ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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379話:ゆるキャラと姫様の姉

「ねえトウジ。本当にうちの子にならない?」

 

「ならないです……」

 

 第1535義勇兵団の斥候として活躍していた俺だったが、クラリス王女様のぬいぐるみに強制転職させられていた。

 当然ジグマールは抗議したが、第1535義勇兵団の護衛を全面的に第1333義勇兵団が引き受けることを条件に俺を手放す。

 

輸送部隊を率いる長としては、蒼炎大隊という二つ名がつくほど戦闘能力の高い部隊に守られることは大きな利点だったからだ。

 荷車を引く亜人たちもこれまでの道中より安心した表情をしている。

 

 まぁジグマールは追加でこっそり金品も受け取ったようなので、そちらがメインだったのかもしれない。

 そしてそこまでして俺を引き抜きたかったクラリスは、馬車に俺を連れ込んで椅子代わりにしている。

 

「むう、ならどうしたらなってくれるの? 条件を出して」

 

「ないんだよなぁ、条件」

 

 俺の短い鳥足の間に挟まり、モコモコなエゾモモンガの腹に背中を預けたクラリスが見上げてくる。

 無表情のまま頬だけ膨らませて不満をアピールしていた。

 

「結構自由なんですね。他部隊と合流したり、義勇兵の移動させたり」

 

「沢山の国から集められた軍ですから。主義思想がバラバラなので、細かく決めても機能しません。大枠だけ決めてあとは各部隊の裁量で動けます」

 

 露骨に話題を逸らしたつもりだったが、疑問にはしっかり答えてくれるクラリス。

 ただ俺の巻いてる赤いマフラーを引っ張ってくんくんと匂いを嗅ぐのはやめてくれないか。

 さっき《浄化》したばかりだから臭くはないはずだが、それでも恥ずかしい。

 

「だからトウジがうちの子になっても問題ないのよ?」

 

「おおっと、話が戻ってきた」

 

「姫様、トウジ殿を困らせるのも程々に」

 

 対面に座っていた側近のセイヴァスがクラリスを諌める。

 いや、程々でも困るのだが。

 

「トウジ殿、お許しください。姫様はトウジ殿に会うまでは、このような戯れや我儘をひとつも言わずに責務を果たしてきました。こうやって昔の姫様に戻ったのも久しぶりなのです。どうか心の休養にご協力頂けないでしょうか」

 

「はぁ」

 

 セイヴァスは初老の騎士で、名前といい執事服が似合いそうなナイスミドルだ。

 そしてクラリスへ向ける眼差しは孫を見守るおじいちゃんである。

 クラリスの心労については、出会った時からこんな調子だったから俺はピンときていない。

 

「もしかしてクラリス様が無表情なのは心労からですか?」

 

「いえ、それは元からです」

 

「あっはい。ところで聞きたいことがあるのですが」

 

「なんでしょう?」

 

「勇者の仲間を輩出していると聞こえたのですが、イルグリッサ王国の方なのですか?」

 

「よくぞ聞いてくれました。私のお姉様が勇者の仲間なのです。王国の第一王女で、名はイングリット・イル・グリッサ。水系統の魔術に長けた優秀な治療術師です。魔王軍との戦いの中で勇者の仲間は既に三人欠けていて、お姉様が最後の一人。お姉様まで欠けてしまう前に、私は馳せ参じなければならないのです」

 

 言い終わるとクラリスは俺のマフラーに顔を埋める。

 なるほど、姉が勇者の仲間だったのか。

 

「クラリス様も勇者の仲間になるのですか?」

 

「それは勇者次第ですね」

 

 仲間にするかどうかは勇者の判断に委ねられているという。

 勇者の正体を知っている俺としては、少し前まではただの日本の女子中学生だったというのに、どうやって判断しているのかが気になる。

 何はともあれ、我こそはという各国の猛者は勇者の元へ集おうとしているそうだ。

 

「トウジも勇者の仲間に立候補しますか? 〈魔術喰らい〉を倒せる戦闘能力があるのだから、間違いなく選ばれるわ」

 

「勇者の仲間、ですか」

 

 一分一秒でも早く勇者と合流したい俺だったが、実はどうコンタクトを取るか悩んでいた。

 なんせ見た目が〈コラン君〉だし、声が死んだはずの叔父の声だ。

 どう考えても困惑してしまうだろう。

 

 猫に確認したが、日本での俺は交通事故で死んだことになっている。

 つまり俺は魂だけでこのアトルランと呼ばれる異世界に転生したのであった。

 俺もそうだが、猫のせいで俺を轢いてしまったトラックの運転手に申し訳ない。

 

 猫に聞けば運転手に対してはなにも詫びをしてないとほざいたので、猫こと〈混沌の女神〉の兄貴分である〈智慧の神〉にチクった。

 これで猫には制裁、運転手には何かしらのフォローが入るはずだ。

 

 勇者との邂逅の方法は考えがまとまらないが、立ち止まるわけにもいかない。

 最悪ぶっつけ本番で挑むしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 蒼炎大隊と合流してからの進軍は快適だった。

 三日かけて二つの防衛拠点を通過したが、その間俺はずっとクラリスの相手をしている。

 今日ものんびり馬車の旅だ。

 

「その〈聖杯〉、本当に便利ですね。魔力消費が大きすぎてトウジ以外には使いこなせないのが残念だけど」

 

 クラリスが細い指でくすんだ真鍮色のみすぼらしい杯の縁を撫でた。

 色を除けば味噌汁のお椀のような形状のそれに魔力を籠めると、《浄化》された水が生み出される。

 《浄化》とは《洗浄》の上位に当たる魔術で、《洗浄》は魔術で生み出した「普通の水」で洗うだけだったが、《浄化》はそれに加えて不浄なものを取り除く効果があった。

 

 本来の用途は不浄なる存在、いわゆる不死族(アンデッド)を退けるための清めの水、つまり聖水である。

 しかしそれ以外にもこの不浄とみなされる対象は広く、一般的な汚れを除去する働きもあった。

 

 現代風に言うと除菌効果があるようで、綺麗好きな元日本人としてはありがたい。

 しかも《浄化》で生み出された聖水は《洗浄》の水と同様に魔素でできている。

 

 なので数分もしないうちに魔素に戻り空気中に分解されるので濡れたままにならない。

 めちゃくちゃ便利なのである。

 

「お姉様と一緒に勇者の仲間になって戦うつもりだったけど、トウジと出会って少し自信を無くしたわ。他国の英雄と呼ばれる存在もトウジみたいに強いのかしら」

 

「いや、俺は……」

 

 かなり例外だと思うので参考にならない、そう言おうとしたら馬車が止まる。

 そして斥候役の蒼炎大隊の騎士が一人近づいてきてセイヴァスに報告した。

 

「前方で戦闘が発生しています。どうしますか?」

 

「もちろん加勢します。行きますよセイヴァン」

 

 相変わらずの無表情でわかりにくいが、気落ちしていたクラリスの声のトーンは元に戻っていた。

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