ゆるキャラ転生   作:忌野希和

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385話:叔父さんとお姉さん

『くふ、くふふ。早く起きないと本当に魂をもらっちゃうわよ』

 

 

 

「うわっ……なんだ夢か」

 

「お目覚めになられましたか?」

 

 巨女に追い立てられるように俺が意識を取り戻すと、後頭部には柔らかい感触があった。

 そして頭上からは聞き覚えのない少女の声が聞こえてくる。

 

 目を開けると、こちらを心配そうに見下ろしている赤い髪の少女の姿があった。

 どうやら俺は彼女に膝枕をされているようだ。

 

 慌てて体を起こすが、強烈な眩暈に襲われて立ち上がることはできない。

 地面に座り込むのがやっとだった。

 

「そうだ、俺は腹を斬られて……」

 

「傷は私が治癒魔術で塞ぎました。ですが血を流し過ぎていますので、暫くは安静にしていてください」

 

 自分の腹を見るとシャツは破れ血まみれになっているが、傷は綺麗に塞がっていた。

 

「君が治してくれたのか。ありがとう」

 

「こちらこそ私を助けてくれてありがとうございました。門を守る兵士の方に聞きました。その時とは姿がお変わりになっているようですが」

 

 あっ、そうだった。

 俺は悠里を正気に戻すために、一か八かで〈変容と不朽の神〉ルトアニマの力を使い、益子藤治三十歳の姿へと一時的に戻ったのであった。

 念願のおっさんに戻ったわけだが、今は感動している場合ではない。

 

「悠里、悠里はどうなりましたか?」

 

 無理して立ち上がり周囲を見回そうとしたが、眩暈が酷くて焦点が定まらない。

 辛うじて今いる場所が、気を失っていた少女を預けた門前だということはわかった。

 

 失血で膝に力が入らず、崩れ落ちそうになるのを少女が肩を貸して支えてくれる。

 意外と力が強い。

 

「ユーリなら魔王軍との戦闘を再開しています。私が身代わりになった後、ユーリの加護の力が暴走したと聞きましたが、貴方……トウジ様が助けてくれたのですよね?」

 

「そうか、正気に戻ったか。よかった……」

 

 今度は安堵で膝から力が抜け落ちそうになった。

 そんな俺を少女は正面から強く抱きしめる。

 

「私だけでなくユーリも救って頂き、ありがとうございます……本当にありがとう」

 

「わ、わかった。わかったから離れてくれ」

 

 〈コラン君〉や子どもの姿の時ならともかく、おっさんの姿で年頃の少女に抱き着かれるのはよろしくない。

 柔らかい感触と甘い香りに気恥ずかしくなり、俺の胸に顔を埋める少女の両肩を掴んでゆっくり引き離す。

 

「それでは改めてここに座って体を休めてください。戦場の只中ですが敵将の黒虎が倒れた今、私たちの勝利は間違いありませんから」

 

 少女に促されて改めてその場に座る。

 何故か膝枕を強要するかのように膝をぽんぽんと叩いているが、謹んで辞退させてもらう。

 

「自己紹介が遅れました。私はイングリット・イル・グリッサ。イルグリッサ王国の第一王女です。勇者ユーリのパーティーメンバーを務めさせて頂いています」

 

「俺は益子藤治だ。悠里とは親戚関係にある。君はクラリスのお姉さんなんだよね?」

 

「えっ、妹をご存じなのですか?」

 

 驚いた様子のイングリットに、ここへ辿り着くまでの経緯を説明する。

 悠里のことが気になったが見える範囲にはいない。

 体はしんどいままだったので、言われた通り休むしかなかった。

 

「そうですか……妹まで義勇兵になっていたのですね。しかも魔術喰らいから助けて頂いたと。トウジ様は姉妹揃って命の恩人ですね。この恩をどうやって返せばよいのでしょう?」

 

「こちらこそ悠里を支えてくれてありがとう。俺だって恩に感じているから、ここはお互い様ということで」

 

「ふふ、トウジ様は謙虚な方ですね。私か妹を妃にしたい、くらい言っても怒られませんよ?」

 

「えっ、なんで急に? いやいや、確実に怒られるでしょ」

 

「そんなことはありません。イルグリッサ王国では強き者が敬われています。王家の血筋こそ継承されていますが、その伴侶は常に強き者があてがわれてきました。トウジ様は勇者の血縁者でもありますから、我が国にいらっしゃれば人気者間違いなしですよ」

 

 イングリットがにっこりと笑う。

 戦場だというのに随分と浮ついた話? をするお姉さんだ。

 

 常に無表情のクラリスと違って、表情がころころと変わって面白い。

 もしかしたら会話中も心配そうに悠里の姿を探す俺を見て、気を紛らわせるために茶化してくれているのだろうか。

 

「さて、本気の婚活はこのくらいにしまして」

 

「えっ」

 

「トウジ様、ご自身に治癒魔術は使えませんか? 私もトウジ様と同じかそれ以上に失血したはずなのに、とても元気なのです。もしかしてトウジ様は《治癒》ではなくて《再生》が使えるのではないでしょうか?」

 

「いや、俺は《治癒》を唱えたつもりだったけど」

 

 ただしありったけの魔力を込めたので、報酬として魔力を受け取った精霊が張り切って《再生》にした可能性はある。

 自分に魔術を使おうとして気がついた。

 

「魔術も四次元頬袋も使えないぞ……」

 

 魔術を扱う上でのあの言葉では表現しがたい感覚は消失しているし、普段なら視界にあるはずの四次元頬袋の中を映すウィンドウ画面もない。

 俺は益子藤治三十歳の体を手に入れたと同時に、何の力も持たない人間になってしまったようだ。

 

「今は魔術も何も使えないようです。俺は理由があって〈コラン君〉……鼠人族のような姿に変身していたのですが、一刻(二時間)の間だけ人の姿に戻っています」

 

「ではもう暫くは休んでいるしかありませんね」

 

「そうですね……いや、膝枕はいいですから」

 

「ふふ、それは残念です」

 

 再び膝を叩いていたイングリットが口を尖らせた。

 ただのおっさんの俺では何の役にも立たない。

 このまま悠里たち勇者軍が勝利を納めれば良いのだが。

 

 などと考えていた矢先のことだ。

 離れた位置で大きな土煙が上がり、数秒遅れてから何かが爆発したような大きな音が聞こえてきた。

 

「まさか、敵の増援でしょうか。私は様子を見てきますので、トウジ様は門の内側に……」

 

「ふぉんあふぉふぉもあふぉおあふぉ」

 

「え、なんて?」

 

「え、猫? 喋っ……てたの? 今のは」

 

 どこからともなく銀の毛並みの猫が現れた。

 真っ黒なブレスレットのようなものを咥えていて、俺の前までやってくるとそれをぺいと吐き捨てる。

 そしてどや顔で猫が言い放つ。

 

「とうじくんへんしんだ!」

 

 それは以前、混沌の女神の本神殿の隠し部屋で見つけた〈コランカイザー〉変身ブレスレットだった。

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