喰らい〉を倒すような戦力を他国へ流せば、周囲からは争いの火種を放り込み焚き付けたと思われる。それはお互いにとって良くないことなのでは?」
実力を買ってくれるのはありがたいが、まるで俺がジグマール子飼いみたいな扱いになっている。
まぁ使える斥候だな、くらいだったのが二つ名持ちを撃破できる実力者だとわかって囲い込みたくなったのだろう。
囲われるつもりはないので訂正しておく。
「俺はプレイオ公国の人間ではない。第四大陸から開拓船でやってきて義勇兵に参加している」
「あら、それならばプレイオ公国は全然関係ないじゃないですか」
「……つまりトウジはプレイオ公国が直接義勇兵として雇っていることになる。公国の戦力であることに変わりはない」
他国からの義勇兵にプレイオ公国は報酬を払ってはいない。
半島から闇の眷属や邪人が溢れ出ないように、自国で兵役を課し義勇兵を派遣しているからだ。
ただし兵役の中身は各国に任されていて、そのまま無報酬の徴兵だったり、報酬ありの傭兵集団だったり、国の威信や名誉のために参加した貴族だったりする。
俺はそういった国のしがらみはなく、自力でプレイオ公国までやってきて義勇兵に志願したので、一応プレイオ公国から報酬が出る……雀の涙ほどの額だが。
「それって窓口がプレイオ公国なだけであって、所属しているわけではないですよね。まぁ今はいいでしょう。トウジさん、私たちと一緒に最前線まで向かいません? 助けてもらったお礼もしたいですし、今なら超絶美少女な私を抱き枕にして同衾できますよ?」
自分で言うのか。
そして抱き枕にするのは俺じゃなくてクラリスのような気がする。
「姫様!? なりません。いくら種族差があっても異性と同衾なんて。間違いがあったらどうするのですか」
「あえてここで間違うのもありですね。どうせ国に帰っても碌な結末にならないし。もしトウジさんとの子どもができたら、やっぱりモコモコなのかしら。美男美女でモコモコになるなんて完璧ね」
「おいおい、勝手に話を進めないでくれ。トウジはプレイオ公国の所属だから―――」
おいおい、なのはこっちだ。
ジグマールはジグマールでクラリスの爆弾発言はスルーして、俺の所有権だけ主張するのかよ。
その後も暫く口論が続いたが、結局ジグマールの第1535義勇兵団とクラリスの第1333義勇兵団―――通称蒼炎大隊は合同で次の防衛拠点へと向かうことになった。