『直せ 治せ
詠唱により構成が展開される。
そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現した。
《治癒》の魔術特有の、淡い緑の光がイングリットの体を包み込む。
絶対に死なせてはいけないので、ありったけの魔力を込めた。
すると緑の光が輝きを増し、イングリットを中心にして光の柱が立ち昇る。
「もういい、もういいよ。傷は完全に塞がったし体は賦活状態にもなっているはずだ」
「でも目が覚めないぞ!」
俺はうつ伏せに倒れているイングリットを抱き起こす。
姉妹だけあって顔の作りはクラリスとよく似ていて、髪色の差がなければ見分けがつかないかもしれない。
悠里の身代わりに受けたはずの攻撃は体のみを傷つけたようで、神官服に破れはないが血で赤く染まっていた。
改めてよく見ると呼吸をしているし、胸も小さく上下に動いている。
よかった、一命は取り留めたようだ。
あとは意識を取り戻すまで安全な場所に……門を守っている兵士と目が合った。
イングリットを抱えて門まで走る。
鉄格子の門は敵の侵入を防ぐために閉じられているので、その鉄格子の傍にイングリットをそっと寝かせた。
「おい! あんた義勇兵か? さっきの光はなんだ?」
「この子を治療した。目が覚めるまで守ってやってくれ。そして目が覚めたら、暴走した勇者を止めるのを手伝うよう伝えてくれ」
「あ、おいっ」
俺は兵士の返事を待たずに走り出し、放り投げてあった大剣を拾って周囲を確認する。
相変わらず勇者軍と魔王軍の乱戦が続いていて、戦況は五分といったところか。
問題は悠里と虎の獣だ。
先ほどまでは悠里が圧倒的不利な状況だったが、現在は逆転していた。
虎の獣の左腕は肘から先が斬り飛ばされているだけでなく、全身に傷があるのか血まみれになっている。
片膝を突き肩で息をしながら悠里を睨みつけていた。
「力を隠していやがったのか。この〈
黒虎と名乗った獣が牙を剝き出しにしながら唸るが、悠里は反応しない。
黒いオーラを背負い、両手剣を引きずるように片手で持ち、ゆっくりと黒虎へ歩み寄る。
こちらに背中を向けているので表情はわからない。
「俺様の攻撃は後ろの女に肩代わりさせたみたいだが、お前の
「あああああぁぁぁぁっ!」
実際に自分の体で受けたからこそ、致命傷だったという自覚があるのだろう。
怒り狂った悠里が黒虎に突っ込む。
悠里の悲痛な叫びを聞くたびに、俺の胸も張り裂けそうだ。
「悠里! 落ち着け。イングリットは死んでない!」
俺の声は届いていないのか、悠里は黒虎への猛攻を続ける。
戦闘能力が上昇している悠里相手に、左腕を失った黒虎では勝ち目はなかった。
みるみるうちに全身を斬り刻まれ、右腕も斬り飛ばされ宙を舞う。
「ガアアアアアアアアァ!」
それでも黒虎の闘志は消えておらず、その鋭利な牙で悠里の喉首に喰らいつく―――よりも先に、黒虎の背中から剣の切っ先が飛び出した。
悠里がぐったりとしている黒虎から剣を引き抜く。
その巨体は仰向けに倒れ、二度と起き上がることはなかった。
「なあ、悠里」
「ああ……あああああぁぁぁぁっ!」
黒虎を倒したが、悠里が纏っている黒いオーラは消えるどころか、濃さを増して悠里の体を包み込んでいく。
そして溢れ続ける激情の矛先を、近くで戦っていた闇の眷属へと向けた。
「ま、待ってくれ!」
悠里が通り過ぎるだけでゴブリンやオークが斬り伏せられる。
突然黒い影が現れ戦っていた相手を屠ったため、兵士たちは目を白黒させていた。
「え、勇者……様?」
悠里の姿を見ても兵士たちは勇者だと断定できなかった。
黒いオーラは実体を持ち悠里の体に鎧のように纏わりつき、顔も覆われつつあったからだ。
激情に呑まれた悠里に敵味方の区別はついていなかった。
呆然としている兵士に黒いオーラを纏った刃が振り下ろされ―――
「ひいっ」
「あんたら、逃げろ!」
もちろん悠里に仲間殺しなんてさせない。
俺は兵士の前に割り込んで悠里の攻撃を大剣で防ぐ。
その一撃の重さに腕が痺れるが、なんとか受け止めた。
悠里とようやく視線が合う。
久しぶりに見た姪っ子の顔は記憶よりも少し成長して大人になっていて……仲間を失った絶望に顔を歪めて、憎悪を瞳に宿らせていた。
「悠里! 俺だ。藤治だ。こんな姿になってるが、お前の叔父さんだ。俺はこの世界に転生したんだ」
会ったら俺のことをどうやって説明しようかと悩んでいたが、今はもうそれどころではない。
早く悠里を落ち着かせなければ。
「あああああ……ぁぁぁぁ」
しかし〈コラン君〉の姿を見ても、俺の声を聞いても悠里の反応は変わらない。
鍔迫り合い状態から一歩踏み込み、力任せに押してきた。
耐えきれなくなった俺は飛び退いて距離を取ろうとしたが、悠里はぴたりとついてきて離れない。
悠里の攻撃のすべてが速いうえに重く、捌ききれず体のあちこちに傷が生まれる。
このままでは押し切られてしまう。
『大地よ』
俺の放った魔術 《土変化》により一瞬で地面が隆起し、悠里の四方と天井が土を固めて作った壁で覆われる。
まずは動きを止めなければ。
そう考えて放った魔術だったが、
「………ぁぁぁぁあああああ!」
数秒ともたずに壁を突き破られてしまう。
しかも壁を作ったことが裏目に出て飛び散る破片で視界が遮られ、悠里の放つ刺突に反応が遅れる。
「!? しまった―――」
俺の喉首に、剣の切っ先が突き刺さった。